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エドワルド

 彼女という太陽を知り、私は生きる意味を知った。

 私という命は彼女が在るから続くだけで。

 彼女という存在こそが、私を生かすための全てだったのだ。



 

 生まれ落ちて付けられた名はエドワルド。

 侍女であった母が情を交わした国王より賜った名だということを乳母から聞いた。

 母は国王の傍に仕える侍女であった。国王の戯れにより落胤した私は皮肉なことに直系主義たる王国の第一王子として生まれたのだ。

 しかし母の身分が低いことから、第二王子が生まれた後に母は追い出され、私は次期国王の補欠として生きていくことを余儀なくされた。

 

 幼い頃はその生き方に何一つ疑問を抱かずにひたすら勉学を教え込まれていた。

 愛情というものも何一つ知らず、更には第二王子の実母による悪質な嫌がらせや暗殺者を送られるなど、決して平穏な生き方はしてこなかった。

 

 私は何のために生きているのか、などと哲学的なことを考え出したのは歳が八つの頃だろうか。

 ろくに食事も与えられない私はか細く実際の年齢よりも幼く見えていた。

 

 あの運命の日も、やはりいつものように第二王子の母による手の者か、はたまた別の誰かによる陰謀なのか。

 庭で過ごしていた私を誘拐する者が現れた。


 その頃には多岐にわたる護身術も習っていた私であったが、多勢に無勢で逃げ切れず捕らえられた。

 その時傍に居た同年代の少女も、目撃したという理由で攫われていたことが、いつもと大きな違いだった。


 共に誘拐された少女はミランダといった。

 伯爵家の長女。自分よりは二つか三つ年下の子だと私は理解した。

 名のある貴族の一族の名前や特徴はは大体教わっている。彼女の両親が今日は国王に挨拶する予定だったためについてきたのだろう。


 幼い彼女は涙を流しながら両親の名を呼んでいた。

 名を呼んだところで助けになど来るはずがないだろうに。

 少し年下の少女が煩わしいと思って黙って見つめていると、ようやく彼女は私の存在に気がついた。


「あなたも連れてこられたの?」

「…………」


 私は黙った。私のせいで彼女が誘拐されたのだと知られれば面倒だと思ったからだ。

 けれど、彼女は私が全く予想もしていなかったことを口にした。


「心配しないで。何かあったら私があなたを守ってみせるわ」


 そっと小さな体が抱きしめてきた。

 柔らかな温もり。良い香りがする髪。

 涙を零しながらも、それでも私を安心させるように抱き締めてくる少女が。


 私にとって初めて得た「愛情」だった。




 ミランダには歳が離れた弟と妹がいるという。

 きっと私を弟のように思ったのだろう。

 抱き締められた時、私は彼女に守られると言われた心地よさに陶酔してしまった。


 日頃冷たい檻の中で過ごしてきた私にとって。

 ミランダは唯一の窓辺から差し込んでくる太陽のような存在だった。


 彼女を守りたい。

 この優しい少女を失いたくない。


 私はどうにか脱出できないかと、必死で頭を回転させた。


 その日の夜。

 ミランダが泣き疲れて眠っている間に犯人らしき男が閉じ込めていた部屋に訪れてきた。

 私は眠ったふりをしていると、男が私を運び出そうとする。

 一人で運び出してきてくれたことを幸運と思いながら、私は袖の下に隠し持っていた短剣で男の喉元を刺した。

 激しい血飛沫と共に男は倒れ、抱きかかえられていた私も共に倒れた。

 私に怪我は無い。あるのは、男の返り血のみ。

 私が初めて手を汚した瞬間でもあった。


 次の追手が来る前に扉を開けて眠るミランダを背負い、人の少ない道をひたすら歩いた。

 幸いなことに町の明かりを確認し、地理を頭の中で考えれば居所は予測できた。

 体力もないために途中途中で休憩をしている間も、眠るミランダは目覚めない。

 背負う彼女の温もりすら愛しくて、どれだけ疲れていても私は彼女を背負うことを止めなかった。


 そうしてようやくたどり着いた門番のところで私は力尽き。

 それから暫く、ミランダと会うことはなくなった。




 誘拐事件以来、私は生きる意味を見出した。

 

 ミランダと再会したい。

 彼女の無事を確認したい。


 けれど、彼女と出会うには今の自分ではまた危険な目にあわせてしまうかもしれない。

 ならばどうするか。


 簡単だ。危険な芽を潰せばよいのだ。


 第一王子である私に従う派閥を知っている。

 それとなく近寄ってくる勢力をここぞとばかりに利用し王妃であった異母弟の母を暗殺した。

 存外に容易かったのが第一の印象だった。

 あれほど私に対して暗殺を仕掛けてくるというのに自分には暗殺の手が伸びないと思っていたのか。

 愚かな義母の死により政権は一変した。

 けれど私は王位を継ぐつもりなど到底なかった。

 王位などという煩わしいものになってしまったら、ミランダに会えなくなってしまう。


 ミランダのことは信用した側近により常に生活を確認してもらっている。


 そうしている間に彼女に婚約者が出来たという。

 私は胸の底から燃え盛る炎の渦が思うがままに命令した。


 彼女の婚約者となる家を潰せと。


 聞けば彼女を虐げるような少年だという。愚かしい奴だ。

 あの可愛らしい少女に手を向けるなど愚かだ。

 もはや一刻も早くミランダの前から消し去りたい。


 あっけなく婚約者であった男の家は潰れた。

 胸に燻っていた炎が沈下した。


 次にミランダの婚約者が現れたのは間も無くのこと。

 側近から聞かされた頃、私には婚約者が存在した。次期国王として相応しき相手をと選別された令嬢だというが何一つ興味は湧かなかった。今の政では必要であるがために婚約者としているが、必要さえなくなれば破棄すればよいだけのこと。

 それよりもミランダの婚約者の事が気になった。

 相手は女性との関係が爛れた彼女に相応しくない男だ。

 それでも女性に対する扱いがうまいためか、ミランダも男に好意を抱き始めていると知った時は、すぐさまその場に駆けつけて殺してやりたいとさえ思った。

 

 お前如き男がミランダの隣に立つことが相応しいだなどと、考えるだけで不快だ。

 男にはそれ相応の償いをしてもらうべきだ。


 私は病を持ち商売が出来なくなっていた娼婦を一人側近に手配させ、それとなく彼女の婚約者と接触させた。

 男は簡単に女と関係を持ち、そして病を移されたと嘆くこととなる。

 私は笑わずにはいられなかった。

 その汚らわしい指でミランダに触れた償いを果たすべきだ。

 私の心には、何一つ罪悪感などというものはなかった。


 それから暫くして。

 私もとうに成人し、ミランダも結婚適齢期と呼ばれる頃になった時。

 酷く私は焦っていた。

 その頃には美しく育ち女性として花開いた彼女が、別の男の物となってしまうことだけが恐ろしかった。

 言葉にしなくても当然であると思っていたが、私は彼女を妻にしたかった。

 ミランダ以外、私には必要が無い。

 ミランダさえ傍にいて欲しい。

 ミランダを愛し、彼女に愛されたい。


 それだけが生きる意味だった。


 けれども世間はミランダを手放さない。

 また、婚約者が現れたのだ。

 新しい婚約者は女性遍歴が悪いわけでも彼女への態度が悪辣なわけでもない至って真面目にミランダと付き合うことを良しとした青年だった。

 既に歳を考え落ち着いたミランダは、ただ静かに新たな婚約者との将来を見据えていた。


 その時の絶望を私は覚えている。

 ミランダの脳裏に浮かぶ未来に私の姿はなく、あの新しい婚約者との未来が描かれていると知った時。


 殺さなくては。


 そう、純粋な殺意が芽生えた。

 

 彼女を虐げるから引き離すでもなく、彼女に相応しくない男だから遠ざけるでもなく。

 ただひたすらに、彼女が奪われることへの嫉妬、恐怖。

 薄暗く奥底から芽生える憎悪が身を焼かんとする。

 

 本当の意味で生きているのだという充足感さえ抱いた。

 

 私自ら開いた鷹狩りの場で、ミランダの婚約者が乗った馬に細工をさせた。馬は興奮し暴れまわり。

 男は落馬して死んだ。


 私は、得たこともない安堵感に包まれた。

 その全てを知った側近は私を見て告げる。


「貴方は壊れている」と。




 ミランダが「死神の花嫁」と呼ばれるようになった。

 三度に渡る婚約破棄によって、彼女の周りには人が寄り付かなくなった。

 彼女自身も噂を気にして社交の場に出ることもなくなり、屋敷に籠るようになったという。

 私は早く彼女を妻に迎えるためにも急がなければならなかった。


 地位を落とした愚弟の補佐として就き、今まで傍に居た私の側近には都合の良い言葉で言い包めて弟を国王へと導いた。

 弟は素直に国王となり、私から王位継承権を無くし爵位を与えた。全て指示通りに。

 煩わしかった婚約者との婚約を破棄した。

 そしてようやくミランダを迎えられる。

 ミランダに会える。

 長い年月を得て、やっと彼女に会うことが出来る。


 その時私は初めて神に感謝した。


 ミランダは幼い頃と何一つ変わらない優しい女性だった。

 相変わらずの世話焼きな彼女。小さな子供たちの笑顔が救いだと語る彼女。

 私が掌に口付けるだけでその白い頬を赤く染める可愛らしい彼女。

 

 満ち足りた想い。彼女と触れ合える奇跡。

 生きる意味はここにあった。


 けれども彼女は悲しげに言う。己が「死神の花嫁」と呼ばれていることを。

 今まで行ってきたことに対して何一つの後悔は無かったが、彼女をその呼び名で悲しませることになってしまった事だけは辛かった。

 決して彼女の瞳を曇らせるようなことなどしたくなかったのに。

 嗚呼けれども。

 彼女の呼び名は悲しいことに相応しい。


 私という死神に愛されてしまう彼女は。

 まさしく、「死神の花嫁」と呼ばれるに相応しいのだから。


 だからどうか死神の手を離さないで。

 私を傷つけてしまうことを恐れるがあまりに手を離そうとした優しいミランダ。

 どうか、手を離さないで傍に居て。 

 

「死神ごと愛してあげるよ。ミランダ」


 神に許しを乞う罪人のように私は彼女に跪き愛を乞う。

 この愛を受け入れられなかった時、私はどうなるのだろう。

 その死神こそ私だと知られたらどうなってしまうのだろう。

 

 愛情に飢え、愛する術すら分からない死神たる私の。

 たった一人の花嫁。


 どうか私を嫌わないで。

 嫌われたと分かった時。


 私は生きる意味すら失うのだから。



後半がポエムのようになってしまった…

次話で終わります

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