後始末いろいろ、こぼれ物いろいろ(1)
老魔導士フィーヴァーの詰める医療区画。
昼下がりを少し過ぎた頃。緊急搬送でもって、カラクリ人形アルジーが運び込まれて来た。
運び込んだのは、クムラン副官と、覆面オーラン少年だ。
2人とも、それなりに動転しているところだ。
クムラン副官も、冷静に判断しているように見えて、この手の事態について経験の少ない若者ゆえ……オーラン少年と同じくらい、混乱していた。とは言え、老魔導士が作成した《魔導》カラクリ人形は、不特定多数の目に触れさせる代物では無い、と判断するだけの、大人の賢明さはあったのだった。
「何ぞ、礼拝堂の中庭で大騒動が生じたと聞いたが。そこに座って、見たことを説明してくれたまえ」
老魔導士は、前後が混乱したままの目撃談を耳に詰め込みつつ、カラクリ人形アルジーを作業台に横たえ、破壊状況を点検し始めた。
猛烈な高熱を注入されていた手は、原形を失っていた。
人肌に近いスキン加工を施されていた金属製の外殻が溶解していて、《三つ首サソリ》尾が貫通していた孔から、カラクリ人形ならではの空洞がのぞいていた。筋肉や腱の代わりをする伸縮糸やコイルが飛び出して来ている。
充分に怪奇ホラーを含むパンクな光景だが。
その――生身の人体では有り得ぬ――冷たい金属の反射光が、かえって、パニック寸前だったクムラン副官とオーラン少年の状態を、半分ほどは……落ちつけたのだった。
老練な医師でもある魔導士は、若者たちの精神状態を、よく理解していた。
「うむ、確かにカラクリ人形の手が溶けて、金属製の人工関節の構造が崩壊しておる。さすが邪霊害虫《三ツ首サソリ》熱毒というべきか、相当の高温だったのじゃな」
熟練の手つきで、カラクリ人形の目元をチェックし……老魔導士フィーヴァーは、すぐに、薔薇輝石の目の色が完全に抜けていることに気付いた。
「憑依が解除されておる。という事は《鳥使い姫》は、いまは別の身体に憑依している筈じゃ。鷹匠や《鳥使い》は、だいたい頭の上や肩先に、鳥を乗せておるが」
そこで、覆面オーラン少年の頭の上に、ヒョコリと、白タカ《精霊鳥》ヒナ・ジブリールが現れ、意味深に「ピョッ」と鳴いた。
老魔導士は、チラリと、白タカ幼鳥ジブリールを見やった後。怪訝そうな様子で、カラクリ人形のターバンを解き始めた……そして。
「おぉ……まさしく、ターバンの隙間に挟まっとるではないか!」
「え? つまり?」
覆面オーラン少年が思わず、身を乗り出した。
「クムラン君が、マントで人形を包んだのは正解じゃったぞ。駆け足の途中で、何処かに白文鳥を落としていた筈じゃからの」
手際よく、人形のターバンの隙間から、ボンヤリとしていた白文鳥《精霊鳥》が取り出された。
「そっちに入ってるんですね。蒸発して無くて良かったですが……元気が無さそうですが?」
安堵と不安と入り交ざりで呟く、クムラン副官であった。
「目を回しておるのじゃよ。車酔いの症状も出ておる。小鳥にとっては相当の大揺れだったんじゃろ、人体にとってはそれほど刺激が無くてもな。しばらく手の平にでも転がしておれ。そのうち頭がハッキリして来る」
「じゃ……あの、私が」
そっと手を差し出した覆面オーラン少年に、老魔導士は頷き、ポンと白文鳥の身体を乗せた。
「文官ドニアス殿がラーザム殺害犯で、衆人環視の中で《三ツ首サソリ》を振り回しておったとか? 手が溶けたところを見た目撃者には、実体が人形とは言えショックだったじゃろ。中庭の騒動の状況の詳細が分かり次第、適当な内容をこさえておこう。白鷹騎士団の女騎士サーラ殿だったかの。適宜、伝達できるかね、クムラン君?」
「自信はありませんが……やってみましょう」
「嘘をつくのは、ワシを含む上層部の陰謀メンバーの仕事じゃよ、大船に乗ったつもりでおれ。この《魔導》カラクリ人形の件も、元々、虎ヒゲ大調査官タフジン君と、帝都の数人の有力諸侯たちの肝いりだったのじゃからな」
*****
礼拝堂の中庭の騒動は、原因である小太り文官ドニアスが拘束されたことで、速やかに収束へと向かった。
傷ついた2頭の《精霊象》は、大音響の衝撃で朦朧としているうちに、《象使い》や、緊急助手として動員された《亀使い》の琵琶の誘導でもって、厩舎区画の小屋へ戻された。ジャヌーブ砦に常駐している獣医が緊急で呼び出され、仰天しながらも治療に当たり始めた。
カスラー大将軍は意外なほどに気が弱く、すぐに失神してしまったため、高位高官に用意された休憩スペースへ運び込んである。
俄然、張り切った虎ヒゲ・タフジン大調査官がリーダーシップを取り始めた。その指令系統に沿って現場を整理しているのは、バムシャード長官を含む4人の長官たちだ。
そして、現場に居合わせた皇族としてセルヴィン皇子が、虎ヒゲ・タフジン大調査官と共に、現場の報告とりまとめに立ち会っていたのだった。
ちなみにカムザング皇子は、パニック群衆の下で踏みにじられて足跡だらけになったうえ、あちこち骨折してしまった。皇族専用に用意された休憩スペースで、「痛い、痛い」とわめくだけの、役立たずの無能をさらしているところだ。
一区切りついたところで、更なる事情聴取のため、半裸の文官ドニアスは牢へつながれた。奇しくも、隣の牢には、禿げて・もげて燃え尽きた、元・刺客がつながれていて、1日中ブツブツと改悛の祈りをしているところだ。
程なくして、業務引継ぎを終え。
セルヴィン皇子は、やっと老魔導士フィーヴァーの詰める区画へ向かうことができたのだった……護衛オローグ青年と共に。
いつしか一同は、長く続くアーチ廊下を進み、老魔導士の医療区画へ通じるルートへと移っていた。アーチ枠の外から、夕方に近い陽光が差し込んで来ている。
後見の教育係を務める、大聖火神殿の理事リドワーン閣下と、その従者にして護衛である鷹匠ビザンがつづく。鷹匠ユーサーは、鷹匠ビザンの助手として、目立たない影のように付き添って来た。
道々、鷹匠ユーサーによる、今回の騒動の裏事情についての報告がつづく。
「先ほど、オーラン君より連携がございました。《鳥使い姫》は現在、《魔導》カラクリ人形への憑依を解除し、白文鳥《精霊鳥》へと移っているとのこと。女騎士サーラ殿の目撃談と合わせて推察すると、どうやらスナギツネ顔の娘スナと名乗り、タバコ屋シガロ殿の臨時アルバイトとして、一般参列席へ入り込んでいた様子です」
リドワーン閣下と鷹匠ビザンが互いに目を見合わせ、「あの、お転婆ぶりなら納得だ」と感想を漏らした。
「文官ドニアス殿を、最初にラーザム殺害犯と名指ししたのは《鳥使い姫》ですが、順序が前後しているため、再確認のうえ改めて。《精霊象》暴走に伴い群衆パニックが生じたため、現場状況は不鮮明です。ハッキリしているのは、ドニアス殿が《三ツ首サソリ》を長衣の隠しポケットから取り出し、手当たり次第に、熱毒を持つサソリ尾を周囲の人々に突き刺そうとしたという事実です」
セルヴィン皇子が、鷹匠ユーサーの説明に含まれていた要素に気付き、ハッとしたように疑問を投げた。
――前日に刀傷を受けた脇腹の痛みと、疲労から来る頭痛でボンヤリとして来たところだが、《鳥使い姫》の無事を見届けない事には――
「まさか、怪我人が? 報告書では、カムザング皇子をはじめとする骨折などの重傷者は出たものの、さいわいに死人は出てなかった、という事になっていて。手が溶けたような、とかいう目撃談が混ざっていたけど……」
鷹匠ビザンが「ふむ」と思案深げに頷きつつ、指摘する。
「クムラン殿が素早くマントで覆ったため、実態は良く分からぬ、という内容の、一般参列の証言の付記の件ですね」
リドワーン閣下につづきを促され、鷹匠ユーサーが渋面になった。
「くだんの《三つ首サソリ》熱毒の尾は、カラクリ人形の手の甲を突き刺して、溶かしました。結果から言えば、サソリ尾が固定されたお蔭で、衛兵にも一般参列者にも……生身の人々には被害が及ばなかったと申せましょう」
「危ないところだったのだな。相当に」
「御意。いずれにせよ酒姫人形で帝国皇帝をハニートラップにかけたという陰謀を伏せる方向で、隠蔽しなければなりません。帝都にひしめく魑魅魍魎たちを騙せるくらいの、作り話で」
セルヴィン皇子の肩先で、ちっちゃな手乗りサイズの火吹きネコマタが「ニャー」と同意するように鳴き。
困惑したという風に、リドワーン閣下と鷹匠ビザンは、再び顔を見合わせた。
「作り話をこさえる必要が出てきた訳だ。名案はあるか? 鷹匠ビザン殿」
「いや、私めには、とても……」




