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2 美しき薔薇は帝国に散る

筋肉SSです。BL作品となりますので、お読みになる際はご注意ください!

「ユリウス……そろそろ観念したか?」


「くっ……エドワード様……何故このような事を……」



 ジャラリと金属の擦れる音が、暗闇の中響く。冷たい壁に掲げられた松明の灯りだけが、彼等を照らしていた。


 ここは城の地下牢――堅牢な鉄格子の奥の冷たい石壁に、ユリウスという一人の青年が鎖で繋がれていた。赤茶の少し癖のある髪は、今は汗と埃に塗れその艶を失い、穏やかな漆黒の瞳は、仄暗い怒りに燃え、目の前の軍服を着た人物を睨んでいる。


 そんなユリウスの怒りを鼻で笑うように、その人物――エドワードは、艶やかな微笑を口もとに浮かべた。波打つ金色の髪が松明の灯りで煌めき、碧玉の瞳が楽し気に揺れる。



「何故って……わからないか?ユリウス……」



 つ――と、エドワードの指先が、上半身を裸にされたユリウスの胸に触れた。直に触れてくる黒い革の手袋の感触が、ほんのり冷たい。しかし触れられた場所から、耐えがたい欲望の熱が生まれてくるようだった。



「っ――」


「罪深いお前の為に、私がこうして直々に尋問してやっているのだ」



 そう言って楽し気に笑うエドワードは、クルクルとその指先で弄ぶようにユリウスに触れる。その行為に痛みは無い。だが時折悪戯のように触れられる場所が、痺れるような感覚をもたらすのを、ユリウスは遠い意識の中感じていた。


 それでも最後の抵抗をと、ユリウスは弱々しい声で己の無実を訴える。



「エドワード様……俺は……貴方様を裏切ってなどいません……」


「っ!!」


「あぅっ!!」



 ユリウスの言葉に、エドワードはそれまで微笑の奥に隠していた激しい怒りを露わにした。肩口につけられた刀傷にその指を食い込ませ、ギリギリとユリウスを苛む。



「……そんな薄っぺらい言葉に、この私が騙されるとでも?随分と舐められたものだな」


「っくぁ!!エドワード様……どうか……」



 炎で焼かれるような激痛が走る。だがそれ以上に、ユリウスは心が締め付けられるように痛むのを感じていた。


 ユリウスは、帝国軍の大佐であるエドワードの部下として武芸の腕を磨き、その期待に応えられるように努力してきた。彼の鍛え上げられた逞しい肉体についた傷は、これまでの研鑽の証だ。その傷の分だけ彼は、エドワードの事を守ってきたのだ。


 そんな男が、どうしてエドワードを裏切れるというのだろう。だが目の前の主は、ユリウスを疑い、激しい怒りを向けていた。



「この私が重用してやったというのに、恩を仇で返されるとはな……」


「そんな事はっ……ぐっ」



 エドワードが抵抗は許さないと言わんばかりに、持っていた鞭をユリウスの首に強く押し付けた。冷たい壁と鞭に挟まれ、気道が塞がる。息ができなくなって、打ち上げられた魚のように口をはくはくさせるが、エドワードはその手を一向に緩めない。



「な……ぜ……」



 遠のく意識の中で、ユリウスは目の前のエドワードを見つめた。



――私の事をわかってくれる部下は、お前しかいない――


――お前に……私の側に居て欲しいんだ……――


(そうおっしゃってくださったのに……)



 一見、高慢で尊大なエドワード。だがその内面は繊細で傷つきやすく、それを隠すように我が儘に振舞っているのだという事をほとんどの人は知らない。己の出自や身分にエドワードが苦しみ、孤独の中、一人傷ついているのをユリウスだけが知っていた。



(エドワード様…………)



 怒りに燃える碧玉の瞳が、真っ直ぐにユリウスを射抜く。だがその瞳の奥に、悲しみに彩られた心が隠されているように見えた。



「ユリウス……お前がただ一言認めさえすれば、すぐに楽にしてやろう……さぁ」



 ユリウスの忠誠心を試すかのように、エドワードは優しい声音で告げる。だがそれは偽りの罪で、エドワードもそれを知っているはずなのだ。それなのに力づくでも認めさせようと振舞うエドワード。ユリウスはようやくその真意を知った。



(あぁ……貴方様は、まだ俺の事を信じられないのですね……)



 エドワードという人は、孤独な人だった。王族という恵まれた境遇に生まれながら、親兄弟さえ信じる事ができず、尊大で我が儘な偽りの姿で、常に周囲を翻弄して生きていた。


 そんなエドワードが、ユリウスだけには、無邪気で、時に弱々しい姿を見せていた。それはどこにでもいるようなごく普通の青年の姿――エドワードの真実の姿だ。


 そんな風に彼と関わる内に、ユリウスはいつしか一人の人間として彼の事を好いていた。部下としてその身体を守る為だけではない。その心さえも守りたいと思ったのだ。



「……貴方様が望むなら……この命を捧げましょう……」


「っ――!」



 ユリウスの思いもかけぬ言葉に、これまで彼を責め苛んできたエドワードが息を飲む。冷たく壁に押さえつけられていた手が、俄かに緩んだ気がした。


 ユリウスは穏やかな微笑を浮かべると、戸惑う碧玉の瞳を真っ直ぐに見つめる。激しい怒りの奥に、エドワードが必死に隠そうとしていたある感情を引き出す為に。



「……けれどこの魂は……死しても貴方様の下におります――永遠に」


「っ――ユリウスっ……」



 くしゃりと表情を歪めたエドワードは、苦し気にユリウスの名を呼ぶ。眉間に皺をよせ、睨みつけようと必死に顔を顰めているが、それは今にも泣きだしそうな表情に見えた。


 エドワードは怯えていたのだ。彼にとって唯一の存在であるユリウスが、自分の下から離れていってしまうのではないかと。


 だから時に残酷で、時に自身も苦しむ方法で、あえて自分の大切な存在を突き放す。本当は離れて行って欲しくないはずなのに、そうしてユリウスを――彼が自分へと向ける愛を確かめようとしているのだ。


 不器用で子供っぽい愛情表現。けれど愛しい……そう思ってしまうのは、ユリウス自身も同じ想いを抱えているからだ。


 だからユリウスは何度でも告げる。その想いを。例えいつの日かエドワード自身の手で、この命が絶たれようとも、決してそばを離れる事がないのだと――



「エドワード様……愛しています。この心も体も……魂も、私の全てで――」


「ユリウスっ――」


「あぁっ……!」



 押し当てられていた鞭が床に落ち、性急に両腕を掴まれたかと思うと、壁に強く押し付けられる。そしてすぐに激しい口づけがユリウスを襲った。まるで噛みつくようなその行為は、角度を変えて何度も繰り返され、次第に深まっていく。


 告げられた愛の言葉を、その体ごと飲み込もうとするかのように、エドワードは激しくユリウスを求めた。



「ユリウス……」


「エドワード様……」



 冷たい壁に押し付けられた身体は熱くて、今にも互いの熱で溶けてしまいそうなほどに燃えている。剥き出しの欲望――だがそこには、確かな絆と深い愛がある。それを肌で感じる為、誰も訪れぬ地下牢の奥深くで、二つの影が重なった――



**********



「ってここから二人のめくるめく愛の世界が広がるのよ~!」


「きゃーーーーー!!たまらないわーーー!!」


「で?で?続きは?!」


「続きは勿論大人な展開に決まっているじゃない!」


「いやーーー!ダメよそんな!でもでも美味しいわーー!!」



 うららかな午後の日差しが降り注ぐ庭園に、女性達の黄色い悲鳴が響き渡る。お茶を楽しむ為の席で、彼女達は最近流行っているという書籍に夢中であった。


 それは男性同士の切ない恋愛を描いた長編小説『美しき薔薇は帝国に散る』で、異国の軍事国家を舞台に描かれており、今女性たちの間で絶大な人気を誇っていた。


 その中に描かれているという人物像に、心当たりがあるとかないとか、貴族女性の間ではもっぱらの噂であり、度々こうして情報交換の為のお茶会が開かれていた。



――一方その頃――



「へっきし!」



 ラーデルス城にあるエドワードの居室では、護衛騎士のユリウスが大きなくしゃみをしていた。そんなユリウスを怪訝な表情でエドワードが見つめる。



「どうしたユリウス?風邪でも引いたか?」


「いえ……なんだか最近よくくしゃみが出るんですよ」



 ずず……と鼻をすするユリウスは、首を傾げながら答える。騎士として鍛え上げた体は、そうそう風邪などひかないのに、ここ最近はよくくしゃみをしていた。



「どうせまた夜更かしでもしたんだろ。その理由が女だなんてことは……まぁ彼女のいないお前には無理な話だったな」



 エドワードはそう言って彼女のいないユリウスを揶揄った。いつもの事である。



「うっ……た、確かに男同士で飲んでただけですけど……ってなんでそんな事をエドワード様に言われなきゃいけないんですか!酷い!」



 ユリウスがキャンキャン吠えて近づくと、エドワードが俄かに表情を歪めた。そして視線をチラリと部屋の隅にいる侍女へ向ける。侍女は必死で無表情を貫こうとしているが、口元が大いに歪んでいるのが見て取れた。


 うんざりとしながら再びユリウスへと顏を向けると、エドワードは思い切りその額を叩く。



――べしっ!!――



「痛った~~~!!何するんですか!!」


「……お前のせいで私まで男色だのなんだのと言われているんだ。それくらい耐えろ。そして彼女を作れ」


「は?だんしょく?何のことですか?」


「はぁ~~~……」



 巷で流行りの男色ものの小説。その登場人物達が、誰をモデルにしているのか、エドワードは知っていた。


 侍女をはじめ貴族女性や、騎士達まで広く知られている。ここ最近の生暖かな視線は、全てその小説を通して見られているせいだ。


 知らぬはユリウスただ一人である。



「はぁ~~~~~……」


「どうしたんですか、エドワード様?ため息ばっかついて」



 物語と違って熱の籠らないため息に、ユリウスは首を傾げ、それを見守る侍女達は心の中で黄色い絶叫をあげるのだった。


お読みいただきありがとうございました!( *´艸`)

真面目な純愛BLかと思いきや、思いっきりコメディ落ちwふははw


●少しだけ補足●

エドワードは本編の『薔薇騎士物語』では、悪役の王子様です。ユリウスはそんなエドワードを護衛する立場の騎士ですね。

↓星影さき様に描いていただいたエドワード。隠れマッチョです(。-`ω-)

挿絵(By みてみん)


今回の筋肉SSでは、架空の帝国軍の大佐としてエドワードを書きました。

↓軍服のイメージはこちら。

挿絵(By みてみん)

いずれ『うらばら!男装騎士は喜劇のヒロイン』にてこちらの話を再アップする際に、完成版のイラストを掲載する予定です。

にしてもBL中々楽しく書けました!いずれムーンでこの『美しき薔薇は帝国に散る』の世界線の物語でも書こうかなぁ、なんて思ったりw

以上!初BLでした!

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i386115
― 新着の感想 ―
[良い点] 筋肉を塗る! 線画の後色があるわけじゃないのにしっかりと厚みを感じる筋肉、正確な知識に圧倒されました。
[一言] いやいや、おほほ~なお話でした~♪ 軍服姿のイラストもカッコよかったです☆彡
[良い点] SS!面白かったです!! めっちゃシリアスで生唾飲みながら読み進めていましたら、このオチ^^; 流石の一言です!
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