windfall
故国を離れてからまだ1年というのに、まるで長い年月を経たような気持ちになる。
季節風が吹きつけるエンドルフは、暑い日差しの中にあっても心地よさがある。
同じ『夏』と言っても国によってこんなに違いがあるのかと彼は全身で風を受け止める。
紺碧の海を眺めながら二人は手を繋いで歩いていた。波の向こうにある廃墟の島を眺めると彼女が萌黄色の花束を崖から捧げた。
白い波間にそれは吸い込まれて消える。
崖から吹き上がる海風に大きな麦わら帽子がさらわれ高く舞い上がった。
「あ!」
「そこにいろ」
急いで追いかけた彼の手を嘲笑うように帽子はフラフラと舞い上がっていってしまう。
海を臨む崖から生えた木の枝に引っかかるとようやくそこで落ち着いた。
彼が手を伸ばすが帽子には手が届かない。
(あともう少しなのに)
つい自分の体から体重が消え失せて浮き上がる感覚だけが先走ってしまう。
地上に縛り付けられた体が重くて歯がゆくなる時がある。
無理矢理手を伸ばすと崖から土玉が落ちてヒヤリとする。
「ダメか……」
この生活に未だ慣れない自分がもどかしかった。『特別な事』をどれだけ当たり前の事のように享受してしまっていたのだろうか。自分の失った物がそこにあるようににその帽子を見つめる。
息を吐くともう一度だけ手を伸ばした。
傾く指先に体中の血液が集中し熱くなると、海風が崖を伝いその手の平に向かって吹き上がる。
届かない帽子が枝から離れ、風で舞い上がると蛇行しながら彼の手の中にポスンと落ちた。
彼は目を白黒とさせて体温の上がった自分の手の平を見つめる。
「帽子ありましたか?」
背後から彼女が駆けてくるのがわかった。
手を握りしめるとフッと笑う。
「ああ、あったぞ!」
帽子を見て喜ぶ彼女を振り返る。
勢いを緩めた海風が、二人の間を優しくすり抜けて行った。
――完――
こちらでおまけを含め完結になります。お読みいただき、ありがとうございました。