言えないこともありますわ
「どうしてこうなるんですの!?」
第一回定期テスト、結果発表のその日。
順位表の張り出された職員室前廊下にはキマイラの落胆と嘆きの入り混じったような声が響いていた。
キマイラがリヒトにスパルタ授業を受けること、早二週間。
テストが行われたのは昨日の事。
入学試験の時よりは余程自信のあったキマイラはきっと規定された得点くらいは取れているだろうと意気込んでいた。
そして、Cクラスにでも入ることが出来れば万々歳だと。
しかし、その得点を実際に目にした今日。
両サイドをリヒトとウィリアムに挟まれたキマイラは文字通り膝から崩れ落ちた。
当然のように首位を陣取り、一位と二位を獲得している二人が感嘆の声を上げる。
「おおー!」
「やりましたね、キーマ。二週間、死ぬ気で頑張った甲斐がありました。」
「見違えたじゃない。少しあんたのこと見直したかも。教えたハインツ・ベルン様も流石だわ。」
「お褒めに預かり光栄です、クロノス嬢。」
「うううう!!どうしてですのおお!?」
「何がそんなに嫌なのよ?あんた馬鹿じゃないの?」
「そうですよ。これで貴方の退学はなくなったんですから、もっと喜ぶべきです。」
彼らが見上げている順位表にはこう記されていた。
今年度第一回定期テスト第一学年
一位 498点 リヒト・ハインツ・ベルン Aクラス
二位 492点 ウィリアム・クロノス Aクラス
三位 487点 キマイラ・イエリエリ G-クラス
キマイラはCクラス所かAクラス並みの成績を叩き出していた。
他のクラスAの生徒を差し置いて三位の成績である。
学年三位と言う成績は十分、王立ハインリヒ高等学園への入学権に値する。
このまま首位の成績をキープし続ければ、当然進学してしまうだろう。つまり、キマイラの死刑が確定するのだ。
確かにハインツさんのお勉強は十分私に力を与えてくださいましたけど、まさかここまでとは思ってませんでしたわ!!
次のテストではもっと順位を落としませんと、このままでは私の死刑が確定してしまう!!
せめて、50位より下位に!規定の点数ギリギリを取り続ければ!!
そんな器用なことが出来る訳がない。
彼女の順位を見て、満足そうに笑うリヒトが泣き崩れているキマイラに手を差し伸べた。
「でも、本当に良かったです。これで明日からは三人とも同じクラスですね?」
「ぐす・・・はい?同じクラスって、今回首位を取っても私はG-のままですわ。クラス替えは年に一度しかありませんもの。」
「いえ、今回のテストでクラスG-の生徒は二人しかいなくなりました。」
「それ、どういうことですの!?」
「それは勿論、自主退学と規定の点数を取れずに退学処分になったからです。」
「あれだけ人数が居たのに二人しか残らなかったんですの!?」
「はい。ですから、クラス替えと言うよりは在学を許されたG-の生徒たちを成績に見合ったクラスに割り振る、と言ったところでしょうか。」
リヒトに続いてウィリアムも言う。
「つまり学年三位を叩きだしたあんたは当然、クラスAに入ることになるわ。イエリエリ家令嬢って言う名目もあるしね?」
「考えていた現実と違いすぎますわ!!まさか、ここまで上がるなんてえ!」
「あんたいい加減にしないと他の生徒から刺し殺されるわよ。」
「僕が教えたんですから、当然の結果です。それにこの位の点数を取って貰わないとクラスAに入るのは難しかったでしょうからね。」
「え。」
キマイラの嘆きが一瞬にして消えた。
立ち上がった彼女を横目に見るとリヒトが不敵に笑う。
「そ、それはどういうことですの?ハインツさん?」
「ふふふっ。」
「まさか、ここまで見越してたんですの・・・?だからあんなにスパルタ授業を?い、いいえ、流石の貴方様でもそこまでは、」
「ご想像にお任せします。」
「結局ここでも貴方様の掌の上!?」
「あははは!」
「何がそんなに可笑しいんですのよ!!」
「ふふ、教室では顔も合わせずに済むと思っていましたか?僕は毎日でも貴方の顔を見ていたいのに。」
「怖い!!やっぱり貴方様、どこかの国の策士なんじゃありません!?」
「残念でした。嫌われるより先に僕を出し抜けるようになって下さい?」
「ぐぬぬ、絶対負けませんわ!!」
「楽しみにしています。」
またしてもリヒトに踊らされたキマイラ。
しかし今回、彼に救われたのも事実だった。
「でも、本当にありがとうございました。お礼は、あれでいいんですの?」
キマイラが言うとリヒトが彼女の顔に自分の顔を近づける。
人に気づかれないようにキマイラの耳元に唇を近づけたリヒトが囁くように言った。
「はい。でも、気を付けてくださいね?場合によってはどんなことを言い出すか解りませんので。」
「へあ!?」
「僕だって男だと言うことです。昨夜のようなことがあっては。」
それだけを言うとリヒトは逃げるようにキマイラから離れた。
指先でキマイラの黒い髪を梳き、そっと指の隙間から落としていく。
令嬢とは思えないほど奇妙な声を発したキマイラは硬直している。
顔を真っ赤に染め上げたキマイラがスカートの裾を握りしめている間に彼はさっさとその場を後にした。
「それではキーマ、クロノス嬢。また後で。」
去って行く後姿をウィリアムがじっと眺めていた。
頭を左右に振って正気に戻ろうとするキマイラは野心に燃える。
い、今に見てなさいな!!次は絶対にぎゃふんと言わせて見せますわ!!
このスピッツさんに教えて貰った秘策で、
ウィリアムは、意気込み、もう消えているリヒトの姿をにらみつけていたキマイラを今度は一瞥した。
そして、すぐに順位表へ視線を戻すと何ともないことのように名前を見たいた。
「ねえ?」
「何ですの?」
「昨日、何で帰ってこなかったの?」
「うっ!!」
横目でキマイラを見ると彼女はだらだらと冷や汗を流していた。
解りやす過ぎる。加えて、キマイラの目が泳ぎ始め、背筋は伸びて表情が引きつっている。
彼女を横目に見たウィリアムは興味もないが何となく反応が面白かったのでさらに質問を続けてみることにした。
一歩、キマイラに近づき、周りの生徒には聞こえない程度の声で。
「誰にも言わないであげてたんだけど。」
「え、えっと、昨夜はその、」
「何よ?」
「み、道に迷ってしまって!!」
「二週間も通ってる学院内で道に迷ったの?」
「は、はい!学院が広過ぎましたの!!まだまだ慣れてませんわねえ!!」
「ふーん?あんたがそんなに方向音痴だなんて知らなかったわ。」
「そうなんですの!!私、きょ、極度の方向音痴でして!!それはもう自宅で自室にも辿り着けないくらいに!!寮でもベッドの場所が解らなくなりますわ!」
「極端すぎるでしょ。で?道に迷ってどうしたのよ?まさか学院内で野宿したなんて言わないわよね?」
「しましたわ!!」
「堂々と嘘つくんじゃないわよ。そう言えば昨日もハインツ・ベルン様の所で勉強したの?」
「あ、はい!しましたわ。」
「あら、おかしいわね?いつもなら彼が寮の近くまで送ってくれるじゃない?」
「き、昨日は忙しかったんですのよ!だから私一人で帰りましたの!」
「帰ってきてないけどね。」
「ぐ!」
「まあ、良いわ。」
ウィリアムもまた、溜息をつくとすぐに廊下から去って行く。
「~~!!ああもう!!」
一人になったキマイラは顔を両手で覆って赤面した。
昨日、いつも通りリヒトの部屋で勉強をしていたキマイラはいつのまにか彼の部屋で眠ってしまっていた。
そのまま一夜を明かし、目が覚めた時、彼女はリヒトの寝台に寝転がっていたのだ。
その話は別の人間の口から話すとしよう。




