始まりの顛末
その日、ハイランド王国の王都が地図上から消えた。
王都だけではない。
王都を中心として半径十数キロメートルの範囲が、何かしらの爆発によってきれいさっぱりと更地になってしまったのだ。
その爆発は周辺国からも確認できる程のものだったそうだが、ハイランド王国の状況をその時点で正しく把握できた国はなかったらしい。
理由は簡単で、ハイランド王国や隣のミッドランド帝国から流れ込んできた大量のゾンビ共への対応に、どの国も忙殺されることになったからである。
その辺りの話は後々に聞かされた情報なのだが、では俺達はどうなっていたのかというと、とりあえずは生きていた。
「ここは天国か地獄か?」
尋ねた俺の顔面には、とんでもなく柔らかくて張りのある感触がぎゅうぎゅうと押し付けられていた。
誰かの腕が俺の頭に回されていて、どうやら抱きかかえられているらしい。
ついでに背中側から腰にも誰かの腕が回されていて、誰かが背中にしがみついているようだったのだが、こちらの感触は正面のものよりもやや控えめな感じだ。
「天国に行ける自信があるのですか?」
「いや、全く」
「地獄に落とされる心当たりには?」
「天国よりはあるかな……だが、ここが地獄なら悪くないぞ」
「それはどういう……って顔を動かさないでください! じっとしていてくれないとこちらに刺激が……」
「正面は声からしてクロエか。じゃあ俺の背後にいるのが……」
「私ですが何か?」
「エクレール! ソーヤさんを後ろから押すのを止めてください!」
「そう言われましても……」
「ズレてしまいますっ! 服がズレて大変なことになってしまいますってば!」
「俺は不可抗力を主張したい」
なんとなくだが、クロエを一番下にして俺を挟んでエクレールが一番上という位置関係であるらしい。
誰が動いても一番わりを食うのがクロエの位置である。
これで視界がひらけていれば何か素晴らしいものが見えたのかもしれないが、残念ながら周囲は真っ暗だ。
「どうなってんだこれ?」
召喚された三人分の力を内包した巨人に一撃当てたところまでは覚えているのだが、その後がはっきりとは分からない。
クロエ達の声は聞こえるので耳は大丈夫そうであるが、周囲が真っ暗なのはもしかして目をやられてしまったのだろうかと考えていると、エクレールが囁く。
「クロエ様、まだダメでしょうか?」
「分かりませんが、大事をとって私の魔力に余裕がある内はこのままで」
「どういうことだ?」
クロエとエクレールは状況が分かっているようなので尋ねてみると、クロエが説明してくれた。
それによれば、俺の一撃を受けた巨人は力の許容量を呆気なくあふれさせ、暴走した力が行き場を失って大爆発を起こしたらしい。
その爆心地にいた俺は、そのままそこにいたのならば確実に巻き込まれて死んでいたはずだった。
俺が死ななかった理由は、クロエが言うにはまずエクレールがこのままでは間に合わないと判断して俺とクロエの上に覆いかぶさったらしい。
その身を盾として、俺のクロエの命だけでも守らなくてはと思ったようだ。
これに対してクロエは、エクレールを盾にしたとしても全員仲良くあの世行きだろうと考えて、俺の頭を抱え込みつつ地面に対して全力で魔力を放ち、これを破壊。
こさえた穴に三人まとめて落っこちて、その上を瓦礫なんかがふさいでしまったらしい。
つまり現在、俺達は生き埋めにされているということだ。
道理で真っ暗なわけである。
「圧死していないのが不思議だ」
瓦礫に押しつぶされて三人まとめてひき肉になっていてもおかしくない状況である。
「ぎりぎり結界を構築できました。息が詰まっていないのも、呼吸用の魔術を展開しています」
「魔術ってすげぇな……俺だけだったら死んでたな」
「その魔術であの巨人をどうにかできたかどうかは怪しい所ですが」
そう言ったクロエが小さく、そろそろまずいかもしれません、と呟いたのが俺の耳にまで届いた。
「魔力の残量がそろそろ心もとないので、私達の上にある瓦礫を吹き飛ばして外へ出ますが、覚悟はいいですか?」
外の様子が全く分からない以上、ゾンビ共だらけの状況が全く変わっていない可能性はある。
しかしこのままではいずれクロエの魔力が尽きて、生き埋め状態から圧死か窒息死のいずれかを選択するような羽目になってしまう。
「やってくれ。状況が改善しているようその辺の石ころにでも祈ってるから」
「それ、妙な宗教か何かですか?」
八百万の神様とか説明しても理解してもらえるんだろうかと思っていると、さほど興味がなかったのかクロエが魔術を行使する。
「起動、アンリミテッド・エアバースト」
頭上で何かが炸裂する気配と共に、光が差し込んできた。
クロエを押し倒し、エクレールにしがみつかれている体勢であることに気恥ずかしさを感じつつも体を起こし、俺達が埋まっていた穴から外へと這い出してみて俺は唖然とする。
「何もないぞ」
目に映るのは焦げ茶色に焼けた大地だけ。
元々そこにあったはずの城も街も、大量にいたゾンビ共も、元は異世界人だった巨人も、兵士や貴族、王族に至るまで。
きれいさっぱりと消え去ってしまっていた。
これには俺だけでなくクロエもエクレールも、ただぽかんと口を半開きにしたまま、しばらく全員が言葉を失う。
「まさかの爆発オチ……?」
「なんですかそれ」
「知らなくていい。王都の名前って実はアライグマが由来だったりしないよな?」
「王都は王都ですが……」
「あぁ、ハイランド王国内に王都は一つしかないから、それで通じるのか」
「その一つもなくなってしまいましたけど」
「なくなったなぁ……ちなみにそういうことができる魔術とか兵器とか、人外とか国家元首に心当たりがあったりしないか?」
「ないですよ。あったら真っ先に討伐対象として国に報告してますよ」
「エクレールは?」
「ソーヤ様。私は至って普通のメイドですので」
「冗談は現状だけで腹いっぱいだよ」
このメイドは何をほざいているのだろうかと思う俺の視線から、エクレールは露骨に目を逸らした。
そこからさらに追及する気にはなれず、俺は手近な瓦礫に腰かけて空を仰ぐ。
「これからどうする?」
異世界人である俺にアテなどあるわけがない。
途方に暮れる俺に、クロエが応じた。
「やはり私の領地を目指しましょう。ゾンビの被害にもよりますが、ある程度の生活は保証できるでしょうし」
「そこに厄介になるしかないか」
「厄介だなんて思わず、ぜひ来てください。私も召喚主としての責任がありますし、それに……」
一旦言葉を切ったクロエの表情が曇り、声のトーンが落ちる。
「この騒動の原因を探って、責任者に責任を取らせないとなんだか大変なことになるような気がするんですよね」
「大変って……もう王都が消滅しているんだが?」
「それ以上のことが起きるような気がするんです」
根拠はないが妙に不安をあおる雰囲気に、俺は口をへの字に曲げる。
「少なくとも私は、私の領地の平和は守らなくては。協力してくださいねソーヤさん」
「召喚主の求めなら、応じざるをえないが……タダ働きはごめんだぞ」
「その辺りはおいおいご相談させていただくとして。この状況では私も何が出せるか分かりませんし」
「仕方ないか。じゃあその条件で今後ともどうぞよろしく。マスター」
「はい、よろしくされますと。ちなみにスレイブとサーバントとどっちがいいですか?」
「扱いのいい方で頼む」
首をすくめてそう告げた俺に、クロエは今はこれが精一杯だとばかりに微笑んで見せた。
かくして始まった俺の異世界生活であるが、続きについて報告する機会があるかどうかは神のみぞ知る。
とりあえず。
この騒動の原因となった、とある偶然について機会があれば神様とやらに文句をつけに行きたいものだが、それはまた別の話。
そんなわけで一旦ここで筆を置くことにする。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
書き手への燃料と言う名のブクマ・評価・励ましの感想などお願いします。
とはいえ、これはここで一旦完結とします。




