21. 飛翔(3)
十数キロ飛翔するとキッキは緩やかに下降を始める。
キーファが『ピュィ-!』と指笛を鳴らすと飛空船のキーファの元へと戻ってきた。
腕にとまり羽根をつくろうと金平糖をもらい丸呑みにした。
キッキが休む数分の間、飛空船がその場を旋回する。
「キッキいけるか?」
返事をするように首を伸ばしたキッキがまた羽根を大きく広げた。
風を受け舞い上がる
それを何度も繰り返す。
時間はかかるがキッキが飛翔を止めないのは、その先に丁子石があるという確かな証拠だった。
数時間飛空を続け、フォンデルス山をもとうに越えていた。
キッキの飛空時間は次第に短くなっていく。
「もうキッキの限界だな……。キーファ! ここらで野営して、また明日追跡しよう」
ジャンと操縦を代わっていたクラウゼンが指示を出す。
「でも日暮れまではもう少し時間があります!」
思いのほか時間がかかり、キーファには焦りと不安が募っていた。
「キーファ、手がかりはあったんだ。まだキッキは目的を見失ってはいない。だから焦るな。キッキが潰れたら元も子も無いぞ?」
「……はい」
一行はフォンデルス山から連なる草原に降り立っていた。切り立つ崖に囲まれた広い草原には所々石灰岩が見える。
大昔の火山の噴火によってできた場所だ。
狭いマラカイトの中で皆が寝静まる中、キーファは一人眠れずにいた。
何度も寝返りをうつのに飽きてしまい外へ出た。風の音だけが切り立つ崖に反響しこだましている。
細い月の下、消えてしまったたき火の側に座った。
マラカイトの翼にとまっていたキッキがふわりと飛び上がると空中で羽根をばたつかせる。キーファが腕を差し出すとそこへあしゆび趾を乗せた。
「お前もまだ起きてたのか?」
首を右へ左へ動かすとキーファの顔を覗くように見る。
『キーファサン』
キッキが高音で鳴いた。
「すっかり覚えちまったな」キーファがひっそりと笑う。
「なあ、キッキ。お前の飛んでいく先にアリューシャはいるか?」
キッキがまた首をクイクイと振ってみせる。
「そうか、お前を信じるよ……」
「眠れないのか?」
暗闇から突然声がして、キッキがファサリと飛び上がった。
「団長……」
船から降りてきたクラウゼンがキーファの隣に腰をかけた。
「アリューシャは無事だよ。あの子はああ見えて強い子なんだ。たぶんお前よりもな」
「……知ってます」フッとキーファが笑った。
「アリューシャがまだ子どもの時にな、馬の乗り方を教えてやったんだ。『父さんは高いところが苦手で乗馬はできない』とアリューシャが言うものでな」
クラウゼンが思い出すように遠くを眺めた。
「アリューシャも最初は怖がっていたんだが、のめり込むのに時間はかからなかった。
次の月に薬をもらいに行くとヨルクに怒られたんだよ。どうして馬を教えたのかってな。落馬でもしたのかと焦ったんだがそうじゃ無かった。アリューシャは一人で馬に乗って30キロも離れた町の薬問屋に一人で買い付けに行ったんだとさ」
キーファが目を丸くする。
「どうしても患者の薬を欲しかったんだと」
「なんだか想像できます。猪突猛進な所があるから」
「優しい子だよ。お前と一緒だ。……ただのめり込むと周りが見えなくなるってとこも似てるがな」
「そんなこと無いですよ」
「キーファ。アリューシャは大丈夫だ。運の強い子だよ。……だから一人で突っ走るなよ」
「はい」
「グォホッゴホッ!!!」
クラウゼンが激しく咳き込みだした。
「ジェイドさん!」
クラウゼンが懐から吸入器を出すと口に当てた。咳の合間にそれを吸い込む。
膝立ちになったキーファが心配そうにクラウゼンを見つめる。薬のおかげで次第に呼吸が整い始めた。
「……大丈夫だ」
クラウゼンが苦しさを押さえ込み深呼吸する。
「団長は……キッキがアリューシャを見つけても船に残っていて下さい」
「それはできんな」
「そんな体じゃ……」
「キーファ! 私を誰だと思っているんだ?」
「団長の体も大事です」
「イェーガーの長だぞ? このジェイド=クラウゼンが指くわえて見てるなんぞ、死んでもするものか」
「でも」
「これ以上は口を挟むことを禁じる。団長命令だ」
キーファが物言いたげにクラウゼンを見る。
「そんな目をしても無駄だ。さあ、もう寝るぞ。寝るのも大切な仕事だ」
クラウゼンがキーファの頭をぽんぽんと子どもを諭すようにはたいた。
翌朝日が昇るとすぐにキッキが飛び立った。その後をついてマラカイトも飛び立つ。
1時間も飛ぶと小高い丘の向こうに続く街道を飛び越え、キッキは青く煌めく海の上を羽ばたいた。
「まさか海を渡るのかい!?」
「団長……この先にあるのは」キーファが眉を寄せる。
「ああ、この先にあるのはキーゼル島だ」
海に出て10分ほどで案の定キッキが円を描いて飛び始めた。
2キロ四方の小さな島には所狭しと海岸線にまで建物が建ち並ぶ。
島の北側の小山のむこうにマラカイトが着陸できそうな広い砂浜が見えた。
「ジャン、あそこに船を下ろせ」
「了解」
指笛でキッキを船に呼び込むと、旋回しながらマラカイトはキーゼル島へと着陸した。




