後始末いろいろ、こぼれ物いろいろ(3)終
リドワーン閣下はひとつ頷き、テキパキと、老魔導士フィーヴァーへ、中庭の現場で気付いた点を説明した。
「カムザング皇子の所有する《護符》の類が、効果を発揮しなくなった。あれほど多数の護符チェーンが、今日の騒動では、まったく役立たずであった。カムザング皇子は身体各所を骨折したうえに、かつての強健ぶりが嘘のように、解熱剤を使っても発熱が引かないとか」
「ふむ! ジャヌーブ砦の医師として、一度、カムザング皇子を往診しよう。ドニアス殿が何か細工したとは思えんが、怪奇現象を感じるぞい」
老魔導士フィーヴァーは、早速、鳶色の目をランランと光らせ始めた。
「カムザング皇子が愛用している各種《護符》は、悪趣味な意匠もあるが、いずれも霊験あらたかな品じゃ。聞きおよぶ限り、パニック群衆にそれだけ踏みにじられて、なお命があるのは《護符》の威力のお蔭じゃよ」
「そのあたりは、正直、なかなか想像しにくい。老魔導士どの。パニック群衆の足の下になっても、それほど危険には思えないのだ。人ひとりの体重が掛かる程度というような……」
リドワーン閣下が困惑顔をした。セルヴィン皇子も首を傾げている。
老魔導士フィーヴァーが訳知り顔をして、飄々と応じた。
「それは、皇族のために用意された特別な警備にガッツリ囲まれていて、常に安全な状態にあるからじゃよ。パニック群衆の威力は、暴走する怪獣『八叉巨蛇』と同じようなものじゃ。あとで《鳥使い姫》に、今回の密な群衆の中、いかに身動きできなかったか、経験談を聞いてみると良いぞよ」
*****
鷹匠ユーサーの説明が再開した。
「大宴会の夜、ドニアス殿は案内人『三ツ首サソリ』としてカムザング皇子を待ちかまえていましたが、ご存知のとおり予期せぬ干渉が入って、カムザング皇子から料金を貰いそこねました。金欠が進み、さらにラーザム財務官の4人のハーレム妻による調査も目にして、いっそう死に物狂いになった……そして遂に、衆人環視の中で暴発するに至った……という占断でございました」
「確かにの。ワシも、占い師の見立てに全面同意じゃよ」
老魔導士フィーヴァーが思案深げな顔になる。モッサァ白ヒゲのモサモサも、一時的におとなしくなった。
「最初にドニアス殿と顔を合わせた時、おとなしそうな小役人という印象だったんじゃ。やたらとキョロキョロして、重傷患者を入れる寝台の紗幕にも手を掛けておったのは、不自然と思うくらいにな」
老魔導士は、モッサァ白ヒゲを撫でつつ、チラリと作業台のほうを見やった。
片手が溶け落ちているカラクリ人形は、万が一の人目を避けて、大判の帆布を掛けられている状態だ。
「あの頃から、自らの犯罪を隠蔽せねばと焦っておったんじゃろう。その焦りが限界を超え、ついに衆人環視の中で……カラクリ人形の手の甲へ《三ツ首サソリ》尾を、グッサリと刺した訳じゃ」
そして、あらためて再検討をしつつ、メンバー全員で、老魔導士フィーヴァーの見解を加えた文書記録を作成し始めたのだった。
筆記の音と、静かな声での相談が、ひとしきり続く。
やがて、老魔導士フィーヴァーは立派なお眉をギュッと寄せ、新たな思案に集中し始めた。
「あとは、ひょんなことで飛び出た『スナギツネ顔のスナさん』の件じゃな。帝都の魑魅魍魎をも納得させるほどの、巧みな作り話が必要じゃと」
ギュッと眉根を寄せていたが、その奥の老練な鳶色の目は、イタズラを企む少年のように、キラキラ光っている。
「ふむ。ワシの最高傑作《魔導》カラクリ人形の『試作品(女)スナギツネ号』であったという事にしておこう。『ネコミミ付スナギツネ顔《鳥使い》幽霊が憑依して動かしていたのだよ!』『な、なんだってー!』という作り話で良いじゃろ」
「なんだか、ものすごい嘘と本当が混ざっているような気がいたしますが……? いや、ほぼ本当の作り話……?」
鷹匠ビザンが、実直そうな風貌に、キョトンとした表情を浮かべ、首を傾げ始めた。
得意満面でモッサァ白ヒゲを膨らませ、老魔導士フィーヴァーは「フフン」と鼻を鳴らしている。
「ネコミミ付スナギツネ顔をした、謎の《鳥使い》幽霊が、ラーザム死亡現場へ出現したのは事実であり、現場を警備していた衛兵や《象使い》たちの証言とも合致する。さらに、早朝の城門前の市場で発生していた幽霊騒動の件も、偶然に居合わせた目撃者を含めてカバーできる」
一同すべて、すぐには話の筋について行けず、呆然とした沈黙が横たわった。
「取り急ぎスナギツネ顔の頭部をこさえておこう。これで、完璧な「完全犯罪」、いや、「完全陰謀」が成立じゃよ。あとで、クムラン君に別途、話を通しておけば良い」
――老魔導士フィーヴァーが「人類史上の最高の天才」と、かますのも納得できるような……?
騙されたような、騙されていないような、妙な心持ちになった一同であった……
やがて、あらかた、取り急ぎの作業に一段落ついた……
……護衛オローグ青年やオーラン少年の手で、夕食の食器が下げられた後、廊下で待機していた使用人の顔ぶれが交代し、食後のお茶が運ばれて来た。
食後のお茶となった刻で。
前日に受けていた傷の影響も合わせて、ただでさえ疲労の激しかったセルヴィン皇子は、夕食後、すぐに寝台に横になることが決まった。
――大変な1日だったもんね。休める時に、ゆっくり休んで……!
先ほどからのセルヴィン皇子の尋常ならぬ顔色の悪さや、疲労から来る無口ぶりが気になっていただけに。
体調を診察する老魔導士フィーヴァーや、ちっちゃな守護精霊である火吹きネコマタと一緒に、続き部屋の寝室のほうに引っ込んだのを見て……さすがにホッとする、白文鳥アルジーであった。
ちょっと緊張が抜けて、覆面オーラン少年の手の平のうえで、つぶれた「いちご大福」さながらに「ヘニャッ」となってしまったくらいだ。
アルジー自身、生贄《魔導陣》でもって呪われて以来、気を抜けば倒れる、というほどの不調つづきに悩まされていたのだ。その状態で普通に健康な人と同じ業務量をこなす……そのしんどさは、よく知っている……つもりだ。
*****
程なくして飄々とした足取りで、老魔導士フィーヴァーが戻って来た。
「経過良好じゃ。中庭の事件で色々とあったにしては、ヒョロリ坊主は頑張ったようじゃな。いや、体格のほうは、ヒョロリでは無くなりつつあるな」
セルヴィン皇子を除いたメンバーで、改めての一服のお茶を挟んだ後。
老魔導士フィーヴァーの検討は、財務文官ドニアスとカムザング皇子の、不穏な人脈へと移っていった。
「昨夜、新しく出て来た、琥珀ガラス製の賭けチップが気になるのじゃが。怪しげな添付メモには、例の賭けチップを使う、《黄金郷》なる生贄つきの賭場への案内を、『三つ首サソリ』が担当するという内容が書かれていた。こういう悪習は案内人も染まるモノじゃ。ドニアス殿は、不正な賭博にも手を出しておったか」
鷹匠ユーサーが渋面をしながらも、思案深げに応じた。
「御意。《人食鬼》召喚セットは、その賭博の何番目かの賞品だったそうです。謎の賭場《黄金郷》は、確実に、大きな暗殺教団、あるいは熟練の《邪霊使い》が胴元となって運営しているものと思われます」
「ふむ! そして添付メモのとおり、カムザング皇子は、謎の賭場《黄金郷》に深々とハマっておったのじゃな」
「その通りのことを、ドニアス殿は言いつのっていました。カムザング皇子は、生贄《魔導陣》を活用しているうちに《邪霊使い》の味を覚えた様子とのこと。誰でも《邪霊使い》になれる薬をもらえるとのことで、毎回ノリノリで、カネをドブに捨てていたそうで。『三ツ首サソリ』ドニアス殿としては、笑いが止まらなかったのでしょう」
老魔導士フィーヴァーが、納得顔で頷いた。
「カムザング皇子の粉末タバコ袋にも入っていた、《邪霊使い》御用達の禁術の大麻じゃな。誰でも《邪霊使い》になれる……かの邪霊植物《三ツ首ハシシ》の、恐るべき作用じゃ」
鷹匠ビザンが不思議そうな顔をしつつ、疑問を挟む。
「そんなのがあるのですか? 我ら鷹匠の間では、通常の大麻よりもはるかに危険なブツ、という印象のみなのですが、それほどに問題のブツとは……」
「正式な《精霊使い》の師匠から弟子へと伝承される、歴史知識のひとつでの。魔導士や神官の間では必須の伝承では無く、知る者は少ない。このワシでさえ、《象使い》《亀使い》に照会して、やっと知ることができた内容じゃよ」
老魔導士フィーヴァーは少しの間、モッサァ白ヒゲに埋もれている顎の部分に手を当て、つらつらと思案に沈んだ。
「正式な《鳥使い》が少なくなったゆえ、シャヒン系やスパルナ系では知識の断絶が起きたのじゃろうな。内容が、ほぼほぼ怪談ゆえ、今では真面目に受け取るのも難しくなっておる」
「いや、それほど危険なブツであれば、普通は人の記憶に残ると思うのですが」
「ふーむ……鷹匠ビザン殿よ、それにオローグ君も。たとえば、南洋諸民族の間で語り伝えられている伝説の怪獣《三ツ首イカタコ》怪談は、真実だと思うかね? 触手の吸盤のひとつひとつが、邪霊のよみしたもう黄金で出来ていて、そこに邪眼がある。後ひとつだけ、後ひとつだけ……と、船乗りを襲いつづけている、という内容じゃが」
「それは……さすがに、子供を怖がらせるための作り話では……?」
あまりにも、あまりな事例を挙げられて、実直そうな鷹匠ビザンの風貌は、困惑に満ちていた。護衛オローグ青年は目をテンにしていた。リドワーン閣下も『判断保留』とばかりに、肩をすくめるのみだ。
老魔導士フィーヴァーは、フムフムと納得したように頷き、飄々とした所作で、覆面オーラン少年と白文鳥アルジーのほうへ、顔を向けた。
「……ということで、邪霊植物《三ツ首ハシシ》説明を省略したのであろう、《鳥使い姫》よ?」
――うん、そうだよ。
覆面オーラン少年の手の平のうえで、白文鳥アルジーは、申し訳ない、とばかりに「ピッ」と、さえずったのだった。
*****
やがて鷹匠ビザンが首を振り振り、おもむろに話題を変えた。脇に控える相棒の、白タカ・サディルに促される形で。
「翌日にも、ドニアス殿の言う『怪奇趣味の賭場』を捜索いたします。大宴会場に多数の《骸骨剣士》と《邪霊害獣》が出現した原因と目されております。魔導士たちと共に、虎ヒゲ・マジードなど、砦のラエド戦士3名が加わるとのこと」
そこで鷹匠ビザンは、急遽作成されたと見える通達の紙を取り出した。老魔導士フィーヴァーへと手渡す。
「虎ヒゲ・タフジン大調査官からの通達でございます。老魔導士どのにも足を運んでいただきたいとの事です。暗殺教団をはじめとする邪霊系《魔導》の、第一の専門家として」
「望むところじゃよ。翌日になっても連絡が無ければ、ワシ自身が、タフジン君の執務室へ押し掛けるつもりでおったぞい」
老魔導士フィーヴァーは気合満々で通達に目を通した後……すぐに鷹匠ビザンへ、疑問の眼差しを投げた。
それを承知していたかのように、鷹匠ビザンは、軽く頷いて見せる。
「我ら鷹匠も調査、兼、退魔調伏に加わる事になりました。時間になりましたら、我らがご案内させていただきます。ジャヌーブ砦に出張中の白鷹騎士団からも、団長すなわちシャヒン王シャバーズ殿と、専属魔導士1名を派遣する手筈となっております」
「その胡乱な『怪奇趣味の賭場』は、どこにあったと言うのじゃ? 生贄の祭壇など、あるのじゃろうか」
「大宴会場の階層と、地上階の大広間の階層の間にある、中二階の広間でございます」
「なんと。あの中二階は、新型の魔除けの盾や大斧槍などの展示会場になっていた筈じゃが!」
老魔導士フィーヴァーの白ヒゲは、いっそう、モッサァと爆発していたのだった。




