殿
人がまた妖怪に喰われたらしい。
陰陽師として、いくつも妖怪の一族を潰してきたが、そんな話は後を絶たない。
火吹家の陰陽師達で編成された妖怪討伐部隊に、私も加わっていた。
「朱理様も参加されるのですか?」
「先代当主の娘とはいえ、女性であるあなたが戦闘に参加されるのは……」
出立前、そう声をかけられた。
私が戦闘に参加することを快く思わない者は多い。
実戦に参加しない者達からすれば、女の私が戦場にいると他の陰陽師達の足を引っ張ると思われているのだろう。
討伐部隊が妖怪達の本拠地に足を踏み入れると、陰陽師達の襲来に気づいた者達が騒ぎ出した。
今回の目的は妖怪達の殲滅。ほどなくして、陰陽師と妖怪の熾烈な殺し合いがはじまる。
相手は狒々《ひひ》の妖怪。長い腕を薙ぎ払うように繰り出す打撃は岩をも容易に粉砕する。一撃当たるだけでも致命傷になりかねない。
私は刀を抜き、刀身に霊力を込めた。それに呼応するように私の黒い髪が朱色に変化する。
私達火吹家の陰陽師は、霊力を使うと目や髪が朱色に染まる体質がある。
大振りに腕を振るって襲いくる妖怪の攻撃をかわす。攻撃後の隙が大きく反撃は容易だった。すかさず刀を振り、首を落とす。
一体、二体、さらにもう一体。
迫る妖怪を切り捨てながら、前へ進む。
だが……
「うわああああっ」
後方から悲鳴が聞こえた。
別の陰陽師が妖怪に追い詰められていた。片足を負傷して動けなくなっているようだ。
地面を蹴って妖怪の背後に飛びかかり、そのまま斬り捨てた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます、朱理様。」
返事を聞くと同時に、また別の悲鳴が上がった。
周囲を見渡して状況を確認したが、火吹家の陰陽師達は明らかに押し負けていた。
「撤退だ!」
部隊長の怒声が聞こえた。
「全員、退け!」
生き残った陰陽師達は一斉に退路に向かう。
「じゅ、朱理様!足が動かないのです、手を貸して頂けませんか!」
退却する陰陽師達を見て置いていかれると思ったのか必死だ。私は足の動かない陰陽師を肩に担いで、退路を進んだ。
「朱理!」
「秋実様……」
火吹家の次期当主であり、私の婚約者でもある部隊長の秋実が私を呼んだ。
「お前が殿を務めろ!俺達は負傷者を連れて退く」
一瞬返答を躊躇い、秋実を見る。
「わかりました。」
秋実に担いでいた陰陽師を渡すと、秋実は少しよろけながら
「無理はするな。頃合いを見て、お前も退け。」
と言い残し、去っていった。
妖怪達のいる方へ向き直る。
薄々こうなることは予想していた。
撤退していく陰陽師達を背に、私は1人でその場に残り、妖怪達からの追い討ちを凌ぐ。
やがて陰陽師達の姿が消えた。撤退が完了したらしい。私も引き上げなくては。そう思った時だった。
「随分とやってくれたな。」
向こうから一際強い妖気を纏った狒々が歩いてくる。この一族の頭首だろう。
「他の陰陽師達はどうした?」
「こちらも甚大な痛手を負いましたので、既に撤退しました。」
「そうか。お前が殿というわけか。」
頭首は辺りに転がる妖怪の屍を見まわし、顔を歪めた。
「ただ殿にしてはやりすぎじゃないか?」
残っていた妖怪達が動きだし、私を取り囲む。
まだ数は多い。
「お前を殺したあと、逃げた火吹家の連中も皆殺しにしてやろう。」
「どうぞ、できるのなら」
頭首の腕が私に向かって薙ぎ払われる。
私が身をかわすと、頭首の腕はそのまま地面を叩き、大きな音と共に地割れが起こった。霊力で身体を強化していたとしても一撃喰らえばひとたまりもないだろう。
もうどれぐらい戦ったのか。さすがに息が上がってきた。霊力で強化した足も重く感じる。それでも、止まることはできない。この包囲を崩さなければ退路はない。
父が守ってきた火吹家のために尽くす。それが私の本懐だと、疑ったことはない。
それでも、どれだけ妖怪を斬ったところで、家での私の扱いが変わるわけではない。
そんなことに、ほんの一瞬気を取られてしまった。
疲労で重くなった足では、その一瞬を取り戻せなかった。頭首の腕が迫る。避けきれない。
「うぅっ!!」
薙ぎ払われた腕をかわしきれず、腹部へまともに喰らってしまった。体を数メートル吹き飛ばされた後、私はその場で倒れて動けなくなってしまった。
おそらく、内臓をやられている。
「こいつ、随分暴れ回ってくれやがって……」
頭首が腕を振り上げる。覚悟を決めたその時、周囲に一瞬、鋭い妖気が走った。
気付くと、倒れた私の目の前に、先程戦っていた妖怪達が横たわっている。
「……?」
何が起こったのかわからないでいると、私に人影が近寄ってきた。なんとかそちらに目線を向け、姿を確認する。
視界が霞んではっきりとは見えないが、山伏のような衣装と、背中から生えた黒い羽が確認できた。烏天狗……?
「……っ」
声を出そうとしたが声にならなかった。
烏天狗は辺りを見まわしてから私に尋ねた。
「あんたがやったのか?」
その問いに答えることはできず、私は意識を失った。




