6. 幼馴染(4)
ルイーザが次に準備してくれたのは、客人専用のリビングと寝室にはベッドが二つ置かれた部屋だった。
「僕も一緒にこの部屋使うからな!!」
口喧しいルカの一言でリビングの端にも簡易のベッドも運ばれる。
部屋が整えられる様子をソファに座りアリューシャとルカが眺める。
「子どもの時もこんな事あったよね。母さんと私の部屋にルカも一緒に寝るって駄々こねちゃってさ」
のんきなことを言うアリューシャにルカが噛みつく。
「僕はアリューシャのことを心から心配してるんだよ。こんな男と二人きりになんて絶対にさせないから」
この警戒心の無さに付け入れられているのだろうと、窓を調べていたキーファの背中を睨みつける。
その視線を感じたのかキーファが背を向けたまま口を開いた。
「どうでもいいけど、お前の面倒までは見られないからな?」
「死んだってお前になんて助けてもらうか! この猟犬野郎!」
「お前こそキャンキャンうるさい子犬だな。ママのとこに戻れよ」
「もう、二人とも仲良くしましょ」
アリューシャが興奮気味のルカの頭をぽんぽんと撫でた。
「僕は子どもじゃないんだから!」
「子どもじゃねえか。お姉ちゃんと一緒がいいんだろ?」キーファの言葉に更にルカの頭に血が昇る。
「お前は番犬みたいに廊下にでも立ってろよ! ただの警護だろ!?」
さすがにこの言葉にムッとしたのはアリューシャだった。
「ルカ! あのね、これ以上キーファさんに失礼なこと言うなら、自分の部屋に戻りなさい」
「な……何だよ! アリューシャはそいつの味方なのかよ!?」
「そういう事じゃ無いでしょ? さっきからあなたがキーファさんにつっかかるんだもの」
「こんな胡散臭い奴と一緒だなんてアリューシャ騙されてるんだよ!」
「いい加減にしなさいよ! 悪いのはルカじゃない。人のことそんな風に言う子とは口聞いてあげないんだから」
「僕は…………」
二人の視線を受けルカの手がわなわなと震える。
「アリューシャのバカやろー!」
そう言うと部屋から飛び出した。
「ルカ!」
アリューシャがはあっと息を吐いた。
「あの子人に向かって……全く」
「自業自得だな」
二人がかりで正論責めにされてしまったルカの、なんともいえない表情が目に浮かぶ。
「まあ、ちょっと責めちゃったかっこうにはなりましたけど……」
「あいつピーピー泣いてるかもしれないな」
こういう時に姉のような母のような母性本能のなせる気持ちがアリューシャにはむくむくうとわき起こる。
昔からルカのわがままを窘めるとそれが言い合いになって、結局拗ねてしまうルカを慰めてきたのだ。
「……ちょっとルカのこと探してきます」
小高い丘に建つこの屋敷からは山の向こうに沈んでいく美しい夕日が望める。
ハース家の庭は左右対称が美しいカンデレラ・ガーデンと呼ばれる仕様だった。
屋敷から出てすぐの蔓バラのアーチの側に、大理石のベンチが置かれていた。そこにルカが頬杖をついて腰掛けている。
「ここからの夕日は絶景だよね」
「……もう見飽きちゃったよ」
アリューシャが隣に座るとルカが顔を上げた。
「アリューシャ。学校には戻って来ないの?」
「そうね。今はちょっと無理かもね。休学届を出して落ち着いたら戻ろうかなあ」
「じゃあ、俺も戻んない」
「何言ってんのよ?」
「だってアリューシャがいないんじゃ、あんな辺鄙な場所にあるあの学校を選んだ意味ないじゃん!」
「あのね、勉強しに行ってるんでしょ?」
「勉強はついでだよ。アリューシャがいるから受験したんだ」
「学校に居たって滅多に会うことなんて無いじゃない。学科も違うし寄宿舎だって男女で全然別の場所にあるし」
「それわかってたら行かなかったのに」
ルカが苦虫を潰したような顔をする。
「俺さ。剣得意じゃん?」
「そうだね。ルカ、メダルもらっちゃうくらい上手だもんね」
「だろ!? だからさ! 俺もアリューシャと一緒に行くよ! 俺もアリューシャを守れる」
「ありがと」
優しく微笑むアリューシャの顔を見てルカが顔をしかめた。
「俺アリューシャの、そのママみたいな感じで笑うの嫌いだ」
「何それ?」
「だってどうせダメだって言うんだろ? そういう上からの笑顔っていうかさ」ルカがため息を混じらせて呟く。
「アリューシャは……あいつの事好きなの?」
「あいつ?」
「あのイェーガーだよ!」
「え!? ヤダ! そんなワケないじゃない!」
「じゃあヤツの事どう思ってるんだよ!?」
「キーファさんはお世話になってるだけで」
「だけで? それでどう思ってんのさ」
アリューシャの答えにルカが不服そうにする。
「そういうんじゃなくて……」
アリューシャはルカから視線を外し、遠くに沈んでいく夕日を見つめた。
「彼のことはとっても信頼してる。『人として』ね。彼に会えなかったら今頃どうなってたか考えるのも怖いくらい」
想像しただけでブルッとアリューシャの体に悪寒が走る。
「それにキーファさんって口はちょっと悪いけど実は優しいし、強い人だし、頼りになるし、一緒にいても楽しいし…………」
言いながら自分がキーファについて何を語っているんだと急に気恥ずかしくなった。
横を見るとルカがわかりやすく顔を引きつらせている。
「僕は子どもの頃からアリューシャを愛してる」
「知ってるよ。私もルカを愛してるもの」
そのアリューシャの穏やかな微笑みにまたルカは渋面を作った。
「僕は15だよ?」
「そうだね」
「もう子どもじゃない! 君の『愛してる』は僕の求めるものじゃないんだ。いつだって」
「ルカ」
「そうやってはぐらかすように笑うのは止してよ」
ルカが力強くアリューシャの肩を握った。
あれ? ルカってこんなに大きかった?
こうやって真正面から向き合うとルカの身長も肩幅も広くなっていてすっぽりと自分の視界が塞がってしまう。
気圧されるようにしてアリューシャはベンチの端へと体をずらす。
そのままベンチの肘置きに背中がぶつかった。ルカの左手がアリューシャを逃さないようにその肘置きを握りしめる。




