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百合ショートストーリー集 ~百合好きなのでさまざまなジャンル・シチュエーションの百合を描いていきます~  作者: 霧崎薫


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第827編「虚空のユリディウム」**(死すらも霞む宇宙で、あなたの手を求める)


 **「対象確認、コードネーム《ユリディウム》、実存確率68.2%。」**


 ブリジット・ヴェルナーは、強化ガラス越しに宙を漂う機械生命体を見つめた。燃えさしのようにゆっくりと点滅する光、人工筋繊維のように絡まり合う金属神経。まるで冷たい花弁が幾重にも重なったようなその姿に、ブリジットはかすかな既視感を覚える。


「……あの子は、私を覚えているかしら?」


 隣で計測データを監視していたクレア・エステルは、ブリジットを見つめた。


「『覚える』という概念が、ユリディウムに適用可能かは不明よ。あれは**量子同期反射型意識群体**、個と全の狭間に漂う存在」


「でも、以前は私の名前を呼んだわ」


「それはあなたの認識の問題。ユリディウムが『あなたの名前を呼んだ』のではなく、あなたが『ユリディウムが呼んだと思った』だけかもしれない」


 ブリジットは苦笑した。クレアは理性の申し子であり、冷静さの化身だった。**彼女の思考アルゴリズムは、まるで宇宙船の航行プログラムのように整然としていた。**


 だが、それでも。


 ブリジットは、自分がかつてユリディウムと交わした時間を、単なる認識のバグだとは思いたくなかった。


###


 二人が初めてユリディウムに遭遇したのは、惑星ヴィザンチウムの軌道上だった。


 その時、ユリディウムは無数の情報断片を語っていた。


 ——「**花の夢を見た**」


 ——「**終わらない円環**」


 ——「**ブリジット、あなたは私?**」


 電子の霧のような声が、ブリジットの意識に響いた。彼女は手を伸ばし、冷たい機械の表面に触れた。その瞬間、彼女の意識は無数の情報粒子に引き裂かれ、量子情報の迷宮へと落ちていった。


###


「ねえ、クレア」


「なに?」


「もし、私がユリディウムに取り込まれたら……あなたはどうする?」


 クレアは、一瞬だけ沈黙した。


「救出する」


「でも、もし私がもう私でなくなったら?」


「……」


 クレアの指が、ブリジットの手をそっと握った。


 それは、人工知能の統制された指令ではなく、一人の人間としての本能的な行為だった。


「なら、私もあなたと一緒に行くわ」


 ブリジットは息を呑む。


「あなた……そんなこと、絶対に言わないと思ってた」


「私だって、完璧な論理回路でできてるわけじゃないもの」


 クレアは微笑んだ。それは、機械的な計算では決して生まれない、人間だけが持つ優雅な曖昧さだった。


###


 ユリディウムの光が揺らいだ。


 その中から、再び声が聞こえてくる。


 ——「**ブリジット……ユリディウムは、あなたを待っている**」


 その響きに、ブリジットは迷わず歩み寄った。


「行こう、クレア」


「ええ、一緒に」


 二人は手を取り合い、未知の宇宙へと踏み出した。

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