夜の宴の表と裏、そして(前)
――《魔導》カラクリ人形アルジュナ号が、帰還した。
医療区画の一角――老魔導士フィーヴァーの詰める部屋へ、覆面ターバン少年オーランに付き添われて。
覆面ターバン少年オーランから借りた、特徴の無いマントをベールとした姿だ。
三日月の姿をした銀月が、すでに没した後で……カラクリ人形の表面を覆っていた生身リアルな幻影は、スッカリ消えてしまっている。見るからに、人工物が、ギクシャクと動いているという風だ。
言わずもがな初めて見る羽目になった、リドワーン閣下と鷹匠ビザンは、驚きの眼差しをして固まっていた。
ちなみに、鷹匠ユーサー、護衛オローグ青年、クムラン副官は、まだ大宴会場のほうで虎ヒゲ・マジードなどと共に、《骸骨剣士》討伐の後始末に駆り出されているところである。
やがて、さらに困惑する状態が発生していた。
アルジーの意識が、白文鳥《精霊鳥》へ移行できなかったのである。
スッケスケの輪郭線のみだった白文鳥《精霊鳥》の身体は、セルヴィン皇子によるエネルギー補給と、リドワーン閣下による引継ぎの甲斐あって、半透明というところまで回復していたのであるが。
老魔導士フィーヴァーは、『霊魂と幽霊の挙動に関する呪術概論』なる古書に目を通しつつ、或る程度――診断をくだしていた。
「白文鳥《精霊鳥》の物理的な身体が、再びの憑依を受け入れられるところまで回復しておらん。どうしたものかのう」
老魔導士フィーヴァーは、グシャグシャに乱れた人工銀髪や、身体に塗り込めるための香油がべったり付着した痕跡を眺め、困惑していた。
「抱きつかれたりしたようじゃが、それだけじゃな。それ専用の交換回路に『要・交換』サインはちっとも出ておらんし、何の変化も見られんから明らかじゃ。とは言え、憑依しているのは姫君じゃ。このカラクリ人形の手入れ掃除は、女性スタッフに任せたほうが良さそうじゃな。この香油に邪霊の成分が有るかどうか、分析して確認してみよう」
かくして。
深夜手当でもって、白鷹騎士団の清掃スタッフから、一人の女性が派遣されて来たのだった。騎馬も可能な軍装で、ベール姿ながら女騎士といった風である。
アルジーは恐縮して、ギクシャクと頭を下げた。
「オテマ、オカケシマス。ノド、アマリ、ウゴカセナクテ、ヘンナ、コエ、デスガ」
「いえいえー。こんな不思議な体験、後にも先にも無いですし! 自動機械って、鉱業では割と見るんですよ。有毒ガス坑道に入る「ムカデ型」とか、海底資源や沈没船のサルベージ調査「カニ型」とか。専門の《魔導》工房で生産されてますけど、こんなに精巧で、人型なの、初めて見ましたわ。あとで女官仲間に、いっぱい自慢しますわ!」
「承知しているだろうが、サーラ君、ここで見聞きしたことは許可あるまで口外はできない。かねてから周知されている、老魔導士どのの作品以外は」
「了解です、ビザン殿。沈黙の誓いを立てますわ」
鷹匠ビザンが慎重に選び抜いただけあって、少し先輩の世代の、気が利く女性だ。聞けば、清掃スタッフとして参戦する前は、シャヒン・カスバの宮廷女官・兼・女騎士を務めていたという。
シャヒン王が白鷹騎士団の団長を兼務しているので、こうした配置転換は珍しくない。シャヒン・カスバに固定されている宮廷に対して、白鷹騎士団の中は、遊牧移動していった先の野営地に設けられた、簡易宮廷のようなものになっている。
宮廷女官ならではの手際よさで、手入れ掃除は順調に進んだ。
カラクリ人形の腕や脚を取り外して特製の洗剤で洗った後、それを元通りハメ込む、といった作業である。
人工銀髪を洗髪するため、人形の頭部が胴体から取り外された時は、構造をよく知っている老魔導士フィーヴァー以外の全員で、ギョッとする羽目になる、という有様であった。
「何とも不思議なことだが、頭と胴体が離れている間、憑依している人物の意識は、どこにあるのだ?」
談話クッションに落ち着いたリドワーン閣下が、神官らしい研究心を見せて首を傾げた。その横で、リドワーン閣下の護衛を務める鷹匠ビザンが、混乱しきりの顔で座り込んでいた。半分、腰が抜けている雰囲気。
「理論上は、頭部に頭部の意識が有り、胴体に胴体の意識が有ることになっておる」
怪奇ホラーそのものの光景に青ざめて震えるセルヴィン少年と覆面オーラン少年を尻目に……飄々と受け答えする、老魔導士フィーヴァーであった。
「頭と胴体に分かれた場合、それぞれの意識は、それぞれの流れで別々に動く。だが、命の炎を有する種族として、先祖代々の霊魂の総体を継承しているゆえ、その台座となる物理的肉体に欠損が生じた場合、それは可能な限り修復される。修復が及ばぬ各部では、幻肢などといった超感覚現象を引き起こす。そこが、単なる機械や集合体と違うところじゃよ。バラバラになった《骸骨剣士》が、元の総体を覚えているのと一緒じゃ」
そこまで説明した後、老魔導士フィーヴァーはモッサァ白ヒゲを撫でながら、談話室の一角を振り返った。
カラクリ人形アルジーが、水桶の中に頭部を入れられて、銀髪を洗髪されているところである。
人形の胴体のほうは、水気を取るための大判のリネンタオルを巻かれた状態で、談話室に並ぶクッションのひとつに腰かけている格好だ。
「首元の《人食鬼》裂傷が深く入っておった。《鳥使い姫》。霊魂というのは、損傷によって失われやすい物理的肉体に比べて、相当に融通が利く構造体じゃ。ワシとしては、頭部の霊魂と、胴体の霊魂に分かれた可能性もあると考えておる。あるいは、もっと多数の断片に。そうでなければ、霊魂の分裂現象としての『黙示』は、なかなか生じにくいものじゃよ」
――確かに。
思い当たるところはある。《地の精霊》が『白孔雀の7枚羽は人体と霊魂の修復にかかわる要素』と言っていた。
アルジーの「同意」と頷く仕草に応じて、首の無いカラクリ人形の胴体が、首回りのあたりをヒョコリと動かした。首のうえに、目には見えないが、明らかに頭部の霊魂が乗っている状態。
再び、後ろのほうで、セルヴィン少年と覆面ターバン少年オーランが震えあがった気配。
女性スタッフは、少女時代の人形遊びの延長なのか、ウキウキとした様子。程なくして人工銀髪の洗髪と、そのタオルドライと、くしけずりが終わる。
カラクリ人形の頭部は、洗濯物を干す時の流儀に従って……ドリームキャッチャー護符と一緒に、スタンド式ハンガーに吊り下げられた。
頭部からの、霊魂の憑依はスッカリ抜けている状態だった。それは完全に人工物であった。動かない人形ならではの生気の失せた目を、パッカリ開いたままだ。
首と胴体に分かれている状態であっても。霊魂が憑依しているほうのカラクリ人形の胴体は、本当の人工物である時のカラクリ人形に比べると、どこか生物らしい気配が漂っていた。
カラクリ人形の、首の無い胴体は。
明らかに寝ぼけている動きで――疲労困憊と言わんばかりに――もぞもぞとリネンタオルの奥へと潜り、眠っている姿勢に移行していた。かの酒姫をモデルとした男性型人形の筈だが……明瞭に、あどけない少女っぽさが漂っている、という雰囲気であった。




