真相の遭遇 決戦の中庭(8)終
唖然とするほどに、意外な人物――
だけど、アルジーの推理の及ぶ限り、真犯人の条件にハマる人物は「彼」以外に無い。
――小太り中年の財務文官ドニアス!
ラーザム財務官の後継者のひとりとも目されている金庫番!
腰のサッシュベルトには、相変わらず、カシャカシャ音がここまで聞こえてきそうなほどの多数の鍵束が吊るされている!
「あいつを捕まえるわ」
「え、此処で? いますぐ?」
唖然とした様子のオーラン少年。
「時間が無いのよ! ヤツは絶対セルヴィン皇子を殺そうとする。証拠隠滅で。カムザング皇子も一緒に。……オーラン君は来ちゃダメだよ、まとめて殺されるからね!」
アルジーは駆け出した。
その勢いに釣られて、覆面ターバン少年オーランも「待ってください」と慌てつつ、後を追う。アルジーの警告など、まったく耳に入ってなかった訳だ。
ついで「何だ何だ?」と仰天しながらも、ネズミ男ネズルと、潮焼け男シンドが。色男ディロンが。女騎士サーラが。
意外に、一般群衆の中で――アルジーを含む複数人の奇妙な動きは、目立たなかった。
何故なら。
赤茶色の長衣姿の役人たちが、当初の予定に従ってゾロゾロと動き回り、スペースを空け始めたからだ。その流れが、一般の参列者たちにも伝わっていた。
空き始めたスペースに、2頭の《精霊象》の巨体が現れた。2人の《象使い》の持つ引綱に、誘導されて。
2頭の《精霊象》は、いずれも、その鼻先で、ラーザム財務官の棺桶に添えるための弔花を運んでいる。
ラーザム財務官のような、諸侯や高位役人の葬儀では、定番の儀式プログラムとして組み入れられている内容。
――オババ殿から聞いたことがある。先々代のシュクラ国王が死去した時、オリクト・カスバと亀甲城砦から、《精霊象》数頭ほど派遣されて、それぞれの王侯からの弔花を捧げてくれたと――
次の瞬間。
小太り中年ドニアスが、奇妙な動きをした……ほかの文官たちと共に場所を移動しながら、仕切りロープの振りをした「ロープ類の物」を、グイッと引っ張ったような。
その結果は……劇的だった!
2頭の《精霊象》の足元で、「バチン」「バチン」という破裂音が響きわたった。
火煙が、ドッと舞いあがる。
本格的な爆炎。小型から中型の、ジン=イフリート《魔導札》という感じ。
ぱおー! ぱおー!
「大変だ!」
2頭の《精霊象》は、見る間に、パニック状態になった。それぞれの4本脚をドスドス踏み鳴らし始める。
「落ち着いて! 落ち着け!」
熟練の老女《象使い》の指示も虚しく――中堅男《象使い》の、鍛えた体躯の抑えも効かず――2頭の《精霊象》は、ますます逆上するのみだ。
大重量の怒りの足踏みで、中庭の全体の地面が、地震のように揺れ動いた……共振するかのように、礼拝堂もグラグラと揺れ始めた!
見ると、《精霊象》足元に、大皿ほどのサイズの《三ツ首サソリ》が取り付いている。
邪霊の、ぎらつく黄金色。
取り付いている《三ツ首サソリ》も、《精霊象》に踏みつぶされないように必死だ。サソリ尾を振り立てて、死に物狂いで、何度も《精霊象》の足を突き刺す。
――サソリ尾から、熱毒が注入されているに違いない。かの黒ダイヤモンド《精霊石》を熱破壊させるほどの、異常な高温だ!
ぱおおぉん!
2頭の《精霊象》は暴走した……貴賓席へ向かって!
カムザング皇子とセルヴィン皇子の居る方向へ!
護衛の兵が飛び出して防護盾を押し立てたが、《精霊象》の重量でもって、あっと言う間に跳ね飛ばされる。
悲鳴と混乱。
若いほうの《精霊象》の鼻が、その圧倒的な筋力でもって貴賓席の段を一気にひっくり返し、3階層ほどの高さへと、高く高く放り投げた。
「うぎゃーす」
カムザング皇子が高々と跳ね上げられ、意外なほどに長距離を飛びながら一回転し……
群衆の真ん中へ、カムザング皇子の身体が落下した。
赤茶色の長衣と、一般人の質素なリネン類の着衣が入り交ざる中へ。
パニック群衆の足の下で、カムザング皇子は、メチャクチャに踏みにじられた。帝都皇族《護符》の威力のお蔭で、決定的な重傷は免れている様子だ。担当の衛兵が、次々に駆け付けてゆく。
セルヴィン皇子も跳ね上げられ。中庭にパラパラと生えていた、ナツメヤシの樹上へと引っ掛かる。
慌てた衛兵の大声が飛び交っている。
老女《象使い》が必死の形相で駆け付けて、木の上のセルヴィン皇子へと呼びかけた。
「暴れる《精霊象》には近づけんのじゃ、非常事態じゃ! 少年、いまから特製の花火を投げ渡すで、木の上から、あの真ん中の噴水に向かって投げてくれろ!」
老女《象使い》の手から、色とりどりの糸で出来た吹き流しをくっつけた手毬のような玉が、投げ上げられた。
セルヴィン皇子は、持ち前の反射神経で、ハッシと吹き流しを捉え。細い身体をバネのようにしならせて、精一杯の力投を披露したのだった。
パニック群衆で混乱の極みにある中庭の上を、色とりどりの鮮やかな吹き流しが流れてゆき……先端の手毬が放物線を描いて、噴水の中へと突っ込む――
ドオォォーン! ババババーン! ドドンカ・ドンカ・ドーン!
――唖然となるような、大いなる水柱が立ち上がった。爆竹を重低音バージョンにしたような、一帯を揺るがす大音響が、連続で轟きわたってゆく。
新たに揺れ動く地面のうえで、2頭の《精霊象》が目を回した。
2頭の《精霊象》は……ボンヤリと動きを止めた。大きく敏感な象の耳が、大音響に耐えきれず、一時的に朦朧とした状態。
セルヴィン少年の肩から、ちっちゃな手乗りサイズの火吹きネコマタが、パッと《精霊象》の巨体の背中へと降り立った。その2本のネコ尾の先で、金色の火花がパパッと散る。
方々の聖火の台座から、金色にきらめく《火の精霊》が召喚されて、飛び出した。
瞬く間に、《精霊象》の足元に取り付いている邪霊害虫《三ツ首サソリ》を取り巻くや……爆速「お焚き上げ」する。
ぎらつく黄金色をした邪霊害虫は、ことごとく退魔調伏されて、真紅の破片と飛び散った。
なおもパニックの中で浮き足立つ群衆――
予想を超えて大混乱になった群衆にまみれた結果、いまや真犯人と知れた財務文官ドニアスは、その裕福さを示す小太りな体格が、逃走の不利となっていた。人々の間にギュウギュウに挟まれて、脱出に手間取っている。
「捕まえて! あいつを捕まえろ、金庫番の役人ドニアスが、ラーザム殺害犯よ! さっき《精霊象》を暴走させたのも、あいつよ!」
中性的なハスキー声――歌うたいや詠唱士もこなせそうな、透明度の高い声質も相まって、明瞭に響きわたる。
「おいおい、捕まえろ、とにかく!」
「押すな、空けろ、ソレ捕まえたぞ!」
色男ディロンが意外に本気になり、ネズミ男ネズルと共に追いすがって、文官ドニアスの赤茶色の長衣をつかんだ。ビリビリと破れてゆく長衣。
次々に、ドニアスの近くに居合わせた参列者――目撃者たちによる名指しが上がった。
「逃げんじゃねぇ、この、闇の勢力の小太り野郎!」
「俺も見たぞ、こいつが変な動きしてたのを!」
熟練の衛兵たちが、巧みに割り込んだ。大勢の捕り手。
もとから鍛えていない、ドニアスの贅肉多めの身体では、到底かなわない。
財務文官ドニアスは、即座にそれを悟った。
窮鼠ネコを噛む――小太り文官ドニアスは、その死に物狂いならではの、信じがたい動きを披露した。群衆に押されながらも奇怪に身をひねるや、弾みで開いた袷から「何か」を取り出す。
得体の知れぬ物体を取り出すや、犯罪者ドニアスは、新たに加わった熟練の衛兵たちの手を目がけて……「それ」を振り下ろす!
かねてから警戒していた覆面ターバン少年オーランが、《地の精霊》祝福の地獄耳で、その異様な音に気付いた。
オーラン少年は、隠密ならではの技術でもって瞬時に身を沈めるや、足元の安定しないドニアスの下半身に、したたかに蹴り技を食らわす。
ドニアスが体勢を崩し、振り下ろそうとしていた物体の、狙いはズレた。
手を伸ばしていた、衛兵たちの……生身の人体へは幸運にも接触せず。
――「それ」の切っ先は、空を切った。
空を切りながら、その直撃コースに出ていたアルジーの手の甲に、グッサリと……突き刺さった!
瞬間、異常高温の邪霊の火花が散る。異臭を振りまく、暗い黄金色。
アルジーの手が、壮絶な高熱でドロリと溶解する。
突き刺さったものを見ると……ぎらつく邪霊ならではの、黄金色。
大皿ほども大きさのある《三つ首サソリ》の……熱毒を持つ尾だ!
「ほえ?」
「ぎゃあ!」
色男ディロンと、ネズミ男ネズルが、恐怖に目を剥く。
近くに居た女騎士サーラも、中庭を警備していた衛兵も、バッチリ目撃した。4人の長官と分かれて騒動の中心へ、捕り手と共に急接近していた、2人の副官も。
「邪霊害虫《三ツ首サソリ》不正使用の罪で現行犯逮捕する! 財務文官ドニアス! 神妙に縛に付け!」
すさまじい高熱で手が溶けた――
恐怖そのものの衝撃的な光景に恐れを成して、群衆が散り散りに分かれ、空白ができた。
結集して来ていた手練れの捕り手が一斉に飛び掛かり、財務文官ドニアスは、尋常に捕縛された。
駆け付けていた副官のうち1人が、クムラン副官だ。
訳知りのクムラン副官は、護身用の短剣を高速で振るい、アルジーの手の甲から黄金色の《三ツ首サソリ》をはじき落とした。次の瞬間には、丈の長い副官マントを外してカラクリ人形アルジーにかぶせ、小脇に抱えて駆け出していた。
乾燥に強い草地のうえで、なおも熱毒の収まらぬ《三ツ首サソリ》が、クネクネしていた。のたうつたびに、草地がジュッと焦げてゆく。
「ホレ付いて来い、オーラン君! あとは捕り手に任せろ! シャロフ君、《三ツ首サソリ》拾っとけ、熱いから気を付けろ!」
「了解です、クムラン副官どの」
シャロフ青年が手際よく、同僚の捕り手と共に、証拠物を確保する。覆面ターバン少年オーランは、真っ白になる程に衝撃を受けた様子ながら……クムラン副官の指令に応じて、後を付いて走り出した。
――クムラン副官とオーラン少年が走り去った後の現場で。
なおも、実行犯ドニアス逮捕の続きが展開している。
捕り手たちの手によって、小太り文官ドニアスは、退魔紋様を完備する礼拝堂の石畳のうえに、全身を拘束され。
小回りの利く護身用の短剣でもって、帝都役人の証である赤茶の長衣が、ズタズタに切り裂かれた。
押さえつけられたままの中年男ドニアスは、あっと言う間に、半裸の下着姿になる。
「いやぁあ、スケベ」
「それを言うか、危険すぎる邪霊害虫を隠し持っておいて。さいわい『男の証明』周りには、何も無いな」
「さすがに《人食鬼》でも、そこまで恐ろしい事は、やらんと思うが」
熟練の退魔対応の戦士――捕り手が、ドニアスの長衣に仕込まれていた金属製の隠しポケットに気付いた。護身用の短剣が「ガチン」と金属音を立てたからだ。
金属製の隠しポケットから、もう一体の邪霊害虫《三つ首サソリ》が、素早く取り出される。少し小ぶりなサイズであったが、即座に没収となる。
「ヘタに動いて熱毒を発しないように、《邪霊害獣の金鎖》で、グルグル巻きに封印してある……標的に向かって仕掛ける直前に《邪霊害獣の金鎖》を外しておく手口か!」
「こっちの金属製ポケット、《象使い》装束のビーズ・チェーン《護符》を流用してます」
「あ、そうか、万が一の熱毒に耐えられる素材だ……ドルヴ殿の紛失リストにあったような気がするぞ、それ」
「駆け出し《邪霊使い》どころか、その手前の、ナンチャッテ《邪霊使い》気取りじゃねぇか、この、クズ野郎」
*****
混乱の極みの、聖火礼拝堂の、中庭の一角で。
超・富裕層のひとり――帝都の金融商ホジジンは、両手に花……いや、双子の如き銀髪の若い妖女を用心棒として、両脇に配置しておいて、重役のための避難経路へと移動していた。ラーザム財務官が生きていたら、ともに、この避難経路を使っていただろう。
銀髪の妖女2人は、絶世の美姫さながらの容貌とグラマーな体格の持ち主だった。その艶やかな容姿を、背丈ほどもある濃色ベールと濃色ケープの下に、厳重に隠している。
金融商ホジジンは舌打ちをして。
「フン、どうせ不正な金の流れを調査される羽目になる。証拠など幾らでも捏造してやる。我が名では無く、目の上のタンコブな金融商の奴らの名が、浮かび上がるようにしておこう。このホジジンを失望させたジャヌーブ商会など、ジャヌーブ砦のラーザム汚職やドニアス犯罪の醜聞に巻き込まれて、不名誉な罰金損失を計上してしまえば良いのだ」
両脇に控えている怪異な銀髪の妖女は、鏡写しの双子のように、同時に、まったく同じ笑みを浮かべた。
「「ステキ」」
「鉱山ギルド『修羅車』顔役の金融商グーダルズ、同じく『亀甲衆』顔役の金融商タモサ、『白鷹騎士団』財務を支える金融商オッサヌフ、……まとめて、帝都の金融商ギルドから追放する。あんなゴミ共など、北帝城砦やら東帝城砦やらで、冷遇と業績不振の末に首を吊れば良いのだ。やたらと《三ツ首ハシシ》《精霊石》密輸に気付く、目障りな奴らめ」
頬にタップリと付いた贅肉を、プルプルと震わせ。幾重にも贅肉が重なって消滅し果てた顎を一層タプタプさせつつ。
金融商ホジジンは、悠然と退去して行く。
割り当てられた宿泊室へと向かいつつ、金融商ホジジンは、ふと気づくところがあって、怪異な双子の銀髪妖女を順番に見やった。
「「御用ですか、ご主人様」」
「帝国皇帝は、そろそろ目が覚めたかね? そろそろ色ボケを直して、帝都に戻って頂かねば」
「色ボケ老皇帝は、まだ色ボケ真っ盛りです、ご主人様」
「クネクネ・ダンスと例の恋愛の四行詩を相変わらず繰り返しています、ご主人様」
金融商ホジジンは、ブクブクとした手指を、贅肉の中に埋没し果てた顎部分に当てた。思案顔だ。そのデップリとした手指には、贅沢な宝飾細工の指輪が、幾つも幾つもハメてある。指輪の各々の隙間から、締まりの無い肉が、ハミ出していた。
「いかにも奇妙なことよの。媚薬キノコ『アマニータ』2本がかりでも、あれほど長時間の色ボケは無かったように思うのだが。せっかくの生贄《魔導陣》ルートの活力の補充も忘れ果てて、間断なく続けていたら、老人の心臓がもたず、寿命が縮まる。死因は『夜の行為のやり過ぎ』という事に……いや、都合が良いのか、かえって」
防音性の、皇帝用の御輿を、寝台サイズで用意せねば――と呟く、金融商ホジジンであった。
程なくして……再び、銀髪妖女の双子を振り返り。
「人工銀髪も、そろそろ交換時期だな。トルーラン将軍に、新しいのを献上するよう声をかけておこう」




