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第四十一話 スキーム(後半)

 ふふふふ……。午前十時。私は旦那様《だんなさま》の執務室《しうむしつ》の前で、ほくそ笑《え》んでいた。なぜならさっき、キスマスターのメイドのユリーからキスをするための方法を詳《くわ》しく聞いたからだ。前回聞いたのは、良いムードを作るということだけだった。でも、今回は違う。今回は、ちゃんと相手の話を聞いて共感《きょうかん》するという具体的なテクニックを聞いた。ふふふふ……。待っていてください、旦那様! 私たちは今日、三回目のキスをするのです! そしてあわよくば、毎日キスをする関係になるのです! ふふふふ……。


 そうして私は左手に紅茶セットを載《の》せて、右手でドアをノックした。すると中から「はい」と返事がしたので、私はドアを開《あ》けて中に入った。そして旦那様に、聞いてみた。

「旦那様。午前十時になりました。なのでお茶でも飲んで、休憩《きゅうけい》しませんか?」


 すると旦那様は、うーんと背《せ》を伸ばして書類を書く手を止《と》めて答えた。

「そうですね、そうしましょう」


 そうして旦那様は、イスから立ち上がりこちらに向かってきてソファに座った。そしてその表情は、晴《は》れやかだ。おや? 何だか、旦那様の機嫌《きげん》が良さそうだ。何が、あったんだろう? と私は気になったが、まずは紅茶の用意をしようと思った。


 なのでまずは私も旦那様と向かい合ってソファに座って、白い二つのカップに紅茶を注《そそ》いでそのうちの一つを旦那様に勧《すす》めた。

「どうぞ、旦那様」

「はい」


 と旦那様は、一口《ひとくち》紅茶を飲んだ。とても、満足そうな表情で。なので私も、一口紅茶を飲んでから旦那様に聞いてみた。

「旦那様。とてもご機嫌が良《よ》さそうですが、何か良《い》いことでもございましたか?」

「はい! もちろんです!」


 と旦那様は、話し出した。

「例の、機械を使って小型《こがた》のフライパン、スキレットを作る企業《きぎょう》に投資《とうし》をして応援《おうえん》する話ですが高官《こうかん》たちも納得《なっとく》してくれました。やはり、昨日《きのう》のレコアさんのアドバイスのおかげです。今はこの王国の、農産物《のうさんぶつ》も売ろうとしている。それならそれを調理《ちょうり》する、スキレットもセットで売った方が良いというアドバイスですね。それで、高官たちも納得してくれました。正式《せいしき》に、その企業に投資して応援することが決定しました。それにこの王国の文化や芸術を売ることだけでなく、やはり産業にも力を入れた方が良いという話にも納得してくれました」


 なるほど。それで旦那様は、ご機嫌なのか。なので私は、祝福《しゅくふく》した。

「そうですか。それはおめでとうございます、旦那様」

「はい。これも、レコアさんのアドバイスのおかげです。これでこの王国は、間違いなく豊《ゆた》かになるでしょう」

「そうですね、きっとそうですね」

「はい。あはははは」

「うふふふふ」


 そして旦那様は、話を続けた。

「それで今、その企業に投資して応援するためのスキームの書類を書いていたんですよ」


 スキーム? スキームって、何だろう? と考えたが、私はふと気づいた。旦那様は今、スキームって言った。つまり、『スキ』って言った。だから今回の勝負も、旦那様の負けだ。でも、それはどうでも良い。旦那様はすでに、私のことが好きだと言ってくれたからだ。だから私は今、毎日でも旦那様とキスできる関係になりたい。だからもう、どちらが『スキ』と言うかの勝負は関係ない。でも私は、やはり疑問《ぎもん》だった。スキームって、一体《いったい》何?……。なので私は、旦那様に聞いてみた。

「あの、旦那様。スキームって、何ですか?」


 すると旦那様は、説明してくれた。

「ああ、そうですね。ちょっと、専門的な言葉を使ってしまいました。スキームというのは、実行的《じっこうてき》な段階《だんかい》の計画のことです。つまりこの書類を作ることによって、計画を実行する段階に入れるんです」


 うーん、なるほど。そういうことか。それで旦那様も、機嫌が良いのか。そして私は、気づいた。これは、チャンスだと。旦那様と三回目のキスをするための、良いムードを作るチャンスだと。なので私は、旦那様に共感した。

「なるほど。それはおめでとうございます、旦那様。旦那様の仕事が上手《うま》く行って、私も自分のことのように嬉《うれ》しいです」

「そうですか、ありがとうございます。あはははは」

「そうです。うふふふふ」


 って、ちがーう! 確かに旦那様の仕事が上手く行って私も嬉しいけど、私は旦那様とキスがしたいんだ! 何これ、全然《ぜんぜん》旦那様とキスできないじゃない。旦那様の話をちゃんと聞いて共感してるのに、キスをするムードにならないじゃない。仕方《しかた》が無い。やはりここは、私のやり方でやるか……。

「旦那様。ちょっと私にも、そのスキームを見せていただけませんか?」

「え? はい、いいですよ」


 と旦那様は立ち上がり机《つくえ》に戻って、数枚の書類《しょるい》を持ってきて私に見せてくれた。その書類を見ながら、私は大きな声を出した。

「わー、旦那様! すごくたくさんの文章が書かれていますね! つまり、たくさんのテキストが書かれていますね!」


 ど、どうだ? 私は今、テキストと言った。つまり、『キス』と言った。さあ、これで私と旦那様がキスをする良いムードになったはず! でも旦那様は、喜んだだけだった。

「そうですね。今は仕事が上手く行っていて、たくさんテキストを書いています! あはははは!」

「そ、そうですか。それは良かったですね。うふふふふ」


 だから、ちがーう!

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