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本当に王子ですの!?

 クロノス中等学院の図書室は国立図書館に劣らない蔵書数を誇っている。

 その数は約一億冊とも言われ、生徒たちが求める大抵の知識はここに揃えられていた。

 図書室と言うよりは図書館と呼んだ方が明確だろう。

 図書館は校舎とは別の場所に一軒の建物として建設されている、七階建ての円柱状の建物だ。

 しかし、本の冊数に対して図書館で働いている司書はたった十人。

 そのため、一冊の本を探すのに多大な時間を要することもあり、今、学院内で問題となっている事柄の一つに図書館での蔵書探しが含まれている。

 生徒たちが常に必要とする蔵書はなるべく解りやすい場所に置かれているが、レポートなどで本を探す時などは本の並びに余程詳しくない限り、目的の本を見つけ出すことは難しい。

 ただ、一人だけ、この学院の図書館の全ての蔵書を見つけ出すことのできる生徒がいると言う。その生徒は初日から授業をサボり、一日中図書館に入り浸っているらしい。

 それが誰なのかは誰も知らないが。

 いつもの放課後、リヒトの部屋へ行く前に図書館を訪れたキマイラは大量に並べられた本棚の中から地学の参考書を探していた。

 大抵、彼女と同じ参考書を探しに来た生徒は入り口付近や受付横にある本棚から参考書を見つける。

 しかし、そんなことを知りもしないキマイラは参考書を探してどんどん本棚の奥へと入って行った。

 クロノス中等学院の図書館には窓がなく、明かりは全て天井の電機だけが頼りだ。

 そのため、キマイラの様に本棚の奥へ奥へと入って行くと、電機の光が届かず、辺りはどんどん暗くなっていく。

「一体どこにあるんですの?この辺りが地学資料の棚のはずですのに、それらしい本が全く見当たりませんわ。」

 足を止めては本の背を指で辿る。目的の参考書はどこにも見当たらなかった。

「あまり時間をかけるとハインツさんを待たせてしまいますわね。」

 キマイラが背表紙の題名を一つ一つ調べていた時、バサと言う音が聞こえた。

 本が棚から落ちた音だ。

 丁度、キマイラが見ている本棚の裏から音が聞こえてくる。

 バサバサバサ。

 さらに本の落ちる音がする。今度は複数。

 誰か裏の本棚にいるのかと思い、キマイラが本の隙間から奥を覗いた。

 しかし、そこには誰もいない。

「何ですの?」

 キマイラが裏に回ると幾つもの本が床に散らばっていた。

 指で本を辿っていたとはいえ、そんなに強く背表紙を押してはいない。


 どうして落ちたのかしら、誰もいないようですのに。

 まさか、おば・・・


「そんなはずありませんわ!!」

 キマイラは考える前に自分の思考を遮った。

 ページが開かれている本を拾い上げ、本棚に戻していく。


 きっと風ですわ!

 ジ、ジーニーの言っていたことはイエリエリ邸であったことですもの!!

 ここは学校!!同じお化けが出る訳ありませんわ!!

 ・・・家には出るのかしら?

 ああもう!今はそんな事より早く参考書を探さなくては!!


 こんな本棚が密集した場所に風など吹く訳がない。

 さらに自分で墓穴を掘ったキマイラ・イエリエリ。

 彼女が早くここから離れようと最後の二冊を本棚に戻そうとした時、ふとその表紙が彼女の目に付いた。

 橙色の表紙にゴシック体の黒い文字が記されている。

「これ、」

「お望みの本はそれだろ?化け物娘!!」

「きゃあああああああ!!」

 本を見ていたキマイラの前に一人の人間が降って来た。

 棚の段差に足をかけ、逆さ吊りになっている少年は本をぶちまけて絶叫したキマイラを見て、ケタケタと笑う。

 そして、本棚を蹴飛ばし、見事に着地すると完全に腰を抜かし、尻餅をついているキマイラを見下ろした。

「!!」

 その姿を見てもキマイラは驚きのあまり言葉が出ない。

 しかし、彼女はこの少年のことを知っていた。

 少年らしいぼさぼさの髪は白みがかったアクアマリンのような色をしている。真っ白い肌にネコ目、にやにやと笑っている口からは小さく犬歯が覗いていた。

 スピッツ・ハインツ・ベルン。

 キマイラが前世でプレイしていたゲームの攻略対象の一人。

 ハインツベルン王国の国王候補にして、リヒトの従弟。

 知識欲が強く、運動神経抜群な俺様キャラだ。

 さらに、甘えん坊な同級生なのに何故か弟性質まで持ち合わせていると言う二倍美味しいキャラクターになっている。リヒトに次ぐ人気を誇っていた。

 元々、彼は幼少より剣や武術に長けていたのだが、従兄のリヒトに憧れて知識をため込むようになった。

 ゲームではいつもリヒトにちょっかいをかけているが実はリヒトのことが大好き。

 その気持ちを素直に伝えられずにいた所、主人公と出会って恋に落ち、リヒトとも上手く行くと言う設定だ。

 

 そして、彼とチーズが結婚しても私は死刑なんですわ!

 しかも、一発殴られた後に国外追放されて死刑。

 どっちもどっちですけど、ハインツさんの時より嫌な結末ですわね・・・。


 キマイラの目の前に立っているスピッツは彼女の顔を覗き込んでいる。

「何だよ?そんなに驚くことねえだろ?」

「行き成りなんですの!?と言うか、貴方どこから降ってきましたの!?」

「天井に決まってんだろ?」

「はい!?」

「天井にぶら下がってる電機にしがみ付いてたんだよ。その位解れよなあ。」

「猿ですの!?かなり高さ在りますわよ!?どうやってあんな所まで、」

「本棚の上から飛んだ!」

「最早運動神経が良いとか言うレベルじゃない!!」

「スゲーだろ!!他にも壁上ったり、匂いで本の場所が解ったりするんだぜ!!」

「人間止めてますわ!!ただの弟キャラじゃなかったんですの!?」

「キャラって何だよ?」

「いいえ、こちらの話ですけど、」

「これでも俺様は一国の王子なんだぜ!!」

「秘密事項あっさり暴露しましたわ!!でもどうしてですの、何故か彼を王子だと信じたくない私がいる!!」

「失礼だな!俺様にそんなこと言ったら不敬だぞ!?」

「言動が可笑しすぎるんですのよ!?これで王子って言われて信じろと言う方がが無理な話ですわ!!」

「どこからどう見ても王子だろうが!!」

「敢えて言いますわね?どこがですの!?」

「見りゃ解るだろ!?髪だってそうだし、寧ろ解んないのかよ!?バカかよ!?」

「解る訳ないでしょう!?どこの世界に天井から降ってきたリ、壁上ったり、匂いで本を見つけられるような王子がいるんですのよ!?バカはそっちでしょう!?」

 会って数分も経たないうちに二人は息切れしていた。

 ここまでハイテンションな会話をしたのはキマイラが生まれてから初めてのことだ。

 

 この奇天烈王子がハインツさんの従弟・・・。

 ゲームって恐ろしいですわ!!

 一族揃って個性派過ぎるでしょう!?


 息切れが激しすぎて立ち上がれないまま、キマイラはこれから会うことになるかもしれない攻略対象キャラクターたちのことを考えて嘆いた。

 そんなことは知りもせず、すでに呼吸を整えているスピッツが唇を尖らせた。

「何だよもう!折角お前の探してる本見つけてやったのにさ。」

「本?」

「それ、今お前が抱えてる奴!俺様が持ってきてやったんだぜ!!感謝しろよ、化け物娘!!」

「さっきからその化け物娘って何ですの?失礼ですわね!!」

「は?だってお前、キマイラだろ?」

「どうして私の名前を知ってるんですの?」

「そりゃ、兄上の婚約者なんだし知ってるぜ?キマイラ・イエリエリ、我が儘放題の生意気令嬢!!」

「それはもう昔の話ですわ!!それで、どうして私が化け物なんですのよ?」

「だってキマイラって化け物の名前じゃん?」

「はい?」

「そんなことも知らないのかよ!ちょっと待ってろ!!」

 そう言って、スピッツは本棚の奥へと入って行った。

 取り残されたキマイラは本棚に掴まりながら何とか立ち上がると参考書を抱えた。

 スピッツが戻って来たのはそのすぐ後。

 王子とは思えないほど全力疾走しながら一冊の図鑑を持って走ってくる。

 彼が本棚の奥に姿を消してから約五秒。

「早い!!」

「これだよ!!」

 ネコ目にも拘らず、犬のような満面の笑みで開かれた図鑑のページを突き付けて来る。

 それを受け取るとそこには異様な形をした化け物が描かれていた。

「キメラ?」

「そう!!別名キマイラ!!」

 獅子の頭に蛇の尾、背中からはヤギの首が生えている生物。

 これはキマイラの前世にもフィクションのキャラクターとして存在していた。

「し、知りませんでしたわ。」

「へっへーん!!俺様はどんなことでも知ってるからな!!」

「凄い生き物ですわね?この世界に存在してるんですの?」

「え!?そ、それは・・・知らねえけど。」

「まあ、でもそれで私を化け物呼ばわりするのは筋違いですわ!キマイラが私の名前なんですし、ちゃんと名前で呼んでくださいまし!!」

「名前で呼んだって意味は一緒だろお?」

「それでも化け物と呼ばれるのと名前で呼ばれるのとじゃあ違いますもの!!良いですわね?」

「なんで俺様がお前の言うこと聞かないといけないんだよ!!この化け物娘!!」

「それを言ったら貴方だって、」

「キーマ!!」

 言い返そうとしたキマイラの声を遮って、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 慌てた様子で走ってくるのはリヒト・ハインツ・ベルンだ。

 彼は息を切らしながらキマイラに近づいてくると彼女の前に立ってスピッツを睨みつけた。

「彼女に何か用ですか?」

「な、何だよ!!行き成り来て睨みつけるなんて礼儀がなってないんじゃないか!?」

「お前に言われたくはありません。キーマ、行きましょう。」

「え、あ、あの、」

 キマイラの手を掴んでリヒトがそのまま身を翻し、歩き出そうとするとスピッツがキマイラのもう片方の手を掴んだ。

 彼女の抱えていた参考書が再び下に落ちる。

「ちょ!?」

「ちょっと待てよ!!そいつは今、俺様と話してるんだぜ!?婚約者気取りは良いが、人様の会話の邪魔すんなよ!!この人形王子が!!」

「は?」

 普段とは違うリヒトの低い声にキマイラとスピッツの背筋が伸びた。

 リヒトがキマイラの手からスピッツを放そうと彼女を引き寄せる。

「さっきからキャンキャンうるさいですよ?子犬。」

 それを聞いて、怒ったように顔を真っ赤にしたスピッツが負けじとキマイラの腕を引いた。

「痛!!」

「誰が犬だてめえ!!俺様はそのスピッツじゃねえ!!」

「ちょ、腕が!」

「おや?違いましたか?」

「スピッツさん、離してくださいな!!ぎゃ!!」

「当たり前だろ!!そんなことも解んねえのかよ!!」

「ここ図書館ですのよ!?怒られますわよ!?ねえ!?」

「人の婚約者を化け物呼ばわりするようなしつけのなってない者を犬以外になんて呼ぶんです?」

「は、ハインツさん!?一緒になって引っ張らないでくださいな!」

「お前こそ、常ににこにこにこにこ人形みたいに笑ったばっかで人間じゃないだろ!!」

「痛い!痛いですわ!!貴方の馬鹿力で握られたら、痛い!!指が皮膚に食い込んで、」

「僕の何を知っている訳でもないのに解ったような口を利かないでください。」

「切れる!腕切れますわあ!!」

「そんなんだから未だに婚約者から婚約も了承して貰えねえんだろ!?ざまあねえな!!」

「いだだだだだだだ!!」

「見合い一つまともに出来ないお前に言われたくはないですね。それに僕らには僕らのペースがあります。キャンキャン鳴く暇があったら芸の一つでも覚えてください。」

「何だと!!」

「いい加減にしてくださいなあああああああ!!何なんですの貴方たち!?人の腕を引きちぎりたいんですの!?私を真っ二つに割りたいんですの!?このままじゃ本当に縦から割れますわよ!?」

 二人の手を思い切り振り払ってキマイラが叫んだ。

 言い争っている二人は全く気付いていなかったようだがキマイラの腕はみしみしと妙な音を立てていた。

 舌打ちをしているスピッツに対し、通常に戻ったリヒトは慌てた様子でキマイラに謝罪した。

「も、申し訳ありません!つい躍起になってしまいました。だ、大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫ですわ。」

「念のため、保健室に」

「大丈夫ですわ!ほら、この通り!ね?」

 そう言ってキマイラは何度も自分の腕を回して見せた。

 安堵したように胸を撫で下ろし、彼女に笑みを浮かべたリヒトが次の瞬間にはスピッツを睨みつけている。

 

 多重人格のような変わり身の早さですわね。

 

 床に落とした本をキマイラは拾い上げた。

「もう彼女に関わらないでください。」

 それだけ言い放つとリヒトは再びキマイラの腕を掴んで歩き出した。

 すると今度はスピッツが叫ぶ。

「おい化け物娘!!お前、兄上に嫌われたいんだろ?」

 キマイラはリヒトに腕を引かれながら振り返る。

「どうしてそんなことまで知ってるんですの?」

「兄上の弱点とか嫌いなもの、俺様が教えてやるよ!!」

「え!!」

 スピッツの一言にキマイラの足が完全に止まった。

 前を歩いていたリヒトの足も自動的に止まる。

 早くスピッツからキマイラを引き離したいリヒトが彼女の腕を軽く引くがキマイラは微動だにしない。

 それどころか目を輝かせたながら、スピッツの方へ戻ろうとする。

 さっきのことがあり、彼女の手を強く引けないリヒトは唇を噛み、負けじと言い返す。

「その位のことは僕が教えます!!」

「バーカ!!どこの国に自分の弱点を自分から暴露する王子が居んだよ!!言ったところで絶対嘘だし、誰も信じねえよ!なあ、化け物娘?」 

「え!?そ、それは、」

「人の婚約者を化け物呼ばわりするのは止めろと言っているでしょう!?」

「なあ、ここで俺様と話してる方が良いだろ!?そしたら兄上の苦手なものとか一杯教えてやるぞ!!」

「本当ですの!?」

「食いつかないでください!!」

「だ、だってそんな美味しい話はもう二度とないかもしれませんもの!!」

「くっ・・・!良いんですか?キーマ。」

「何がですの?」

「こんな所でいつまでも時間を潰していると勉強時間はどんどん減って行きますよ?」

「あ。」

 キマイラが思い出したように一音を漏らすと彼女の顔色が段々青くなっていく。

 それを見たリヒトの目つきが一瞬で変わった。

「まだ今日のノルマは一ページも終わっていませんよ?昨日だってあれだけぎりぎりに終わらせたのに、今日はそんなに余裕があるんですね?」

「そ、それはあ、」

「僕は別に構いませんよ?貴方がこのまま、あの犬と話していても。ただ、今日のノルマは必ず果てしてもらいます。楽しみですね?今夜は一晩中、貴方と一緒にいられるんですから。」

「行きます!!今すぐ行きますわ!!」

「はあ!?」

「スピッツさん、その話はまた今度詳しく、」

「もう二度と関わらないでください!!行きましょうかキーマ。」

「え、ええ。」

 キマイラはリヒトに腕を引かれながら図書室を出て行った。

「ちぇ、失敗!!失敗!!あと少しで釣れそうだったのにい!!」

 取り残されたスピッツは人の気配が近づいてくるのを感じて、また本棚の上に上る。

 騒ぎを聞きつけてやって来た司書は誰もいないことに驚き、気味悪そうに戻って行った。





 キマイラは今日もどうにかリヒトのスパルタ課題をやり終えて、寮に帰寮した。

 部屋に戻ってすぐに机に向かっている彼女は貸りてきた参考書と、急いでいたため間違えて持ってきてしまった本のページを開いていた。

 そこにはスピッツが見せてきた化け物の絵が描かれている。

「改めてみると、凄いですわね。名前の由来すら恐ろしいなんて、流石は悪役令嬢!」

「何?どうかしたの?」

 背後で同じく勉学に励んでいるウィリアムが伸びをしながら聞いた。

「実はこういうことがありまして。」

「名前?」

「ええ。」

「ふーん?あたしなんか名前の由来、ウィリアム・ゴードンから来てんのよ?」

「ウィリアム・ゴードンって、あの哲学王の?」

「そうよ。普通、娘に男の名前付ける?幾ら有名人だからって在りえないでしょ?名前なんてみんなそんなもんよ。気にするだけ時間の無駄無駄。」

「まあ、そうですわね。」

「気にしてたの?」

「いえ、全然。両親が付けてくれた名前ですもの。」

「なら良いじゃない。それよりさっさとお風呂入ってよ!!このままじゃあたしが入れないじゃない!!」

「ええ!?今日は一緒に入ってくれませんの!?」

「当たり前でしょ!?いつも一緒に入る訳ないじゃない!!」

「一緒に入りましょうよお!」

「い・や・よ!!」

 結局、この後二人は一緒にお風呂へ入ったのであった。

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