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44. フローラ・メイ・フォーブズ

 白い空間。

 何もない空間。

 不思議な空間。

 そこで男女が向かい合っている。


「本当に良いのか?」


 男は尋ねる。


「ええ、だってこの体はあなたのもでしょう?」


 女は答えた。


「もともとはお前のものだろ。それでも良いのか?」

「私は既に死んでいるもの」

「死んでる?」

「首を吊ったあの日、私は死にました。そんな私に、あなたが最後の夢を見させてくれました。あの日の誕生日会の続き、ハリー様とのダンスはとっても楽しかったですわ。昔の私なら見向きもされなかったもの。全てはあなたのおかげです」

「いやオレは何もやってないが……」

「そんなことありません。セリーヌちゃんとも仲直りできました。あなたには本当に感謝しています」


 女が深々と頭を下げた。


「私を大事に使ってくださいね」

「……身勝手だな」

「そうよ。私は傲慢な女、フローラ・メイ・フォーブズですわ」

「そうだったな。お前の体すぐ太るから大変なんだよ」

「でしょうね」


 女は小さく笑った。

 そこに『傲慢さ』は見当たらない。


「オレはオレのやりたいように生きる」

「それで構いません。あなたなら、きっと私よりも上手く生きられるはずです」


 女は安心したように微笑む。


「うまく生きれるかは知らんけど、まあ後悔ないように生きてくわ」

「ありがとうございます。あとは任せましたよ。フローラ・メイ・フォーブズを」


◇ ◇ ◇


 目を覚ましたフローラは喪失感に襲われた。

 何かとても大事なものが自分の中から消えていってしまったようだ。


「フローラ様!」


 エマが、心配そうにフローラの顔を覗く。


 フローラはゆっくりと周りを見渡した。

 どうやら、彼女は医務室で寝かされているようだった。

 エリザベスとセリーヌも医務室にいるようだが、二人共椅子に座りながら寝ている。


「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 とフローラは言ってから、自分の言葉に違和感を覚えた。

 今まではどんな喋り方をしても、強制的にお嬢様口調になっていた。

 でも、今はそれがない。


 エマがキョトンとしている。

 フローラはすぐに言い直した。


「ええ、問題ありませんわ」

「良かったです。いきなり倒れるから、とても心配しました」

「すみません。慣れないダンスパーティで疲労が溜まっていたのかもしれません。ところで私が倒れてから、どのくらい経ちました?」

「丸一日です」

「そんなにも長い間……」


 フローラは愕然とする。

 続いて、彼女はエマの顔を見た。


 エマの目の下にくまができていた。

 エマは徹夜でフローラを見てくれていたのだろう。


「たくさん心配をかけてしまったようですね。申し訳ありません」

「いいえ、これが私の務めですから」


 エマは胸を張って応える。

 その後、彼女はフローラをじーっと見た。


「何か顔についてますか?」

「あの……フローラ様。倒れる前のフローラ様は……いえなんでもありません」


 エマは、フローラが倒れる前に見せた表情が忘れられなかった。

 もう思い残すことはないと言わんばかりの表情を。


『これからも私をよろしくお願いしますね』


 それがどういう意味かわからなエマにはわからない。

 だが、エマは何かを託されたような気がした。

 それをエマは理解し、今後も誠心誠意、主人に尽くそうと考えた。


「これからもよろしくお願いしますね」

「はい!」


 フローラは体を起こし、カーテンを開けた。

 窓から光が入り込む。

 窓を開けると、冷たい空気がフローラの肺を満たす。


 朝が来た。


 気持ちの良い朝だ。

 でも、今までとは何か違う朝だ。


「フローラ様?」


 何か思い詰めたような顔をするフローラ。

 エマがフローラを心配そうに見つめる。


「どうしました?」


 フローラがコテンと首を傾げて、フローラを見た。

 エマは恐る恐る告げる。


「どうして泣いているのですか?」

「え? ……私は泣いていますか?」

「はい」


 フローラは言われてから気づく。

 一筋の雫が頬を伝っていた。

 それに、どちらのフローラの涙なのか?

 彼女にはわからない。

 フローラは呟いた。


「きっと私もあなたも悲しいのでしょうね」


 エマはフローラが言っていることを、やはり理解できなかった。

 しかし”あなた”というのが、エマではない”誰か”を指していることはわかった。

 なぜだかわからないが、エマも悲しい気持ちになった。


 それからエリザベスとセリーヌが起きた。

 二人はフローラのことを心配そうにしていた。


 フローラは笑顔で答える。

 そうしていると、フローラのお腹がググーッと鳴った。

 丸一日何も食べなかったフローラのお腹は正直に空腹を訴えた。


 ちょうど、そのタイミングでマシューが医務室を訪れた。

 手には果実をもって。

 フローラは満面の笑みを浮かべて、果実を受け取り、食べた。


 その令嬢とも思えぬ豪快な食べっぷりにマシューが苦笑する。


 その後、アレックスが怒ったような鬼神の表情で部屋を訪れた。

 怒っているわけではなく、フローラを心配しているだけだった。

 心配しすぎて眉間にシワが寄っていた。

 マシューはアレックスを見て笑った。


 そしてハリーとノーマンが見舞いに来た。

 ノーマンはフローラのために、花束を持ってきた。

 貴公子ノーマンらしい振る舞いだ。


 ハリーはフローラのために本を持ってきた。

 なぜ本かというと、フローラが病室にいる間に退屈しないだろう、と考えたからだ。


 医務室はたくさんの人で溢れかえった。

 フローラの周りにはたくさんの人がいる。

 この場以外にも、フローラを慕っている人は大勢いる。

 フローラには自然と周りを惹き付ける魅力があった。


 風が吹く。

 そよ風がフローラの髪を優しく撫でた。

 誰かがフローラに微笑みかけたような、穏やかな風だった。


 フローラは窓の外を見て、誰にも聞こえないように呟いた。


「さようなら、フローラ・メイ・フォーブズ」


◇ ◇ ◇


 その後、フローラ・メイ・フォーブズは生徒会に入り、シューベルト王立学園の改革に携わった。

 卒業後は貴族と平民の垣根をなくすため、あるいは世の中の不平等をなくすため、精力的に活動していたとされる。

 彼女によって救われた人は数知れない。

 貧民にも別け隔てなく接する姿は人々に好感と感銘を与えた。

 満開の花が咲いたような笑顔を花の女神と呼ぶ者もいれば、清らかな心をもつ彼女を聖女と称える者もいた。


 そんなフローラの周りは常に人で溢れており、笑いが絶えなかったと言う。

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