6. 幼馴染(3)
女の名前はルイーザ=ハース。ルカの母親でこの屋敷の女主だ。
女だてらに家業を継ぐとそこから一気にこの国でも有数の飛空船会社へと昇りつめた。
「……それであなたはどういった方なのかしら?」
アリューシャ達を室内へ通したルイーザは、親友の忘れ形見の可愛い娘が連れた男を観察する。
柔和な笑顔の中にも鋭さを併せ持っていた。
「身分を隠すつもりはありません。俺はゼーゲンの者です。事情があり彼女を保護しています」
そう言うと自分の腰に巻いていたあのリバーシブルの上着の中身を見せた。シルバーのボタンが光る。
「ゼーゲン騎士団!? そんな人の世話にならなければならない事が……?」
ルイーザが目を見開いた。
「……ヨルクさんは亡くなったと?」
「ええ」キーファが頷く。
「土砂崩れに巻き込まれたの?」
「調査中です」
ルイーザの疑問にキーファは淡々と答える。
目の前に出されていたコーヒーにどっさりとブラウンシュガーを入れると口をつけた。
「それで二人はどこへ行く予定なの? ここから船に乗るのならエーデルシュタイン(首都)かしら?」
「そんなとこです」
目的地は別にあるのに、何食わぬ顔をして答えるキーファにアリューシャは目を向けた。
誰にも行き先は言えないって事なんだ
おばさま達にも……
「ゼーゲン騎士団が絡んでいるなんて穏やかじゃないわ。あなたは『保護している』と言ったわよね? アリューシャに危険が?」
「それに関しては何もお話できません」
「アリューシャは我が子と言っても過言じゃ無いのよ。家族と変わらないの。だからもし危険なら……」
キーファの揺るがない表情に、途中でルイーザは語りかける対象を変えた。
「ねえ、アリューシャ。あなたが大変な目に遭っていることはわかってる。私たちがついているわ。警護が必要ならこの屋敷にだってもっとたくさん人を雇う事ができる。だからここにいなさい」
ルイーザは隣に座ったアリューシャの手をそっと握る。
「ありがとう、おばさま。でも私はキーファさんと行くと決めているの」
「あなたが安心できるように全てを整えるわ。今だってルカと爺やがいろいろと手配しているのよ。この方一人よりもうんと心強いわ」
ルイーザがとってつけたように「ごめんなさいね」とキーファに向かって言葉を付け加えた。
「おばさま……とてもありがたいんだけど」
「奥さん」
コーヒーの苦みを打ち消す為にほおばっていたクッキーを飲み込むとキーファが再度口を開いた。
「あなたのお心遣いには感謝します。ですが、これは国の重要な案件でして、一般の人がどうこうできる事じゃ無いんですよ」
言われてルイーザの額に皺が寄る。
二人の冷ややかな笑顔がぶつかり合った。
「あ……ねえ」
不穏な空気を打開しようと、アリューシャが立ち上がった。
「おばさま、私たちも長旅でくたくたなの。お部屋で少し休憩させてもらってもいい? お話はまた後でも」
「そうね。部屋へ案内するわ」
アリューシャに用意された部屋は白い調度品で揃えられ、天蓋付きのベッドに猫脚のソファ。カーテンにもシーツにも白地にピンク色の薔薇の花が刺繍され、まるでお姫様の部屋のようだ。
「すっごく可愛い」アリューシャが目を輝かせる。
「そうでしょ? 私の趣味だけどね」ルイーザが笑顔を浮かべる。
「ね、ステキですね、キーファさん」
「ああ」おざなりな返事をしてキーファは部屋に入ると、窓のロックを開閉して確かめ、窓を開くと設置された雨戸の強度も調べる。
「まあ、こんなもんか」と呟くとポンと白いソファの上に自分の肩下げの革袋を投げた。
それを見ていたルイーザが眉を寄せる。
「ここはアリューシャの部屋よ。あなたの部屋は別に準備しているわ」
キーファはキョトンとして振り返った。
「それなら一緒で構いません。そっちの方が都合がいいんで」
その言葉でみるみるうちルイーザの顔が赤くなる。
「な……何、何言ってるの!? あなたたちまさか!?」
「おばさま! そういう意味じゃ無いから! キーファさんはお仕事だから」
アリューシャの言葉はルイーザの耳には全く届かない。
「あなた一体どういうつもりなの!? 若い女性と同じ部屋でいいなんてはしたない!」
「あのですね……」
キーファもカチンと来てルイーザを睨みつける。
「俺はアリューシャを守るのが仕事なんですよ? こんな警備が手薄な場所で部屋が違ったら対応は後手に回ります! 下手すりゃアリューシャが危険な目に遭う」
「この屋敷にも警備はたくさんいるのよ!? あなたがいなくても十分だわ!」
「俺ならこの屋敷を制圧するのに3分もかからない」
冷ややかな目をしてキーファは言い放った。
ハッタリではないキーファの当然の言い回しにルイーザは怪訝な顔をした。
「な、あなたゼーゲン騎士団って……まさかイェーガーなのね?」
「ええ、そうですよ奥さん」臆面も無くキーファは認めた。
ルイーザが息を飲む。
警護を雇うということは上流階級の人間では一般的な事である。だがポゼサーの警護人などは法律で固く禁じられているので通常はあり得ないのだ。
それがゼーゲン騎士団の保護下、しかもイェーガーによる一般人の警護などルイーザは聞いた事が無い。
そんな状況で旅を続けているアリューシャの身がより一層心配になった。
「それでも、だって……アリューシャ、一体何があったの?」
「それをお話することはできません」それにはキーファが答える。
「ねえ、おばさま。やっぱり私たちここを出て行くわ。迷惑かけちゃうもの」
「いいえ! 迷惑だなんてあるわけないじゃない!」間髪入れずにルイーザが否定する。
「じゃあ、せめて違う部屋を準備するわ。ここはベッドが一つだし、もう少し……とりあえずこの部屋で待っていてちょうだい」
動揺するルイーザが足早に部屋を出て行った。