第826編「シンクロニシティ・インサートコイン」(基板も心も、互いにシンクロする瞬間がある)
電子音が満ちる部屋で、十倉結菜は静かにハーネスを差し替えた。目の前には、埃ひとつないJAMMA規格のアーケード筐体。その中には、彼女が大切にコレクションしてきた基板の一枚——90年代のシューティングゲームの傑作がセットされていた。
「電圧……OK。マザーボードの接続確認……」
結菜は慎重にテストモードを立ち上げ、画面の色調やスピーカーの出力をチェックする。
「……完璧。やっぱり、純正の基板はいいわ」
彼女がこのコレクションを始めたのは、高校生のとき。家庭用移植版ではなく、**本物のアーケード基板**でゲームをプレイしたいという思いから、少しずつ基板を集め始めた。
そんな彼女の「趣味」に共鳴するように現れたのが、恋人の桐嶋遥だった。
「結菜、そっちのテスト終わった? 私のほうはこっちのNAOMIのチェックがまだなんだけど」
遥が座っているのは、別の筐体。こちらはセガの**NAOMI基板**がセットされている。NAOMIはドリームキャストとほぼ同じアーキテクチャを持つアーケードシステム基板で、彼女たちの部屋には数種類のカートリッジが並んでいる。
「おっ、エラーチェックはクリア。キャリブレーションも良好……。ねえ結菜、今夜はこの『パワーストーン2』やろうよ」
「またそれ?」
「だって、4人対戦できるアクションゲームでこれほど面白いの、なかなかないよ? それに、今度のイベントで大会あるし、練習しないと」
「確かにね……」
結菜は苦笑しつつ、手元の基板をケースにしまった。遥と一緒にゲームをすると、時間が溶けるように過ぎる。
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そんな彼女たちがいつも通っているのは、地元のゲームセンター「アストロ・スクエア」。
この店には、最新の音楽ゲームや格闘ゲームだけでなく、**アストロシティ筐体**にセットされたレトロアーケードゲームがずらりと並ぶ、貴重な空間だった。
「今日の目的は?」
結菜が尋ねると、遥は笑顔で応えた。
「『バーチャロン オラトリオ・タングラム』の対戦よ。もう負けないからね」
「言ったわね……」
二人は100円玉を筐体に入れ、それぞれのスティックを握る。
結菜は「フェイ・イェン・ザ・ナイト」、遥は「テムジン」。
バーチャロンは、**ツインスティックを駆使する高速ロボットアクション**であり、二人が出会うきっかけとなったゲームでもあった。
「ほらっ!」
「甘い!」
画面の中で、二機のロボットが激しく撃ち合う。結菜のフェイ・イェンがレーザーを放ち、遥のテムジンが絶妙なタイミングで回避する。
**ゲーミングにおいて、二人は互いの癖を完全に知り尽くしている。**
「やっぱり、あなたの動き、読めちゃうんだよね」
「そっちこそ」
試合は結菜の勝利。しかし、遥は不敵に笑う。
「……でも、次は勝つよ」
「ふふ、楽しみにしてる」
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ゲームセンターを出たあと、二人はいつものように中古ゲームショップに立ち寄った。
「ちょっと! 見てよ、これ!」
遥が興奮気味に指さしたのは、**CPS-2基板**の『ストリートファイターZERO3』だった。
「すごい……!」
CPS-2(Capcom Play System 2)は、カプコンのアーケード基板で、『ヴァンパイアセイヴァー』や『マーヴルVSカプコン』などの名作が生まれたシステムだ。
「うわぁ……値段、結構するね」
「まあ、でもプレミアついてるしね」
結菜は悩んだ。コレクションとしては欲しいが、予算的には厳しい。
しかし、次の瞬間、遥が静かに言った。
「二人で買おうよ」
「えっ?」
「基板って、ソフトみたいに個人所有するものじゃないじゃん? だから、私たちで一緒に買って、二人で遊ぼう」
結菜は思わず遥を見つめた。
……確かに、彼女たちはこれまでも、基板を持ち寄って遊び、修理し、共有してきた。
基板はただのゲームデータの集合ではない。そこには、思い出が蓄積される。
「……じゃあ、買おうか」
二人は微笑み合い、CPS-2の基板を手に取った。
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夜、部屋に戻ると、早速『ストリートファイターZERO3』を起動した。
画面に映るキャラクターたちが鮮やかに動き、90年代のアーケード特有のドット絵が懐かしさを呼び起こす。
「ねえ、結菜」
「なに?」
「もし、人生が格ゲーだったらさ……私たちって、どんなコンボ持ってるんだろうね?」
結菜は少し考えてから、静かに答えた。
「きっと、長い連携技があると思う」
「え?」
「一撃で終わるんじゃなくて、ゆっくりと、少しずつ、でも確実にダメージを与えていくコンボ」
「ふふ、それってどんな技?」
「……たとえば、『お互いの基板を集めて、部屋をゲーセン化する』みたいな」
遥は笑った。
「いいね、それ。じゃあ、次のコンボは?」
「次は……一緒に『ZERO3』を遊び尽くすこと」
結菜はコントローラーを手に取り、ゲームのスタートボタンを押した。
——ゲームも、人生も。
二人のコンボは、まだ終わらない。




