第二十三話 ザダルとリーリア(I)
この回からザダルとリーリアのお話が中心となります。
~SIDE ザダル~
部屋を出て廊下を歩く。
前には、首脳専属補佐と呼ばれる役職につくライドの兄が歩く。
ライドと似てはいるが、もっと冷たく事務的な感じさえする。
背筋が伸び体格も良い。かなりの高身長でイカつい。
ライドの体格が一般的と思っていたが、こう見るとライドは華奢に見えるなぁと思いながら後ろを歩く。
しばらくして、そのライドの兄が扉の前で一旦止まると、セキュリティの外れる音がした。
振り向いた男は、ライドに向かって
「知ってると思うが、ここから出ると入ることはできない。私が開けにくるから、戻る時は一報するように」
とだけ言って歩みを進める。
兄弟仲が良くないのかな?などと、要らぬ詮索をしてしまいそうになる。
扉の向こうは、先程までと違って壁紙も豪奢で絨毯も良いものが使われているのが足裏を通して伝わってくる。
表向きの首脳館に入ったのだと理解した。
足音が消されていく絨毯が敷き詰めてある廊下を、またしばらく歩くと、少し華美に彫刻がしてある扉の前でライドの兄が止まった。
「こちらの部屋にリーリア様がお待ちです。」
そう言うなり、彼は一礼し足早に戻っていった。
「ザダル様、兄が不躾で申し訳ございません。」
と、ライドが頭を下げる。
「いや、不躾などと思っていないよ。ライドのお兄様は、立派な体をしているんだね。」
「はい。優秀な兄です。」
と、ライドは珍しく少し誇らしい気持ちが表情に出ていたと思う。
先程の仲が良くないのかな?なんて、要らぬ心配だったと安堵した。
「ザダル様。準備は宜しいでしょうか?」
「あぁ、開けて。」
ザダルは、ひとつ息を吐くと口角を上げ、いつもの微笑みの仮面をつけた。
部屋の中には、リーリア嬢とリーリア嬢の父親と思われる男性が応接セットのソファの前に立ち、僕が入って来るなり一礼して迎えてくれた。
「待たせたようで申し訳ございません。」
と、謝罪し座ってもらおうと促すと、父親と思われる男性から
「私、ハルロ・ユ・マハクと申します。リーリアの父でございます。この度は、このような事態になったこと大変申し訳なく思っております。」
とさらに深々と頭を下げられた。
それに伴いリーリア嬢も再度頭を下げる。
立場上仕方がないのは分かっているが、父上と同じくらいの大人に頭を下げられるは、なんとも言えない気持ちになる。
だからといって、そんなことを今話したところで、どうにもならない。
「話は、首脳より聞いてきました。今回のことは、リーリア様が何かした訳でもなく、誰も咎めることはできないと思っています。なので、頭を上げてください。」
そこでやっと頭を上げてくれ、ソファへ座るよう促した。
ライドとマルサはすでに壁際に立ち、存在を消している。
「ハルロ様、僕はリーリア様が許嫁ということを先程知りました。今までリーリア様と話したこともなく、お互いのことを知る努力をしたいと思っています。」
「はい。それは有難く思います。」
「リーリア様はどうかな?」
「えっ? …………はい。お互いを知る努力と言っても、どうしたら良いのでしょうか?」
「そうですね………同じクラスということもありますが、話す時間を作った方がいいですよね。………たまにランチをご一緒するのはどうでしょうか? あと、リーリア様を家まで送るとか………どうでしょうか?」
「はい。私としては異論はございません。」
父親であるハルロ様は笑顔で了承してくれるが、隣に座ってるリーリア嬢の顔は困惑している。
それが気になり
「リーリア様はどうですか?」
「あっあの………私は…」
リーリア嬢がなにか言いかけると
「リーリア、お前はザダル様の許嫁なんだ。ザダル様がお前との交流を考えてくださっているのに、何か不満があるのか?」
と畳みかけるように話し出した。
んーーー、これは嫌な感じだなぁ。
僕はリーリア嬢の気持ちが知りたいのに、父親に邪魔される状態だな。
本当にリーリア嬢は大人しい女性なんだな。
このままだと、リーリア嬢と話すこともできずに終わりそうだ………よしっ、父親を追い出そう。
「ハルロ様。今日はもう遅い時間になってしまいました。少しでもリーリア様と話す時間が惜しい。すみませんが、ふたりで話す時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
と、僕はニコッと微笑みを強める。
「ええ、もちろんです。では、私は席を外させて頂きます。」
「ありがとうございます。その前に、リーリア様が僕の婚約者としての立場を公表することは、どうお考えか確認しておきたい。」
「はい。当家としましては、リーリアをザダル様の妻として立てる様に幼い頃から教育してまいりましたので、もっと早く発表しても良いとさえ思っておりました。」
「そうなのですね。………幼い頃から………」
「はい。許婚が決まったすぐから家庭教師を迎え、必要な教養を身につけるよう努力してまいりました。」
(努力したのはリーリア嬢であって貴方ではないのでは?)
「わかりました。私も婚約者が私の護衛と噂されるのは早急に止めることだと考えています。リーリア様のためにも、護衛であるマルサのためにも………なので、明後日の登校日に学園で婚約者であることを説明しようと考えていますが宜しいでしょうか?」
「はい。それで結構です。」
「国民に向けては、首脳と相談の上発表ということになりますが、宜しいでしょうか?」
「はい。それで結構でございます。 では、私は一旦席を外させて頂きます。リーリアを宜しくお願いいたします。」
「ありがとうございます。もちろん扉は開けたままにしておきますし、こちらの護衛もおりますので安心してください。」
「はい。では後ほど迎えに参ります。」
と、ハルロ様はにこやかに部屋から出て行った。
ザダルはまずリーリアの気持ちが知りたかった。
「リーリア嬢、先程は何を言おうとしたの?」
僕はリーリア嬢が安心できるように微笑みを浮かべたままリーリア嬢に話しかける。
「あっ……はい。………ザダル様は、たいへん人気があり………女学生とランチをしたりすると学園ではさらに騒ぎになるかと思います。」
「僕が人気と言うより………次期首脳だからってだけじゃないかな?
それに、リーリア嬢は僕の婚約者として公になるんだから、初めは騒がれるかもしれないけど、そのうち落ち着くと思うよ。」
自分で言ってて悲しくなるけど、次期首脳ってことで話しかけてくる学友達ばかりだからね。
次期首脳じゃなくなったら、話しかけてくれる人は数人だと思う。
なんて、自虐的な考えが頭に浮かんで少し落ち込む。
それを追い払うように、さらに笑みを浮かべてリーリア嬢を見ると、何故か悲しそうな顔をしたリーリア嬢が目に映る。
あれ?安心してもらおうと思ったんだけどな………
「ザダル様……ザダル様はご存知ないかもしれませんが、本当に本当にたいへん人気がございます。特に女学生達から。」
そう言いつつ、リーリア嬢は俯く。
「リーリア嬢…… 騒ぎになると困ることになる?」
「は、はぃ。………ザダル様のことが好きな方は多くいらっしゃいますので、落ち着くまではどういったことになるのかは分かりかねます。」
うーん。
リーリア嬢が僕の婚約者になると、そんなに大変なことが起きるのかな?
あっ! 先程見かけたリーリア嬢に対する冷たい目線を思い出す。
「リーリア嬢、学園でマルサとお付き合いしていると言われた時に、他の女学生達から冷たい目で見られていた気がするのだが………あれは、マルサと付き合っていると勘違いされてからでは?」
「はぃ………マルサ様も女の子の間で人気ではあります。しかし、ザダル様の人気は、マルサ様と比べ物にならないと言いますか………隠れファンも多く………ほんと、何故私が許嫁なんでしょうね………」
さらにリーリア嬢の顔が下を向いていく。
どうしたらいいんだろう?
今、初めて話す相手に心を開けなんて無理なんだってことは分かってる。
僕だって無理だ。
でもこんな状態なままでは………
「隠れファンかぁー、それって、次期首脳に興味があるってだけで、僕のことが好きって訳じゃないと思うん……
言い切る前に
「はぁ……」
リーリア嬢から大きなため息が聞こえた。
何気ない言葉だった。
僕は自分に人気があると言われても、僕自身の人気だと思えない。
顔が整っているだとか言われているようだけど、こんな面白みもない僕のどこがいいんだろう?って思う。
僕よりも、バイデルやターフィーやユーグルやマーサの方がよっぽど魅力的だ。
彼らと居ると楽しいし、優しかったり格好良かったり………ほんと、なんで僕が人気者なんだろう?
ん?
さっきリーリア嬢も「何故私が許嫁なんでしょうね」って言ってたよな。
もしかして………
リーリア嬢に話しかけようとした時
「女の子達がザダル様のことを好きなのは、ザダル様のそのお顔です!! もっと言うなら、その微笑みです。 私にとっては、その微笑みは腹立つ対象でしかありませんけどーー! みんな、キャーキャー言ってますよ! ザダル様も分かってやってるんじゃないんですか?」
と目が据わったリーリア嬢に怒った感じで言われる。
何故だ!!
僕が固まっていると
慌てて
「すみません……すみません。私、頭も悪く、見た目も良くなくて………何も取り柄もないくせに………私なんかが、こんなこと言ってしまって………本当に申し訳ございません。」
と、今度は急に謝られた。
リーリア嬢は、テーブルに頭が着くんじゃないか?ってくらいの姿勢で微動だにせしない。
困った。
すると、壁際で控えていたマルサがププッと笑い出した。
「マルサ?」
と思わず、護衛に徹している者に話しかけてしまう。
いや、これは仕方ないでしょう。
なんでそこで笑ってるの?
「ザダル様、発言よろしいでしょうか?」
とマルサが一歩前に出る。
すかさずライドが止めに入るが、僕はライドを目で止めた。
「マルサ、何かな?」
「はい。リーリア嬢の幼い頃の話を少し…………自分は、リーリア嬢の幼い頃に、たまたまお見かけしたことがございます。その時は、泥んこになり木に登っていらっしゃいました。ユ家の庭を走り回っていらした、とてもお転婆なお子さんでした。 学園に入学すると、何故か俯いてばかりのリーリア嬢に驚いたものです。しかし、先日、報告した通りのことが起こり、謝罪のためユ家に訪問した際に、ザダル様の心のこもってない微笑みを見ると殴りたくなると言うお言葉。それに、ザダル様の男子学生達と笑う楽しそうな笑顔の方が安心すると仰られた。自分は本当に嬉しかったのです。あのお転婆な娘さんは何も変わっていなかったと。そして、ザダル様の本質を見てくれるお方なのだと思いました。そして今日、またおふたりが、それぞれに仮面を被り合ってるのを見ていたらもどかしいやらで………思わず笑ってしまいました。申し訳ございません。」
と、マルサは言うだけ言ってスッキリした顔を隠しもせず頭を下げた。
僕はビックリしてリーリア嬢を見た。
リーリア嬢は、顔を真っ赤にして俯いていた。
そんなリーリア嬢を見ていたらおかしくなってきた。
「なーんだ。そっか。僕はリーリア嬢に安心してほしくて笑ってたんだけどーーーリーリア嬢は、殴りたくなっちゃうんだーーー。そっかーーー。」
リーリア嬢がハッとしたように顔を上げる。
おもしろい。
「えーーー。それって安心させるためだったの? 逆でしょ。そんなキレイな顔で微笑まれたら怖いから!」
「えー。怖いって酷いなぁー。」
さらに追い討ちをかける。
「酷くないし! 酷いのはザダル様の方だし! いい加減、自分の顔の良さを把握した方がいいと思いますけど?」
と頬を膨らませそっぽを向くリーリア嬢が可愛い。
「ねぇ、リーリア嬢。何故、俯いて大人しくしていたの?」
僕は1番気になったことを聞いた。
微笑んでもいない。
無表情に見えるかもしれないけど、本当に聞きたかったから真顔だ。
リーリア嬢は、僕の顔をじっと見つめた。
それから、ぽつぽつと話し始めた。
リーリア嬢の話は、そんなに時間はかからなかったと思う。
だけど、僕はその気持ちは少し分かる気がした。
僕は要領がいい。
だから出来ないことは少ない。
けどその代わり『出来て当たり前』だったのだ。
できないこともある。
努力してできるようになったことの方が多い。
それを『出来て当たり前』とされることは、正直辛かった。
誰も褒めてくれないことが、辛かった。
リーリア嬢は、努力したことも褒められるどころか『そんなことも出来ないのか』と言われ続けた。
自分に自信がもてない。
それは僕も一緒だ。
「僕も自分に自信などない。」
ボツっと言った僕の言葉が、思いのほか部屋に響いた。
リーリア嬢が驚いた顔で僕を見た。
僕は、仮面を外した顔で笑った。きっと泣きそうな顔だったと思う。
「リーリア嬢、僕は両親から褒められたことがないんだ。だから、自信なんてないんだ。けど、次期首脳だから、そんな顔はできないし……それに傷つきたくなかった。だから、好かれるために笑ってた。………今日はもう遅い。 またゆっくり話そう。明日と明後日は学園は休みだね。ゆっくり休んで。そして、学園では一緒にランチしよう。騒ぎが落ち着くまでは毎日だからね! では、またね。」
僕は、言うだけ言って部屋を出た。
そろそろリーリア嬢の父上も戻ってくるだろう。
父上に報告と、今後の対策なども詰めないといけない。
それに、若い女性を出歩かせる時間ではない。
だから、急いだだけだ!!………………なんて、嘘だ。
僕は卑怯だ。
自分の気持ちを話したことが、急に恥ずかしくなってリーリア嬢を残して逃げてしまった。
リーリア嬢に嫌われてしまったかもしれない。
自己嫌悪。
学園で会った時、どんな顔をしたらいいんだ?
けど、ぷはっ。
『僕の微笑みは腹立つ対象』
………………アハハッ!!
そんなこと初めて言われたよ。
楽しい子だな。
仲良くなれるといいなぁ。
読んで頂きありがとうございます。
不定期の投稿です。




