第53話 勇者 ライナス
【龍太やゼルが転生前に生きていた世界】
そこには、人間族、エルフ族、ドワーフ族、そして魔族が暮らしていた。
神話によれば、四人の神々がそれぞれ自分の姿に似せた種族をつくり、世界に住まわせたのが始まりらしい。
長寿で耳の先端がとがり、美しい外見をした、深い森に住むエルフ族。屈強な体格をし、地下に住むドワーフ族。地表であればどこにでも住めるが、大した能力を持たない人間族。そして、最も強力な魔術を使い、強靭な肉体を持つ魔族。
太古の昔、四種族はそれぞれ縄張りをつくり、お互いに極力接触を避けて暮らしていた。
しかし、最も弱いくせに繁殖力だけは旺盛な人間族が勢力圏を広げたことによって、変化が訪れる。
人間族が他の種族と勢力圏を接するようになり、人間族を介して、すべての種族が間接的につながってしまったのだ。
そして、必然のように争いが始まる。
最も力が強い魔族が、他の種族を支配しようとし始めたのだ。
他の三種族は、それに対抗するため、渋々同盟を組むことになった。
エルフ族、ドワーフ族、人間族の王が同盟の宣誓書に署名し、その年から三王歴が始まる。
それ以降、魔族対三種族の戦いは延々と続いた。
しかし、なかなか決着はつかない。
理由はいくつかあるが、そのうちの一つが、魔族の統率が難しいことだった。
力が強く、魔術も使える魔族たちは、何かあるとすぐに同族同士で殺し合いをするのだ。
実際、三種族側は魔族のその習性を利用し、悪い噂を流して内輪もめをさせたり、挑発して罠にはめたりすることで、不利な状況を何度も覆してきた。
その一方で、三種族側のパワーバランスも変化していく。
当初、人数は多いものの、最も貧弱だった人間族は一般兵として扱われていた。エルフ族が魔術で支援し、ドワーフ族が優れた武器をつくって人間族に使わせるという戦い方をしていたのだ。
しかし、魔族との戦いでいくつもの森が焼かれ、地下の洞窟が破壊されたことによって、エルフ族とドワーフ族の数が激減した。
正確には、故郷を追われたエルフ族やドワーフ族が人間の街などに避難した結果、混血が進んだのだ。
驚いたことに、人間族はエルフ族やドワーフ族との間に子供をつくることができた。
そして、混血児は人間族の影響を強く受け、エルフ族やドワーフ族の血がどんどん薄まっていった。
さらに、混血化のおかげで、人間族の中に強力な魔力と屈強な肉体を持つ者が生まれるようになった。
それが、勇者と呼ばれる者たちだった。
人間族に勇者が生まれるようになると、魔族との戦いも変わっていった。
三王歴三一二年、勇者たちに率いられた三種族軍が、魔族軍を相手に反撃に転じた。
そして、そのときになって初めて、魔族たちも一致団結する。
その際、最も強い者を自分たちの王と定めた。それが、魔王の始まりである。
魔王に率いられた魔王軍と、勇者たちが率いる三種族軍の戦いは熾烈を極めた。結局、両者ともに大きな損害を受け、共倒れに近い状態で引き分けに終わる。
それ以降、勇者軍対魔王軍という戦いが常態化するのだった。
三王歴五〇〇年を過ぎた頃には、両者の戦いは小競り合いばかりとなり、毎年数回、お約束のように戦っては互いに兵を退くという状態になっていた。
それが一変するのは、三王歴五五二年のことだった。
魔王ゼルザ・ネクロヴァルが誕生したのだ。
後に転生して黒柴犬になる魔王ゼルザは、それまでの魔王とは違う戦い方を始めた。
以前は、魔族が人間の街や村を襲うと、女子供や老人に至るまで皆殺しにするのが普通だった。
しかし、魔王ゼルザは抵抗しない者の命を奪わず、魔王領に連れ帰って奴隷として働かせたのだ。
そして、畜産や農業を魔王領に広めていった。
魔王軍は、魔獣たちを使役して戦わせていた。
しかし、魔獣はいわば戦車のようなものであり、普段の生活では使えないうえに、バカみたいに餌を食べる。
以前は、捕まえた人間をその餌にしていたのだが、その結果、魔獣たちの餌を確保するために、三種族の者たちを捕まえなければならなかった。
魔王ゼルザは、その餌を人間ではなく、人間が育てた家畜に変えたわけだ。
それにより、魔族たちの生活は安定し、兵站も確保できるようになった。
それは、長期にわたる戦争が可能になったということであり、三種族側にとっては悪夢以外の何物でもなかった。
それまでは、短期決戦で攻め寄せてくる魔王軍の攻撃をひたすら耐え忍べば、すぐに兵糧が欠乏し、最悪の場合は仲間内で食料を奪い合って自滅するか、撤退していた。
ところが、魔王ゼルザの時代になると、魔王軍はじっくり腰を据えて戦うようになったのだ。
じりじりと勢力圏を広げていく魔王軍。それに恐怖した三種族は、魔王ゼルザに対抗する究極の勇者を生み出すことにした。
それまでは、武勇に秀でていたり、強力な魔力を秘めていたりする者を勇者と認定して戦わせていた。
しかし、当然ながら、その能力にはばらつきがあった。さらに、英雄として祭り上げられているうちに有頂天になり、魔族以上に危険な存在になる者まで現れ始めた。
そこで、三種族は人為的に勇者を生み出そうと考えたのだ。
それが、後に茂野龍太として転生する勇者ライナスだった。
勇者ライナスは、両親の顔を知らない。
それどころか、両親の名前も、人間族なのかエルフ族なのかドワーフ族なのかも知らなかった。
物心がついた頃には、勇者として修業をさせられ、魔王を倒せ、三種族に勝利をもたらせと言われ続けていた。
彼はその間に何度か、自分の両親について周囲の者に質問したことがあったが、誰も教えてくれなかった。いや、本当に知らなかったのかもしれない。
彼の教育係として、三種族からそれぞれ優秀な人材が集められ、あらゆるスキルを身につけさせられた。
さらに、彼をサポートする者たちも集められた。
勇者は強大な魔力と戦闘力を有しているが、それでも一人では戦えない。
彼に付与魔術をかけて能力を向上させ、怪我をすれば治癒し、そして、共に背中を預け合って戦う仲間たち。
それが揃うと、勇者ライナスは戦場に駆り出される。
初めての戦いは、十二歳のときだった。
魔獣に襲われている村を助けたのが初陣で、そこで彼は戦場の厳しさを一通り経験する。
不気味で凶暴な魔獣、それを操る魔族、そして、食い散らかされた人間の亡骸。
「勇者ライナス、怒りにとらわれるな。恐怖を克服しろ。そして、勇気を持って戦え」
彼の剣の師匠にして、勇者パーティーの前衛剣士がそう言って、勇者ライナスの背中を力強く叩いた。
そして、その戦いが終わったとき、彼は魔獣に腸を食いちぎられて亡くなっていた。
後に勇者ライナスは強力な治癒魔術を使えるようになるが、その頃はまだ能力が低く、さらに言えば、死体を蘇らせることはできなかった。
「勇者ライナス、彼はあなたに最後の試練を与えた。それは、仲間の死を乗り越えるという試練だ」
仲間の老魔術師が、呆然とたたずむ勇者ライナスに向けてそう言った。
その日から、ひたすら戦いの日々が続くことになる。
パーティーメンバーも次々と入れ替わっていった。
ある者は命を落とし、またある者は終わりなき魔族との戦いに精神を病み、離れていった。
そして、最終的には、人族の王女でもある金髪の女騎士、同じく女性で強力な攻撃魔術が使える魔術師、大柄なドワーフ族で自分のつくった鉄壁の盾を装備する男性、死者を蘇らせることができる唯一の人間である大僧侶、最後に、旅の途中で命を助けたことによって仲間になった女性エルフが、彼のパーティーメンバーとなった。
もちろん、全員が仲間になるまでには、それぞれ相応のドラマがあったことは言うまでもない。
その中でも、大僧侶はなかなか手ごわかった。
なにせ、三種族の中で死者を蘇らせることができるのは、彼しかいなかったのだ。
何があっても仲間にする必要があったのだが、大僧侶は世捨て人となり、人里離れた山奥で暮らしていた。
「すまんが勇者、儂は罪人だ。蘇生魔術など編み出してはいけなかったのだ」
何か月もかけて見つけ出した大僧侶は、そう言って彼を追い返そうとした。
彼の言いたいことは分かる。
死者を蘇らせる魔術を手に入れるためなら、戦争すら辞さないという者は、人間族の中に大勢いるのだ。
仲の良かった家族が、のどかで平和だった街や村が、大僧侶の身柄を巡って殺し合いを始める。
そのような地獄の光景を目の当たりにして、彼は世捨て人となったのだ。
しかし、勇者ライナスは諦めるわけにはいかなかった。
生粋の勇者である彼でも、勝てない魔族は大勢いた。
彼らと戦うたびに仲間を失い、彼自身も大きな傷を負っていた。
その結果、どうしても戦いにおいて慎重にならざるを得なかった。
彼が死んだら、三種族は魔王ゼルザの軍勢によって滅ぼされてしまうからだ。
だが、もし死んでも生き返ることができるなら、話は変わってくる。
戦いに敗れて命を失っても、何度でもやり直すことができるのだ。
敗因を分析し、戦い方を変え、相手の弱点を攻めることができる。
そのためには、何が何でも大僧侶を仲間にする必要があった。
「大僧侶、俺と取引をしないか?」
「取引?」
「そうだ。もしあなたが仲間になってくれたら、俺は蘇生魔術を求めて近づいてくる者たちを全て追い払う」
「何じゃと?」
「俺は三種族で最強の勇者だ。俺があなたの側にいる限り、誰にも近づかせない。そして、魔王を倒した後は、あなたが望む生活を準備する。山奥に引きこもるもよし、地下迷宮の最深部に住むもよしだ」
それを聞いた大僧侶は、目を丸くして驚いた。
「儂が望む場所で?」
「ああ、そうだ」
「美女に囲まれてウハウハ生活でも?」
「……も、もちろんだ」
「ちなみに、儂はエルフの女が好みじゃ」
「善処する」
思い返せば、あのとき、大僧侶の目は勇者ライナスではなく、彼の後ろでドン引きしていた女騎士と女魔術師に向いていたような気がする。
こうして勇者ライナスは、大僧侶を仲間にすることができたのだった。
実際、彼を仲間にしてから蘇生させてもらった回数は、軽く十回を超える。
そして、そのたびに強くなっていった。
「もしかして……」
ふと回想をやめ、龍太が考え込む。
あの魔王城での最終決戦のとき、彼の背後には王女の女騎士と女魔術師が倒れていた。
二人とも深手を負い、急いで治癒魔術をかけなければならなかったのだが、勇者ライナスは魔王ゼルザとの死闘の最中だったため、その余裕がなかった。
生徒会長の瀬戸恵理巣は、もしかしたら女騎士なのかもしれない。
あのとき、彼女は転生の魔法陣の外に倒れていたが、実は辛うじて意識があり、這って近づいていたとか?
いや、待て。いくら金髪だからといって、それは安直すぎるだろう。
そもそも、転生前と転生後とでは、外見が全く違う。
異世界では、彼は金髪の超イケメンで、逞しい体格をしていたが、今は日本人の両親の外見を受け継いでいる。
魔王ゼルザに至っては、黒柴犬だ。
それに、女騎士と瀬戸恵理巣では、金髪という点以外は似ていない。
金髪といえば……。
勇者パーティーに最後に加わったのは、若いエルフ族の女性だった。
若いといっても、年齢は、それ以外のメンバー全員の年齢を合計しても足りないほどあったが。
彼女は、かなり気難しいエルフ族の里で生まれ育った戦士だった。
その森は、仲間であるはずの人間族やドワーフ族も入ることが許されず、魔族との戦いにも一切関知しないという姿勢を貫いていた。
勇者ライナスたちは、その一族を仲間に引き入れるべく、説得に向かっていた。
しかし、森に近づくと、警告もなしに矢が飛んできて、ドワーフのタンクの盾に命中して跳ね返った。
「勇者よ、それ以上森に近づくことは許さない!!」
森の中から声が聞こえてきた。
「俺を勇者と知っているなら話が早い。族長と話をさせてほしい」
彼が森に向かってそう言うと、
「我が一族には掟がある」
「掟とは何だ?」
「我が一族は、正義と秩序を基調とする世界平和を忠実に希求し、戦争及び武力による威嚇又は武力の行使は、種族間の問題を解決する手段としては永久にこれを放棄する、というものだ!!」
「……それは立派な掟だとは思うが、すぐそこまで魔族の脅威が迫っているのだぞ!!」
「魔族であろうとも、この森に足を踏み入れることはできない!!」
そのエルフ族の一族は、集落のある森全体に結界を張り、許可なく入ると延々と迷い続けるようにしていた。
そして、その数日後、そのエルフの森に、魔族の中でも魔王に次ぐ力を持つ暗黒龍が襲来した。
圧倒的な力の前に、森を守る結界は簡単に打ち破られ、黒い炎が木々を焼き払う。
そのとき、森の近くの村の宿屋に泊まっていた勇者たちも、大慌てで駆けつけてエルフ族に加勢した。
さすがのエルフ族も、この状況では掟どころではなく、彼らと共に戦い、何とか暗黒龍を撃退することに成功する。
そのとき、勇者ライナスたちに力を貸したのが、エルフの里の若い女性エルフだった。彼女は弓の名手であり、シーフでもあった。
彼女は森の戦いで勇者ライナスたちに協力しながら、自分の仲間たちとの間を取り持とうとした。
その戦いでエルフの森は半分が焼かれ、集落にも甚大な被害がもたらされた。
それでも村の長老は魔族との戦いには参加しないと言い、この災厄は勇者ライナスたちがもたらしたものだとして、彼らを森から追い出してしまう。
しかし、そのときにライナスたちと一緒に戦った女性エルフだけは、村を捨てて彼らについてきたのだった。
彼女は勇者ライナスの力に心服し、
「あなたこそ、世界を救う救世主です」
と言って、どこへ行くにもついて回るようになる。
それを見て、王女の女騎士がやきもちを焼き、何かあるごとに喧嘩をしていたことを思い出した。




