ムヅミという子
不意に自分しかいないはずの部屋に気配がした。山伏式神は顔を上げ、その方向を睨みつける。先程現れた世界が違う──あの少女がいた。
彼女は心外にもこちらに礼儀正しく、深々とお辞儀をすると、壁に指をソッと添える。
「…え?何?」
原理は不明ではあるが水を付けたのか、壁に文字を書いていった。
「日仏村の人達に、騙されないで…?え、え、何?なんなの?」
『私の名前は、ムヅミ。遠い場所からやってきた』
ムヅミと名乗る子供はまた書き始める。
『この村はもう、人界には存在しない。異界の幻』
『村人たちも生きていない』
『私は村を助けようとして封じ込められてしまった』
要約するとムヅミは辟邪の人ならざる者であり、留められた村を解放しようと遣わされた。そしてルシャたちに封じ込められてしまった。
それを伝えると、また深々と頭を下げた。
『お願いです。貴方に、私を解放して日仏村を救ってほしい』
「いやいやっ、待って!私はそんな聖人君子じゃないしっ」
しかし少女は幼げな悲しみを浮かべ、また懇願する。
「人ならざる者に、…人や土地は救えないわ。人間は信仰対象や使役魔となる人外にしか干渉を許さない。私みたいな余所者はこの土地では何もできないの。貴方だって無力だったじゃない」
所詮、どんな人ならざる者でも人間に干渉できるのは生と死、信仰だけである。神霊はどうだろう?
(ああ、 やめやめ。バカバカしい)
(私は頭を動かすのが得意じゃない、のよ。だって数百年…、そうやって、固定されて生きてきたんだから…)
ムヅミは首を振り、何かを書こうとした。
「──山伏式神様。ご用意ができました」
音もなくリスが部屋を訪れ、ハッとすると少女の姿はなく、文字もない。幻覚症状だったのか、そんな感覚にさえなる。
「ま、まだ夜中ではないはずじゃない?びっくりするわ」
「諸事情により、鮮度に問題がありまして。申し訳ございません」
「あら…」
素直に宴会場へ案内され、山伏式神は息を飲んだ。
テーブルに作業着をきた人間が血まみれになり、横たわっている。この村に来て初めての生き物。
「生け捕りにしていたのですが、こちらの不手際で…」
「ご馳走じゃない!すごいわね!」




