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その3


実に一年ぶりである。

白雪姫の命を絶つ為、老婆の姿に扮した王妃は姫の住む森の中へとやってきた。

手にした篭には林檎が一つ。

林檎は姫の好物で、その片側だけに努力の成果の猛毒が注入してある。  

王妃の計画はこうだ。

林檎売りの老婆となって姫の目の前で林檎を半分に切る。

そして、毒の無い片側を目の前で食べてみせ、無害を装い毒入りのもう片側を白雪姫に食べさせる。

毒林檎を食した姫は十分後、心臓発作に似た症状を引き起こし、瞬き三つであの世逝き。

白雪姫の死を確認したら誰にも見つからないように城に戻る。

戻った後は、毒の製作に没頭したこの一年……願掛けのつもりで封印してきた魔法の鏡に久しぶりに質問するのだ。


____世界で一番美しいのは誰? 


と。


きっと鏡は今度こそ王妃が世界一だと答えてくれるだろう。

必ずうまくいく。

なんてったってこの毒は特別なのだ、前回までとはレベルが違う。

ワンショットワンキルならぬ、ワンイートワンキル。

もう少し、もうあと少しで願いが叶うと、王妃ははやる気持ちを抑えつつ、白雪姫の住む東の森小屋へと急いだ。


……

…………


城からこっそり抜け出して、人目をはばかり森小屋に着いた王妃は、そこに想定外のものを見た。

 

一年前の記憶を辿る。

確かここに住んでいるのは、森の番人である七人の木こり達と白雪姫だけのはずではなかったか。

なのに今、王妃の目の前には若い男の後ろ姿があった。

筋骨逞しいその男は地上高二メートル程の木の枝にぶら下がり、背中に広がる広背筋とそのすぐ近くの大円筋、そして上腕二頭筋を苛め抜く為かは知らないが、ゆっくりと筋肉と対話するかのような懸垂をしていた。


王妃は激しく動揺した。


「えっと……あの男は誰? 白雪姫のお友達? いや、誰だっていい。とにかく邪魔だわ。せっかく白雪姫を殺しに来たというのに……すこぶるマッチョなあんな男がいたのではできないじゃない!」


どうしたらいいのだろう……と、王妃が考えあぐねていると筋肉との対話を終えたのか、男は音も無く地上に降り立った。

謎の男のいでたちは、パツパツの黒いタンクトップに迷彩柄の軍パンツ、足元の編み上げブーツはかなり使い込まれている。

シンプルではあるものの、男の固く締まった筋肉をより美しく見せていた。

懸垂を終えた男は、鋼の筋肉をほぐそうと肩を回し、首を回し、柔軟過ぎる前屈をし、その直後には後屈を始めた。

上半身がグインと後ろに反れたその時、男と王妃の視線がバッチリぶつかった。

 

「…………!」


王妃は固まり石化した。

男は身体を極限まで反らしたままで王妃を凝視。

なんとも言えない沈黙の中、男が先に口を開く。 


「こんにちは、」

 

男は逆さをキープしながら良い笑顔。

体勢が体勢だけに発した声はくぐもっている。

一方王妃は条件反射で、


「え? あ、こ、こんにちは」


挨拶を返したのだが……この時、妙な違和感を感じていた。

だがしかし、この段階ではそれが何かはわからない。

数瞬の沈黙の後。

身体を起こした謎の男は、汗を掻いた黒髪短髪を布でゴシゴシやりながら王妃に向いた。


「気持ちの良い天気ですね。トレーニングするには暑すぎず寒すぎず、最高のコンディションです」

 

その声を聞いた瞬間、さっき抱いた違和感が大きく膨れて王妃の胸で暴れ出す。

頭の中では否定と肯定、その二つがせめぎ合っていた。


「……え……? ちょ、ちょっと待って……そんな……嘘でしょう……?」

 

思わず言葉が衝いて出る。

同時、王妃は視界が暗転しそうなひどい眩暈に襲われて、立っていられず片膝を地につけた。


地面に蹲る王妃。

その脳裏には、この一年血の滲むような努力で大量の専門書を読み、理解し、その知識を駆使して最強の毒薬を作り上げるまでの苦行のような日々が走馬灯のように浮かんでは消えていった。


____辛かった、大変だった、……それなのに、私は何の為にこの一年間頑張ってきたのだろう……!

白雪姫を殺し自分が美の世界一に返り咲く為ではなかったのか……!

それが……それが何という事なの!


思い返して血が滲む程唇を噛む、そんな王妃に男が心配そうに駆け寄ると、


「もしかして具合が悪いのですか? 良かったらお水を持ってきましょうか、」

 

と、|ガラス細工の鈴の音のような《・・・・・・・・・・・・・》澄んだ声をかけてきた。

 

ああ……と、王妃は力なく顔を上げ、鈴の音の主をまじまじと見た。

礼儀も作法もクソ食らえ、失礼な程に凝視をした後、一つの答えに辿り着く。

 

____やっぱりそうだ……この声……喉は平らで喉仏が見当たらない……何てことなの……この男は………否、この女(・・・)は間違いなく白雪姫だ……!

 

 

雪のような白い肌……は、今はいずこで驚くほどに日に焼けて、春の日差しに黒光りをしているが、黒炭のような黒髪も(ずいぶん短く刈り込んでる)血のような赤い唇も(かなりガサガサ荒れている)、整いすぎた目鼻立ちも(彫り深くてハッキリしてる)、こうして近くで見てみれば白雪姫その人で間違いない。

が、しかし、ほっそりとして華奢な身体は、この1年で何をしたらこうなった? と言う程の変貌を遂げ、無駄な脂肪が一切無くて全体的に二回り以上大きくなっている。

完全に別人だ。










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