6. 幼馴染(5)
「ルカ? ほら、部屋に戻ろうか? 夕日も沈んじゃったみたいだし」 アリューシャは少し困ったように眉をよせただけで、鉄壁の微笑を崩さない。
「愛してるって言ってるのに」
ルカが真剣な眼差しをアリューシャに向けると更に距離を縮める。
さすがのアリューシャも両手でルカを押し返そうと試みるが、ルカは気にするそぶりも見せず顔を寄せてくる。
「ルカ! ちょっと……!!」
小枝がコツンとルカの頭に当たった。
「な……なんだ?」
きょろきょろと見回すルカと、屋敷の2階のバルコニーにいたキーファと目が合った。
「なんでそんなとこにいるんだよ!?」
「それが仕事なんだよ」
手摺りにもたれかかり面倒くさそうにキーファが答える。
「悪趣味だな。邪魔すんな!」
「仕方ないだろ? 保護対象者が助けを求めてるんだから」
ルカの顔がカッと赤くなる。
口元を押さえながらルカが目を落とすと、あからさまにほっとした様子のアリューシャと目が合った。
「あー……ごめん」
「う、うん」
「クソ!!」頭をぐしゃぐしゃとかき乱すと、居たたまれなくなったルカが足早に建物の中へと戻っていく。
アリューシャがベンチから立ち上がり、2階のキーファをチラッと見上げた。
いつからそこにいたんだろう?
さっき自分が「優しい」やら「一緒にいて楽しい」などと話していたことを聞かれたんじゃ無いかと変な汗が噴き出してくる。
アリューシャは襟をつまんでパタパタと吹かすと顔の火照りを冷ます。
一呼吸ついてもう一度バルコニーを見上げた。
「キーファさん、ありがとうございました」
その声が届かなかったのか、キーファからは何も返ってこない。
もう一度声をかけようとしてアリューシャが口元に手を添えた時、いきなりキーファの体がバルコニーの手摺りを飛び越えた。ステップでも踏むかのようにフワリと着地する。
難しそうな顔をして腕を組んだキーファが、アリューシャに向き合う。
「さっきの余計なことだったか?」
「いいえ、そんなこと無いです。……正直言って助かりました」
アリューシャがホッとした顔を見せる。
「私にとってはルカはかわいい……」
「弟ってか?」
「え? あ、はい。そうです」
「そりゃあいつが気の毒だな」
今度はアリューシャの顔がカッと赤くなる。
「あいつの気持ちがわかってるなら、はっきりきっぱり言ってやれよ。そんな生半可な態度じゃどっちつかずになるだろ? まさかそれを愉しんでるとかじゃないんだろうし」
アリューシャがその言葉に顔を歪める。
「これは余計だったか?」
「それは余計です」
夕食の後ルカが何度も扉の前で往復すると、意を決してアリューシャの部屋の扉をノックした。
「アリューシャ! さっきはごめんなさい」顔の前で手を合わせてルカが謝る。
「ルカ……」
アリューシャは後ろを伺いキーファに聞こえないようにして話し始める。
『私ね。ルカにきちんと話したいことがあるのよ』
『え!? それって良いこと?』
『それはぁ……』アリューシャがまた困ったような笑顔を浮かべる。
「…………止める!」
「え!?」
「俺は今その話はしない!」
「え? ……う、うん」
「アリューシャがちゃんと学校に帰ってきたら聞くから」
「わかった」
「だから、絶対いい子にしてるからやっぱり部屋で一緒にいてもいい?」
「……うん。いいよ」
「そう言ってくれると思ってたんだ」
足下には大きな箱があり、その中にはルカの枕と本とお菓子や瓶のジュースが山盛りに入っている。
「用意周到ね」
「アリューシャのことよくわかってんだよ」
得意げに鼻を鳴らしながらルカが部屋へと入っていった。
奥の寝室のベッドを一つ陣取るとそこに荷物を置く。
「じゃあ、私はシャワー使うから。キーファさんと仲良くするのよ?」
ソファに座ってジュースを飲んでいたキーファをルカがちろっと見る。「ルカ?」
「わかってるよ」
ルカがベッドに転がり本を広げた。
しばらくするとシャワー室の扉が開き、アリューシャが顔を覗かせた。ルイーザの用意してくれたネグリジェはラベンダー色で、袖はパフスリーブ、たくさんのレースがあしらわれていて女の子らしさ全開だ。
「アリューシャ! そっちの方が断然似合ってるよ! すっごくかわいい」
「止めてよ! そんな事言わないで! 恥ずかしくなるから」
「どうして? いつもはそんな感じじゃん」
今汗を流したばかりというのに、すでにアリューシャの額には水滴が滲んでいた。ここ最近ずっと男装していたアリューシャにとって、キーファの前で女の子の恰好をすることが恥ずかしくてたまらない。
「惚れ惚れしちゃうよ」
アリューシャの顔がカッと赤くなる。
「ルカ! お願いだからもうそんな事言うの止めて」
隠れるようにリビングの隅に置かれた簡易のベッドにアリューシャが潜り込む。
「え? アリューシャそっちで寝るの?」
「そうだよ」
「ねえ、簡易のベッドだなんて眠りづらいだろ? ほらこっちのベッドの方が断然いいよ? スプリングも効いてるし」
ルカが自分の隣のベッドを示す。
「ぜんぜん。こっちもふかふかで快適よ」
二人のやり取りをよそに、キーファが寝室の手前のベッドにどっかりと腰掛けると寝そべった。
「じゃあ俺がこっちだな」
ルカの顔がひきつる。
「何が悲しくてこいつと並んで寝なくちゃいけないんだよ!!」
「そりゃこっちのセリフだ」
「あんた警護が任務なんだからリビングで寝ろよ。人の出入り見張るのも仕事だろ!?」
「お前が一番厄介だろが?」
「う……」
ルカが言葉を詰まらせる。
「じゃあ、僕がそっちで寝るから。奥へ行けよ」
「何言ってんだ? アリューシャが見えないだろ?」
「ベッドくらい僕に決定権があるんだからな?」
「しつこいヤツだな。あんましキャンキャン鳴くなら追い返すぞ? ここに置いてやるだけありがたいと思えよ」
「ここは僕の家だぞ!?」
「うるさい! 寝るからもう黙れ」
ブランケットを引き寄せながらキーファがルカに顔を向けた。
「あーそうそう。俺よりあっち側に行くな」
そう言ってアリューシャの方を指さす。
「頼むから仕事増やさないでくれよ?」
あくびをするとキーファが寝返りをうってリビングの方を向いた。
ルカの頭にカッと血が昇り、枕にこれでもかとパンチを繰り出す。
「ルカ、静かにしてよ」
リビングからアリューシャの声が飛んでくる。
ピタリと動きを止め、ルカがぞんざいに枕を抱きかかえた。
「おーやーすーみ!!!」
「おやすみなさい」アリューシャがフフッと笑った。