エネルギー伝送シャフト
用字を統一(2026/04/14)
隠し通路とレジャーホテルを通り抜けてトラムに乗る。
『西ブロックに待機場所を用意したわ。そこで着替えてね』
今日は貸し切り運行ではなく、他の住民も乗っている。
ササナミさんへの返事はアステルに任せて、僕は周囲に溶け込んでいるか確認する。
今日の二人の格好は、僕がジーンズにベージュのセーター、白いスニーカー。カジュアルな茶色のジャンパーを羽織っている。
アステルは、濃紺のサロペットにえんじ色のポロシャツ。おそろいのスニーカーが眩しい。
うん、周りの若い男女も似たような服装だ。浮いていない、大丈夫だ。
「ベイブ、今日はどこに行くの?」
「西ブロックの第二シアター。見たい演劇がある」
ゴーグルをかけるとシアターの位置が表示される。シアター付設の倉庫が待機場所だ。地下搬送路につながっている。ここを通って、終末の審問官の隠れ家に行くのだろう。
「楽しみだね」
「うん」
普通のペアみたいな会話を交わす。
中央公園で下車。西ブロック方面行きのトラム乗り場まで徒歩で移動。クレープ屋の看板が見える。シロクマのおじさん、元気にクレープを焼いているかな?
西ブロック行きのトラムに乗り、目的地であるシアターを目指す。
「立派な繁華街だね」
車窓から街並みを見回しながら、アステルに話しかける。ショッピングモールやレストランが立ち並ぶ活気あるエリアだ。大きな美術館や博物館もある。
「楽しそうなところ」
第二シアター前の車内アナウンスに従いトラムから降りると、立体投影された役者が華麗な一礼で出迎える。映像の背後にシアターの入口。人があふれている。盛況だ。
入口に並び、案内されるのを待つ。
『お二人は、ボックス席を予約されていますね。ご案内します』
受付に携帯端末をかざすと案内人から声をかけられた。一見人間に見えるが接客アンドロイドだ。
絨毯が敷かれた通路を進むうちに、床は無機質な金属に変化する。
『バックヤードにようこそ。ササナミだよー』
接客アンドロイドはササナミさんだった。
「いつもこんなことをしてるんですか?」
呆れながら質問する。
『みんなの生活を見守るのが統括知性の仕事なのよ』
「ササナミ、嘘を言ってる」
『アステルちゃん、厳しー。本当は人間と一緒にいるのが楽しいからー』
「そんな用途で移動端末を操るのって珍しいんじゃないですか?」
『そうねー、男性型は自分が搭載された宇宙機を移動端末と考えている節があるわね。私は珍しいかもねー』
そんな他愛もない会話をしながら倉庫に到着。
昨夜と同じく準備と整える。
昨日と違うのは、懸垂昇降機の標準リールを、ワイヤー生成型に置き換えたこと。
それと、防毒マスクに調整用カートリッジを取り付けたことだ。
分子収束エミッターが単分子のワイヤーを紡ぎ、四十キロ程度なら楽々と生成できる。
調整用カートリッジは高密度の大気から、快適な呼吸に必要な元素を取り出し地上気圧に調整する。また、大気組成が変わった場合も呼吸可能な空気に変換してくれる。
インナーに付属しているフードをかぶり、ゴーグルを身に着け、防毒マスクを着用。気密を確認。これで宇宙空間にも出ていける。
真空中では酸素の供給可能時間は一時間程度だが……。
『さすがに物々しい姿ね。やつらの隠れ家まではペイロードとして送るわね』
二メートル×一メートル×一メートルの小型コンテナが倉庫に到着。
まさかコンテナに詰められて移動するとは。
「ベイブ、お先にどうぞ」
「はい……」
コンテナが開いて中に入る。アステルが続く。二人入ると身動きすらできない。
『現地でエージェントが開封してくれるわよ。CSが応援に駆けつけたって言っとくー』
「え、CS詐称は重罪ですよ?」
『ジーンちゃん。アルがコメンデッド・ソルジャー候補として登録してるわよー。知らなかった?』
「聞いてないよ!?」
『アステルちゃんはCS補助員で登録されてるわねー』
「了解」
真っ暗なコンテナの中、アステルと密着して地下搬送路を運ばれていく。
「ベイブ、脈拍が上がってる。大丈夫?」
「うん、平気。緊張してるのかも」
アステルと密着しているからだとは言えない。
「そう」
誤魔化せた!
やがてコンテナが停止して開かれる。そこは搬送路の途中だった。二人のエージェントが待っていた。
僕たち二人が腕につけた携帯端末を掲げると「CSライサンダーと補助員ハーミアを確認しました。ようこそシガ・シェルターへ」
何て偽名だ。ノワールさんが夏の夜の夢から借りてきた名前だ。これからはノワールさんをパックと呼ぼう、うん。
それはさておきエージェントに無言でうなずく。
「不自然にならない限り、あまり他人と喋るな」とアルに言いつけられているからだ。
アルはああ見えて、とても社交的だ。アルとは対極的なキャラクターを演じよう。
エージェントたちは気にすることなく話を続ける。
「もう一人は隠れ家の入口付近で見張っています。案内します」
二人のあとを歩いていくと、大きなシャッターに阻まれた倉庫につく。
「こちらに通用口が」
シャッター脇の通路を進むとエレベーターホールに到着した。
資材搬入用の大きなエレベーターが一基。隣接する機械制御室のドアが開き、一人の女性が手招きする。
「終末の審問官、構成員の四名は一番奥の宿直室に閉じこもっています。動くなら今です」
「停滞カプセルの場所に」アステルが要求する。
「こちらにどうぞ」
女性の案内で制御室に入っていく。制御パネルを操作すると床がスライドして階段が現れる。
階段を降りると狭い部屋。設置された停滞カプセルを確認。
アステルが停滞カプセルのコンソールを手早く叩きヨハンの状態を確かめる。異常は無いようだ。
停滞カプセル単体でのフィールド維持可能時間は四八時間。エネルギー残量はフル表示。
時間の余裕はある。エネルギープラントを破壊して戻ってきても十分間に合う。
「次はエレベーターピットに入りたい」
「こちらです」今度は男性エージェントが案内する。
女性は制御室に戻ってパネルをいじっている。
先ほど見た資材搬入用エレベーターの前に戻ると「点検中」の表示。
「開きます」
機械制御室から女性の声がして、エレベーターの扉が開く。深い穴が顔を覗かせる。
「行ってくる」
アステルが一声かけて梯子を降りていく。僕はアステルが下に降りるまで待機。
「着いた。ベイブ、降りてきて」首元のチョーカーからアステルの声。
後ろを振り返り、もう一度エージェントたちにうなずいてから、梯子を降りていく。
五メートルほど降りるとピットの底についた。そこにはさらに深い穴が待っていた。
穴から顔を出した太さ六十センチほどの超伝導ケーブルは、ゆるやかな孤を描いて倉庫の地下へと消えていく。
僕の視界は頭上のエレベーターホールから漏れる光でかろうじて確保されている。
アステルの視界に同期。アステルの視界というか彼女が認識している空間情報を僕の視野に合わせて表示している感じだ。
一気に周りが「見える」ようになった。
懸垂下降の準備。まずは支点の確保。ピットに伸びている躯体に二点。
胸につけている懸垂昇降機の分子収束エミッターを起動。保護用のチューブを生成。単分子のワイヤーはこの先端から伸びていく。
ゴーグルに表示される指示に従って、支点に保護チューブを向ける。
しばらくすると「Set」の表示。もう一つの支点に向けて繰り返す。
「Good to go」となった。
下降開始から百メートルは保護チューブに包まれた単分子ワイヤーが形成される。これは触れても大丈夫。
左腕のコンソールを操作して大深度地下対応モードに。
シュッと音がして、ボディスーツ越しにインナーが硬くなるのが分かる。胴体の動きは阻害されるが四肢や首は自由に動く。さすがノワールさん。
ピットの淀んだ空気が澄み渡る清浄な空気に。防毒マスクの調整用カートリッジが働いている。
「ベイブ、準備できたよ」
「こっちもできた」
「行くよ」
懸垂下降を開始する。
頭上を見上げると、エレベーターの扉が閉じていく。
上にいるエージェントに、僕たちが潜っていくのが見えたのだろう。
エレベーターホールからの光が消えていく。





