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夜の宴の表と裏、そして(後)

アルジーの霊魂は、いつしか……遊離していた。


いずことも知れぬ虚空を、霊魂アルジーは、小型の帆掛船ダウに揺られていた。


全体が純白の帆掛船ダウ。船首の彫刻は、鳥の形をしている。さらに見れば、帆が、見覚えのある空飛ぶ絨毯――《鳥舟アルカ》だ。


漕ぎ手は居ない。精霊魔法《鳥舟アルカ》の力で、此処まで来ていたみたいだ。


底の底まで透けて見えるほどの、透明度の高いエメラルドグリーンの海。南洋の何処か……らしい。


それとも、三途の川なのか。三途の川にしては、昼日中のように明るい印象だ。


エメラルドグリーン色の明るい海に対して、空のほうは、闇よりも深い、夜の色をしている。


まるで……「千と一つの夜と昼」のような光景。


行く手には、奇妙に《精霊亀》に似た形の、中央部がドーム状に盛り上がっている島々が……パラパラと散在している。


いずれの島々も、こんもりとした樹林に覆われている。島の周囲に、エメラルドグリーンの波が寄せては返し、数えきれないほどの無数の波紋がきらめいていた。


エメラルドグリーンの海の上には、巨大ハマグリ貝が三々五々と漂っていた。100人ほどは乗れそうな、規格外の大きさ。パカリと貝のフタを上げて、波に乗って、ユラユラと移動している。


――何かを運んでいるところらしいが、それが何なのかは見えない。


数多くの《水の精霊》の気配は、感じるけれど。《水の精霊》は基本的に透明だから、普通には見えないのだ。


そして、空飛ぶ白い絨毯《鳥舟アルカ》の帆を掛けている船は、アルジーを乗せている帆掛船ダウだけだった。


ユラユラと漂っているうちに。


遂に、散在する中の、ひとつの島に、帆掛船ダウが漂着した。砂浜のうえに乗り上げる形だ。


アルジーは、不思議な畏れを感じつつ……そっと、上陸した。


足元に広がる、純白の砂浜。


砂浜と思ったものは……しゃがんで、手に取ってよく見ると、違う。螺鈿のように虹色にきらめく、細かな細かな六角形の、無数の欠片だ。


――《精霊亀》甲羅に由来する砂。《精霊亀》の島……?


ここは夢の世界なのだろうか?


波が打ち寄せる砂浜に沿って、マングローブ林が広がっている。幹から放射状に延びた何本もの根が、真っ白な砂浜の下の深くへと沈み込んでいた。さらに奥へ進むと、トロピカルな珍しい植物の数々。


島の地形の全体が、巨大な《精霊亀》を思わせる。


トロピカルな木々の間を透かして……中央部のドーム状をした山肌に、《精霊亀》甲羅そのものの模様が走っているのが見える。


――あの不思議なドーム状の、螺鈿細工みたいにきらめく丘……山の頂上には、何か、あるのだろうか?


少しの間、呆然と佇んでいると……近くのトロピカルな木々の間から、ポポポンと10数羽ほどの白文鳥《精霊鳥》が出て来た。


『あ、居た、来たよ、アリージュが』


みな同じように見える白文鳥《精霊鳥》だが……アルジーは即座に、相棒の姿を見付けた。


『……パルッ?』


思わず、手を差し伸べる。パルが、いつものようにピョコンと止まり「ぴぴぴ」とさえずった。


『おめでとう、アリージュ、2枚目《白孔雀の守護》が到着したよ』


パルの同族の白文鳥10数羽ほどが、後ろのほうで、白孔雀の尾羽そのものの純白の構造体を、一斉に掲げていた。大型ドリームキャッチャーに吊るすのに相応しい、堂々たるサイズ。


先端部分のいわゆる「目」のところは、銀月の色にきらめいている。


『私、大丈夫だったの? どういうこと……?』


相棒パルと、その仲間たちが、口々にさえずり出した。


『たまたまだけど、金融商ホジジンが欲をかき過ぎて、黄金《魔導札》への不正な相乗り可能な範囲を超えて、要求を上積みしたからだね』


『そうなの。「おひとり様おひとつ限り」のところを、「おひとり様おふたつ」も要求したから、精霊界の異次元の対称性が崩れたの』


『揺らいだ一瞬に、アリージュが強烈に殴り込んだから、対称性の破れが「アル・アーラーフ」まで届いたんだよ』


……相当に難解な言い回しが入っている。とにかく、金融商ホジジンが欲深すぎたせいだ、という事なのだろう。オババ殿なら理解できるだろうけど。


『分かったような、分からないような……?』


『カムザング皇子や、金融商ホジジンが買い取って利用していた《魔導》攻撃系の小道具は、大自然の理に反して、本来ありえないことを実現する代物なのね。だから、それと同じくらいの反作用でもって、何が起こるか分からない、というところがあるんだよ』


『火吹きちゃんも、「港町で入手したというアヤシイ媚薬や、黄金《魔導札》が、どの方向へ作用するか不明」って、言ってたでしょ』


アルジーは少しの間、セルヴィンの相棒《火吹きネコマタ》との会話を、つらつらと思い出し。


『……私が皇帝へ色仕掛け……みたいなことするっていうのは、精霊の目から見ると、綱渡りというような感じ……だったの?』


『ものすごい薄氷を踏むような作戦だったよ、ピッ』


『ヘタしたら、異次元の扉が破れて、大変身してる「邪眼のザムバ」が出現しかねなかったから。結果的に《骸骨剣士》が余分に沸いたくらいで済んだよ、ピッ』


『ホジジンの無茶苦茶な要求の間、大宴会場は、釣られて出て来た《三ツ首ネズミ》と《三ツ首コウモリ》と《三ツ首サソリ》で、すごいパニックになっちゃった。あとで、いろいろ聞けると思うよ、ピッ』


『ギリギリだったんだ。ホジジンの余計な行動が、さらに危機を上積みしていた訳ね……』


アルジーの呆れ気味の呟きに応じて、トロピカル木の枝に並んでいる10数羽ほどの白文鳥《精霊鳥》たちが、一斉に、ピョコン、と頷いた。


『そう言えば、ここは何処なの、パル?』


『前に話してた南洋の《精霊亀》の島だよ。2枚目の白孔雀の羽が、特別にアリージュを連れて来たんだね。物理的実体を支えるには、まだまだ弱いけど、往復のための二重の筋道が確立したから』


『ここが、《精霊亀》の島……』


呆然として、改めてキョロキョロするアルジー。


真夜中の闇よりも深い、あの千夜一夜の虚空を思わせる――静かな、藍色の天空。どこまでも透明で明るい――エメラルドグリーンに輝く海。時に螺鈿のようにきらめく……純白の砂浜全体が、《精霊亀》甲羅の欠片。


それでは、島の中央部にあるドーム状の盛り上がりは、《精霊亀》の、大きな大きな甲羅なのだろうか? あそこまで大きいと……神話伝説に聞く万年《精霊亀》であっても、不思議では無い。


もと来た方向に広がっている砂浜には、まだ、此処までアルジーを乗せて来た真っ白な帆掛船ダウが、乗り上げたまま停泊している。空飛ぶ魔法の白い絨毯《鳥舟アルカ》は、相変わらず――帆を高く張りつづけていた。


――間もなく出航するのだろうか? そんな雰囲気だ。


白文鳥パルが、傍の木の枝の上でピョンピョン跳ねながら、テキパキと語り掛けて来た。残り時間があまり無いらしいことが窺える。


『ラーザム事件を解決したら、次は、ジャヌーブ南の廃墟へ突撃だよ、アリージュ』


『何となく、そんな気はしてた……やらかしちゃったし……』


ふうと溜息をつき、苦笑いするアルジーであった。


『うん、分岐の事象を開いて結んで、行ったり来たりするから……3枚目も大変になるけど、頑張ってね。アル・アーラーフへ行く前に、《人食鬼グール》異常発生の原因を突き止めて封印しておくの。自然現象そのものは止められないけど、異常発生が激化してゆく原因を早く封印しないと、超古代のような《魔境》が復活して、強大化して、世界の均衡が崩れてしまうから』


フムフムと頷き、気を引き締めるアルジー。


『超古代のような強大な《魔境》が増えてゆくと、《怪物王ジャバ》と化した「邪眼のザムバ」を退治するのも難しくなってしまう、という事だね。《雷霆刀の英雄》なんて、そうそう出現する存在じゃ無いし』


恐るべき《魔境》――《青衣の霊媒師》オババ殿から教わって、知っている。


超古代の頃は、ユーラ河の水源地域も、巨大化《人食鬼グール》や《八叉巨蛇ヤシャコブラ》が跋扈する魔境だった。豊かな泉をいくつも抱えていたので、その分、過酷な土地だったという。


土地によって事情は異なっていて、特にユーラ河水源では、《水の精霊》・《風の精霊》と協力関係を築けなかった民族は、次々に《人食鬼グール》に狩られて《怪物王ジャバ》の食料にされ、断絶していた。両大河ユーラ・ターラーの出逢う地域――いまの帝都周辺――では、《火の精霊》と協力関係を築けなかった民族が、餌食にされやすかった。


そして、神話伝説の『雷霆刀の英雄』や豪傑の仲間たちが出現し、《怪物王ジャバ》を退魔調伏した頃。


その大事件と同時並行して、いま《地霊王の玉座》として知られる巨大な山脈が、ものすごい勢いで隆起した。辺り一帯が急峻な山岳となり、《精霊の異次元の道》にも変動が生じた。


ユーラ河水源の一帯で精霊と邪霊との勢力均衡が整い、恐るべき《魔境》が急速に弱体化した。


完全に危険地帯が消失した訳では無いけれど、道中安全などといった精霊魔法の《護符》で、安全対策できるのだ。かくして、多くの少数民族を抱える土地になり、シュクラ王国を含む山国が、あちこちにできた。


安全な現代になっても、《地霊王の玉座》周辺では《地の精霊》への篤い崇拝が、周辺山岳では《水の精霊》・《風の精霊》への篤い崇拝が、つづいている……『雷霆刀の英雄』を生み出した帝都の皇族への、ひととおりの尊敬も……


…………


……ひととおり、知識をおさらいして。トロピカルな木の枝の上で《白孔雀の尾羽》を色々とひっくり返している、ふわもち白文鳥の群れを眺めつつ。


『あ、そうだ。パル。あの、白文鳥アリージュの身体のほう、また蒸発寸前まで行っちゃって……』


『もともと、アリージュの分身というか霊魂が分離してた一部だから、シンクロしたんだね。老魔導士が言ってたこと覚えてるでしょ』


『頭と胴体の霊魂は、分離してても、元の総体を覚えていて、その総体にまとまろうとする、とか?』


『そう』


――不意に。奇妙な直感。


『白文鳥アリージュは何処から来たの? もともと私の一部だった……ってこと?』


『いっぺんにアレコレ説明すると、混乱するから、少しずつね。何故、名前が同じだったのかというのも。7枚羽がそろった時に、分かるから』


やがて風が吹いて来た。


エメラルドグリーンに輝く海が波立ち、マングローブ林の木の葉が、さやぎ始める。


千夜一夜……闇よりも深い夜の、不思議な藍色をした天空を……偉大なる《白孔雀》の影が、音も無くスーッと横切ってゆく。


とても、とても、大きな鳥の影だ。長く長く尾を引く、荘厳な純白の尾羽。


純白の砂浜に乗り上げていた白い帆掛船ダウが、《精霊亀》の島を離れる。


……みるみるうちに、スーッと意識が薄れてゆき……


いつしか、アルジーは、帆走を始めた帆掛船ダウに横たわっていて……ボンヤリと直感していた。


ジャヌーブ砦の、あのカラクリ人形の中へ、戻されるのだ、と。


*****


アルジーの、あずかり知らぬところで。


帝国皇帝シャーハンシャーハニートラップ作戦に参戦していた《水の精霊》が……独自の精霊魔法を通じて、《青衣の霊媒師》オババ殿に経過報告をしていた。


古式ゆかしき「水晶占い」を通じての、遠隔のやり取りである。


水晶玉に満ちあふれた青い光を見つめながら、オババ殿は、最初から最後まで、口をアングリするばかりであった。


『それは本当なのかい、《水の精霊》さん?』


『我が一族に懸けて、青衣の霊媒師どの。《天の書》に記述が現れ、パル殿が管理している《白羽の水晶玉》にも変化があった』


オババ殿は、《天の書》という語句を耳に入れた瞬間、老練な霊媒師としての顔に戻った。思慮深い青さを帯びた薔薇輝石ロードナイトの眼差しが、キラリと光る。


『シュクラ王国の秘宝……白孔雀の尾羽を飾り羽とするドリームキャッチャー護符……なにか意外な珍事が上積みされたんだね?』


『アリージュが、最後のたまゆらに、帝国皇帝シャーハンシャーをガッツリ脅迫したのだ。その結果《天の書》において、想定外の、昼と夜の分岐が発生した。《白羽の水晶玉》に変化が生じた理由である。帝国皇帝シャーハンシャーが予期せぬ気まぐれで作成した命令書は、翌日の夜明けに公示されることが確定したゆえ、お知らせしよう』


そこで、《水の精霊》は水晶玉の中で、再び意味深に揺らめき……《火の精霊》が宣言した内容を復唱した。


『セルヴィン皇子は、次の国家祭祀の節句が来る前に、ジャヌーブ砦の長年の問題、すなわち《人食鬼グール》異常氣象の発生元となっている邪悪な神殿なり礼拝堂なりを、蹂躙し、殲滅せよ。人員および手段は問わぬ。成功するまで帝都帰還は認めぬ』


オババ殿は、絶句するのみであった。


『あの姫さんが、そんな天元突破な局面を、本当に叩き出したのかい。ジャヌーブ砦の、あの異常氣象の発生源には、色々な秘伝の謎が有るよ。ジャヌーブ近辺に白文鳥が渡らなくなった理由とか』


『つくづく、この世で最強のトラブル吸引魔法の壺を所有している。かの《火霊王》七大の御使い第一位が仰天する様子など、そうそう目撃できるものでは無い』


『そりゃまあ……《銀月の祝福》があって……あたしが手塩にかけて育てた《鳥使い》の姫さんだから……ね?』


『かのパル殿が、銀月アリージュとの精霊契約に乗り出すのも、納得である。じきに成立するであろう。いつものように、精霊界の制約の範囲外にある《鳥使い姫》の事跡については、鷹匠ユーサー殿と連携可能である』


『すぐにでも、そうするつもりだよ。あたしゃ此処から動けず、見守ってるだけしか出来ないからね』

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