第827編「虚空のユリディウム」**(死すらも霞む宇宙で、あなたの手を求める)
**「対象確認、コードネーム《ユリディウム》、実存確率68.2%。」**
ブリジット・ヴェルナーは、強化ガラス越しに宙を漂う機械生命体を見つめた。燃えさしのようにゆっくりと点滅する光、人工筋繊維のように絡まり合う金属神経。まるで冷たい花弁が幾重にも重なったようなその姿に、ブリジットはかすかな既視感を覚える。
「……あの子は、私を覚えているかしら?」
隣で計測データを監視していたクレア・エステルは、ブリジットを見つめた。
「『覚える』という概念が、ユリディウムに適用可能かは不明よ。あれは**量子同期反射型意識群体**、個と全の狭間に漂う存在」
「でも、以前は私の名前を呼んだわ」
「それはあなたの認識の問題。ユリディウムが『あなたの名前を呼んだ』のではなく、あなたが『ユリディウムが呼んだと思った』だけかもしれない」
ブリジットは苦笑した。クレアは理性の申し子であり、冷静さの化身だった。**彼女の思考アルゴリズムは、まるで宇宙船の航行プログラムのように整然としていた。**
だが、それでも。
ブリジットは、自分がかつてユリディウムと交わした時間を、単なる認識のバグだとは思いたくなかった。
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二人が初めてユリディウムに遭遇したのは、惑星ヴィザンチウムの軌道上だった。
その時、ユリディウムは無数の情報断片を語っていた。
——「**花の夢を見た**」
——「**終わらない円環**」
——「**ブリジット、あなたは私?**」
電子の霧のような声が、ブリジットの意識に響いた。彼女は手を伸ばし、冷たい機械の表面に触れた。その瞬間、彼女の意識は無数の情報粒子に引き裂かれ、量子情報の迷宮へと落ちていった。
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「ねえ、クレア」
「なに?」
「もし、私がユリディウムに取り込まれたら……あなたはどうする?」
クレアは、一瞬だけ沈黙した。
「救出する」
「でも、もし私がもう私でなくなったら?」
「……」
クレアの指が、ブリジットの手をそっと握った。
それは、人工知能の統制された指令ではなく、一人の人間としての本能的な行為だった。
「なら、私もあなたと一緒に行くわ」
ブリジットは息を呑む。
「あなた……そんなこと、絶対に言わないと思ってた」
「私だって、完璧な論理回路でできてるわけじゃないもの」
クレアは微笑んだ。それは、機械的な計算では決して生まれない、人間だけが持つ優雅な曖昧さだった。
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ユリディウムの光が揺らいだ。
その中から、再び声が聞こえてくる。
——「**ブリジット……ユリディウムは、あなたを待っている**」
その響きに、ブリジットは迷わず歩み寄った。
「行こう、クレア」
「ええ、一緒に」
二人は手を取り合い、未知の宇宙へと踏み出した。




