ルシャ・アヴァダーナさま
「供物、ってそれ。やっぱ人じゃないの…くっさ、オエッ!どんな熟成方法してんのよ?!?」
ルシャという姫君は人間でないのは確定だ。それによっぽどの腐肉を好む魔物らしい。ハエも寄り付かないくらいには悪臭で、山伏式神は嘔吐く。
こんなのは初めてだった。
「ルシャ様が編み出した特別な製法です。どんな疾病にも効くんですよ」
「なによそれ???深夜の怪しいテレビショッピングじゃないっ!…あれ?わたし、テレビショッピングなんて見た事は無いはず…」
鼻をつまみながらも自分に備わった知識に疑問がわく。俗世から離れた荒れ野にテレビなどあるはずがない。
だが不思議と、夜中に延々と流れるテレビショッピングを知っているのだ。
(あの肉…本当に野生動物なのかしら…ああ、拾い食いする癖が祟った…)
扉が開くのを待っていると、中からわずかに人の声がした。それに応え、恭しくリスが観音開きの門を片方動かした。
「ルシャ様。例の方がまいりました」
「こんばんは。ふふっ。貴方が例の…」
少女がちょこんと上座に座っていた。その後ろ──隠された簾の奥から「お上がりになって」と可愛らしい声がした。幼げな、それでいて上品さを含む。
「な、なにこれ…」
腐敗臭は強くなり、山伏式神は度肝を抜かれる。「供物って首?!」
「そうですよ」
リスが営業的な笑みを浮かべる。お堂にはズラリと生首が壁に飾りつけられ、かなりだが腐敗した状態を保っていた。
お堂にあるはずの装飾が埋もれ禍々しい空気が漂っている。
腐敗したまま、骨に人体を構成している組織が付着している。死したらすぐに硬直する咬筋──死後硬直から緩んでおらず、異常さに虫すら寄らない訳だ。
「何故食べないの?!もったいないじゃない?!」
「食べる?貴方は人を一々食べているの?変な魔物ね?童は観賞用が好きよ」
「か、観賞用は考えた事はなかったわ…奇抜な趣味をお持ちなのね」
「ルシャ様。そろそろ自己紹介を」
簾の奥からクスクスと笑い声がする。
「まずそちらから名乗られよ。旅人さん?」
「わ、私は…化け物、荒れ野の暴食魔神、または…あー…山伏式神、とか呼ばれていたわ。なんとでも呼んで」
名乗るなど人ならざる者らしくないではないか。先程、リスが言っていたように。
「なるほど。童はルシャ・アヴァダーナ。こちらは童のヨリマシ」
「大層なお名前ね」
異界には異国情緒溢れる名の人ならざる者がいても不思議ではない。これまでも何回かそんな輩がいた気がした。
──名前は魔物にとって不要なのだ。いくら着飾っても意味が無い。ステータスにはなり得ない。
(人間に可愛がられてきたのね。恵まれているわ)




