真相の遭遇 決戦の中庭(1)早朝
東の空を、払暁の光芒が渡ってゆく。
雨季ならではの湿度の高い空に、朝焼け雲が流れていた。
早朝の狩りに出てゆく白タカ《精霊鳥》の鋭く鳴き交わす声、方々から到着して来たらしい伝書バトの、ポポポと続く声。
――あ、そろそろ伝書局、行かなくちゃ。
目をパチクリさせるアルジー。
瞬時に押し寄せる違和感と――誰かが「ワッ」と言って、飛びすさったような気配。
思い出した。
老魔導士の談話室で、クッションに座ったまま眠り込んで……いま憑依しているカラクリ人形、首と胴体に分かれていたんだった。
眼下で、首無しの胴体が、いま目覚めたかのように……談話クッションから半身を起こしていた。
確認すべき顔が――頭部が――無いのに気付いて、カラクリ人形の両手が、戸惑ったようにフワフワと動いている。
人工銀髪に彩られた頭部は、スタンド式ハンガーに吊り下げられた生首よろしく宙づりになっていた。後ろに、定番の家具調度ドリームキャッチャー護符が吊られているのを感じる。
しばしの間、左右に視線を動かして。
今しがた、ワッと飛びすさったばかりの……鷹匠の装束をまとう中高年の男性を視界に入れて、パチクリと瞬きしたのだった。
『やあ《鳥使い姫》、気力が回復して、頭部の存在を思い出したようだな』
半分ほど腰を抜かした風の中高年男性の背後、来客マントを吊るしたスタンド式ハンガーに適当に腰を据えていたベテラン個体の白タカ《精霊鳥》が、ピョッと鳴いていた。
『えーと……白タカ・サディル……鷹匠ビザン様……リドワーン閣下の護衛さん的な?』
『少しの間、目を閉じて沈黙してくれ。人形の生首であっても、目を開いたり喋ったりすると、人類のほうでは何やらゾワゾワする感覚を覚えるらしくてな』
中高年世代の鷹匠ビザンの、長年の風雪に耐えて来た――という風の骨ばった顔立ちは、緊張を浮かべていた。生首が喋るなどといった方面の怪奇現象は、苦手な性質らしい。
――いや、誰でもギョッとするだろう。人類のひとりとして、とても理解できる。
アルジーは目を閉じて、眠っているふりをした。
やがて、鷹匠ビザンから老魔導士フィーヴァーへ連絡が行ったらしく、覚えのある、飄々とした歩みの音が近づいて来た。
「ふむふむ。ほほぉ、成る程。タヌキ寝入りしている人形など、滅多にない見ものじゃのう」
生首が取り外されたような感覚を覚えるや、胴体の首の上に手際よくハメ込まれてゆく。カポン、カチリ、といった接続音がつづいて。
「よし、もう目を開けて良いぞ。腹は……減らんのじゃろうな。白文鳥のほうは、腹が減り始めているらしいが」
「オハヨウゴザイマス。ソノ節ハ……イロイロ」
昨夜の重さが、まだ残っているという感じがする。つっかえながらも、アルジーが応じると。
老魔導士は早速、興味深そうに目を光らせ、モッサァ白ヒゲを盛んに撫で始めた。
「カラクリ人形の時は、帝国語の発音に対応できるのか?」
「発声構造、共通。デモ《精霊鳥》《精霊語》ヨリモ、全般、大量エネルギー使イマス。午後、夕方、宵マデ、エネルギー充填スレバ、モット自然ナリマス」
「ううむ。本来は動かない人形ゆえ、サイズや重量の問題もありそうじゃな。白文鳥《精霊鳥》に割り当てる単位エネルギー出力で、その何倍もある人体サイズの物体を動かすのは、大変な事じゃ」
人類最高の天才とかますのも納得の頭脳でもって、瞬時に、老魔導士は、摩訶不思議なロジックを把握した様子だ。
「昨日、白文鳥《精霊鳥》の身体が、輪郭線となるまでに蒸発したのも納得するところじゃよ。カムザング皇子を豪快に投げ飛ばして、磔にしたと。大宴会場でも話題をさらったと聞いとる。後々までの語り草じゃな」
「エ……ハア、ソウデスカ……」
カラクリ人形アルジーは、困惑しきりで、カクカクと相槌を打つしかない。すべて本当のことだ。自分でも信じられないけれど。
「そのまま座っておれ。着衣と……白文鳥も持って来よう。ワシの考えが正しければ、エネルギー共鳴効果を通じて、もう少し楽になる筈じゃ」
白文鳥《精霊鳥》の身体は、続き部屋のほう――セルヴィン皇子の寝台のほうに置いてあった。
夜を徹して……恐れ多くもセルヴィン皇子とリドワーン閣下から、交互に、《火の精霊》を通してエネルギー補充されていたお蔭で、実体化の状態が随分と回復していたのだった。
提供された着衣は、砦では一般的な庶民の日常着だ。男女共通のリネンシャツと広幅ズボン。淡いコーヒー色をした膝丈ベストとサッシュベルト。
庶民ターバンを巻きつけ、着付けを済ませて――肩先に爆睡中の白文鳥《精霊鳥》を乗せ、再び談話クッションに落ち着いたところで。
鷹匠ビザンが、不思議そうに首を傾げて来ていた。
「かの酒姫とは別人と聞きましたが、本当に別人ですな。酒姫は、こういう庶民の衣装を着ようとしないし、白文鳥を見れば……お察しでしょうが。しかし無理に男装しなくても……?」
「ナントナク……?」
ギクシャクと笑って返すのみだ。ひととおり第一王女としての所作をこなせるが、いままで男装の暮らしが習慣だったのを急に変えるのは、さすがに違和感を覚える。
「アノ、ビザン様、シャヒン部族デスカ? 鷹匠、多イ、聞イテマス」
「お察しの通りで《鳥使い姫》。ユーサー殿と私は同郷シャヒンの者。こうして聞いてみると確かに、この酒姫、いや、憑依している霊魂は、スパルナ系のようで、そうでは無い。帝国語でも訛りが違う……」
鷹匠ビザンは思案顔をして……やがてパッと、閃いた顔になった。横で、老魔導士フィーヴァーが興味深そうな顔をしている。
「オローグ君やオーラン君の出身地に近いと感じます、老魔導士どの。東方辺境の鉱山もちの幾つかの城砦と、白文鳥《精霊鳥》捕獲・販売の取引があったかと。メイン取引先は東帝城砦。国境を超えて、亀甲城砦。散発的な取引先となると国境回り専門の隊商に聞いてみないと分かりませんが」
「東帝城砦、亀甲城砦……あの辺りは少数民族が多く、雑多な精霊信仰が混ざっておって、聖火崇拝の帝都にとっては異教の土地。生贄の教義を持つ邪霊信仰も地下でつづいているかも知れん。そういえば、いまの東帝城砦の総督は帝国皇帝の派閥ゆえ、その忠誠は本物と評価されておるな」
「東方総督トルーラン将軍は、魔導大臣ザドフィク猊下の覚えも特別めでたい人物ですね。資源の豊かな国境地帯を新しい領土として獲得し、帝国へ献上したという、二つとない英雄的な功績の持ち主でございます。亀甲城砦との国境線の明確化、ユーラ河の水源を正式に帝国領土とすることは、長年の懸案事項でもございましたから」
――二つとない英雄的な功績。
そんな事のために、今は「シュクラ・カスバ」となった故郷が、血迷って独立反乱を起こさないようにと、『名誉なき敗戦国』としてズタズタにされたのだと思うと、心の中が焦げるような気持ちになる。
東方総督トルーラン将軍の、例の言い掛かりだ。
『シュクラ王国は、三ツ首の巨大化《人食鬼》大群を発生させて帝国に攻め込もうとし、国境の安全保障における重大な条約違反と欠陥を呈した』
敗戦国となったうえで属国となった「シュクラ・カスバ」には、その言い掛かりを跳ね返すだけの立場も政治力も無い。
くわえて、三ツ首の巨大化《人食鬼》大群を発生させかねないような『邪霊信仰の城砦』――すなわち常時監視すべき帝国内の危険分子として、東方総督の絶対的な管理・統制のもとに置かれるという扱い。
唯一、生存したシュクラ王族は、母シェイエラ姫と娘アリージュ姫のみだったが、当時のアリージュ姫は、7歳の小娘でしか無く。
急遽シュクラ女王となったシェイエラ姫は、戦後賠償金を用意する前に、邪悪な呪術の影響で急死してしまった。タイミングが非常に悪かった。トルーラン将軍の言い掛かり『シュクラ・カスバは、邪霊信仰の城砦である』を証明する形となってしまったほどに。
二つの大国に挟まれた現代、国境地帯に位置する少数民族の諸国は、独立を維持するのは不可能である。交通状況に応じて、亀甲城砦に属する諸国、帝国に属する諸国に分かれているのが現状だ。だが同じ国境地帯の近隣の諸国との関係は、宮廷社交を通じて、すこぶる良好。たまに、貴重すぎる平坦な土地の争いで、揉めることはあるが。
先だって帝国に属したオリクト・カスバは、帝都宮廷で相応に有力な地位を築きつつ、亀甲城砦とも上手に交流している。地理・交通圏でいえば帝国の側のほうが割合に便利だったシュクラ王国は、それを手掛かりにしたと、生前のオババ殿から聞いている……
…………
……目の前に居る彼らは、悪い人では無い。
広大な砂漠や、延々と引いて来る灌漑水路が頼りの脆弱な穀倉地帯を抱える帝国の住民として、帝都のみならず周辺地域をもうるおす両大河のひとつ「ユーラ河」水源の確保と安定は、切望するところだっただろう。
番外皇子セルヴィン殿下や、皇弟リドワーン閣下に至っては、過去の因縁の犠牲になった側であると承知しているものの。
倫理から外れていることは百も承知だが、従兄ユージドと同じように、帝国を滅ぼして何もかも――という風に振り切ってしまえば……楽、だ。
気分を落ち着けるため、ちょっと意識を飛ばして、置き物になるアルジーであった……
ボンヤリと……時事情勢について、老魔導士と鷹匠ビザンの、静かに話しつづけている内容が聞こえて来る。
「東帝城砦について、怪しい懸念……というよりは疑念が、新たに出て来たと聞いとる」
「新しい領土を得たというのに、帝国の財務部門が不審を覚えるほど税収に変動が無い、それどころか少なくなったという告発ですね。真偽不明ということで却下された様子ですが」
「帝国皇帝の派閥への賄賂や上納金のほうは、順調に増量しているとのことで、国税局のほうでも、あえて徹底的に改めようという奇特な役人は出ておらんしな。あの財務部門の文官ドニアス殿も、何かつかんだところで、上に報告するとは思えんのう」
…………
……程なくして。
戸惑った様子の護衛オローグ青年とクムラン副官、鷹匠ユーサーが、やって来た。
――オーラン少年は居ない。また、だ。相変わらず潜伏中らしい。
そして、3人そろって変な雰囲気。もしかして……と、ピンと来る、アルジーであった。
朝食を済ませて談話室に入って来たセルヴィン少年とリドワーン閣下も、気付いたくらいだ。




