第812編「ドゥーンと恋」(惚れてまうやろ、ドゥーン!)
喫茶店「カフェ・ドゥーン」は、昭和の香り漂う純喫茶だった。
壁には妙に派手な花柄の壁紙。カウンターには色褪せた招き猫。そして、なぜか店の片隅には「ワハハ本舗」のポスター。BGMは延々と流れるムード歌謡。そんな空間で、今日も二人の恋は進行していた。
「いやぁ~、ほんま、なんでこんな喫茶店で会わなあかんねん!」
テーブルに肘をついて文句を言うのは、百合。いつもジャージ姿で、笑いにはうるさい関西人。
向かいに座るのは桃香。フリルのついたワンピースを着て、アイスカフェオレをストローでくるくる混ぜている。
「だって、ここ……落ち着くんだもん」
「いや、落ち着くって、どこがやねん! 店入った瞬間マスターが『ドゥーン!』って言いながら指差してきたし、注文聞く前に『それ、アカンやつや!』って勝手に言われたし!」
桃香はくすくす笑いながら、百合の手をそっと握った。
「でも、ここ、百合と出会った場所だよ?」
「……まぁ、そうやけど」
実はこの店、二人の思い出の場所だった。最初に出会ったのは、ちょうど一年前——。百合がこの店のナポリタン(妙に汁っぽい)を注文しようとした瞬間、隣の席に座っていた桃香が勢いよく立ち上がり、こう叫んだのだ。
「ここのナポリタンはアカン!」
驚いた百合が「なんでやねん!」とツッコんだところから、二人の関係は始まった。
「ふふ、百合がツッコんでくれたから、今こうして一緒にいるんだよ?」
「……まぁ、ボケにツッコむのは、関西人の宿命やからな」
桃香はにっこり微笑んだ。
「ねぇ、百合」
「ん?」
「好き」
「……いや、急やな!」
百合は頭を抱える。しかし、その顔は、まんざらでもない。
「まぁ……しゃあない。そんな桃香が好きやで」
「ほんと?」
「ほんまや。……ドゥーン!」
二人は大笑いしながら手を繋ぎ、レトロな喫茶店の中で、今日もゆるゆると愛を育んでいくのだった。




