温泉旅館で
「山伏式神さんは日仏村でどうなさるつもり?観光?それとも──」
「それが迷い込んでしまって、できればっ」
「あらまぁ。珍しい。人ならざる者が迷い込むなんていつぶりでしょう」
「か、帰りたいの!今すぐにでもっ!」
殺意を過ぎらせたルシャ・アヴァダーナへ切実に、頼み込んだ。越久夜町からどのくらい離れているかは知らないが、徒歩でも瞬間移動でも何でもいい。
「ふうん?貴方、どこから来たの?」
「越久夜町という場所よ!埼玉県にあるわ!秩父地方の!」
「あら、聞いた事あるわ。ここから離れているけど、道は繋がっているはず」
「よ、良かった!じゃ、じゃあ」
「ルシャ様。彼女を休ませてから送り出すのはどうでしょうか?」
(ええっ?!)
「そうねえ。のんびりしていってちょうだい」
「いや、良いのよ!すぐ帰るから!ね?邪魔する気はないから!」
あっという間に了承を得てしまい、山伏式神は何にも言えず楼閣から出されてしまった。
(帰りたいのよ!帰りたいと言ったはずよっ?)
「山伏式神様には宿を用意しますので。あと、村民たちも顔合わせを」
「ええっ、そんな風に歓迎しなくても大丈夫だから!」
まるで旅行客じゃないか。
(あれ、でも私、そんな知識、持ってないはず…)
気持ち悪い違和感に首を傾げていると、彼はまた歩き出してしまった。観光バスに乗って観光スポットを回った事はないが、知識は存在する。
お土産をもらって、帰る。ならばお土産をさっさともらって越久夜町に戻してもらえるかもしれない。
「お客様は久しぶりでして。わたくしたちも嬉しくて、ご挨拶なさい。日照」
「わ!」
いつの間にか佇んでいた──血にまみれた幼い巫女姿の児童がペコリとお辞儀した。顔がただれて判別できない。
「日照はこの地区を管理している眷属になります」
「よ、よろしく〜。良い天気ね」
「不思議と山伏式神様は、ルシャ様に良く似ていますから。彼女、滅多に顔を出さないのですけどね」
自らとあの支配者が似ていると?
(勘弁して〜〜)
山伏式神は分からない事だらけだと、不安になりながら、宿に案内された。
また温泉郷に降りると料亭旅館のような、古めかしい建物に通される。リスによれば村で初めて建てられた『観光客向けの施設』だと言う。見た感じ長らく使われていないらしく、廃墟化していた。
が、草刈りやらはされている。忽然と人だけが消えたかのようだ。
「山伏式神様は新鮮な食材がお好きなようですので、こちらで手を振るってご用意させていただきます」
「あ、ありがとう…」
廊下を通り、広めの部屋へ案内された。
「夜中になりましたらまた伺います」
リスが去り、山伏式神は部屋の隅で所在なく座っていた。
まだ使えそうな部屋ではあるが、魔物にはくつろぐ気分になれない。
ブラウン管テレビには埃が積もっていた。いつから人が来なくなったのだろう?
「暇ねえ」
長く生きて初めて旅館に泊まったが、当然休むための施設、やる事がなかった。
テーブルの上に放置されたパンフレットが気になり、手に取ってみた。
『ようこそ、日仏村へ。自然豊かな山間部にある天然温泉、長寿温泉。鉄分豊富な源泉かけ流しで──』
「なるほど、やっぱどこかに温泉があるのね」
一昔前のデザインカラーが特徴的なパンフレットよれば村はかつてたくさんの店や、客をもてなす工夫がされていたらしい。
閉鎖的な越久夜町とは異なり、開かれ栄えた場だったようだ。
「温泉かあ、少し入ってみたい気もする…」




