フェンの独白2
招待状がいくつか来ていた中から、ひとつの夜会を選んだ。大きすぎず、小さすぎずでマグリットをお披露目するのにちょうどいい。
まずは王太子に協力を頼み、カフィアにも後押ししてもらって本人の承諾を得た。カフィアは見定めるような質問をしてきたが、正直に答えたらお眼鏡に適ったようだ。
渋るマグリットが気負わないよう他を断るためと言ったが、一応嘘ではない。もうすでに断っているだけだ。王太子はそれがわかっていたようで、呆れた顔をしていた。
次いで彼女の実家に連絡し、自ら訪問した。取引がある領地とはいえ、急に上位貴族の子息が訪ねて来て先方はワタワタしていたが、時間があまりないので仕方ない。ここへは急いでも二日かかる。
「先にお手紙でもお願いしましたが、マグリット嬢に夜会のパートナーとして参加して欲しいのです。許可を頂けますでしょうか」
「はあ…。大変有難いことですが、何故、娘なのでしょうか。あの子は今、王宮で侍女をしているはずですが…」
彼女の父親は恐縮しながらも、疑問をぶつけてきた。
「ええ、王太子殿下ご夫妻とは昔から付き合いがありまして、そのご縁でマグリット嬢と知り合ったのです。何事にも一生懸命で、大変可愛らしいお嬢さんです。出来れば今回だけでなく、今後もお付き合いさせて頂きたいと思っています」
父も僕も、社交界では女性にだらしないイメージを持たれがちだ。手紙や使者だけでなく自ら赴くことで、真面目に交際を考えているとアピールする。王太子夫妻のお墨付きであることもそれとなく匂わせておく。たとえ王太子でも、使えるものは使うのだ。
「そうですか。……娘はあまり目立つことが得意でなく、学園ではあのようなこともあったので、好きなようにさせてあげようとそっとしておりました。本人が了承したのであれば、貴方と出席したいという気持ちがあるのでしょうから、お任せしたいと思います」
「ありがとうございます」
マグリットとよく似た、茶色の真摯な瞳がこちらを見ていた。娘を大事に思っていることが伝わってくる。この瞳に応えなければならない。
ドレスを送るか聞かれたが、もちろんこちらで用意すると申し出た。実はもう仕立て屋には声をかけていて、今頃採寸に行っているはずだ。
色の指定もしてある。まだ婚約してはいないのであからさまに自分の色は使えない。それでもどこかに紺と金を入れて欲しいと頼んだ。
メインの色は淡いグリーンだ。マグリットといると、柔らかな木漏れ日の中にいるような優しい気持ちになれる。そんなイメージで仕立ててくれるように注文した。
当日の準備はメルたち公爵家のメイドに頼む。僕がずっと一緒にいたい人を見つけたと言ったら、彼女たちは涙ぐみながら良かったですねと喜んでくれた。
特にメルは僕が家族を欲しがっていたのをよく知っているから、お嬢様には是非とも気に入って頂かなくてはいけませんねと張り切っていた。何を気に入るのだろう。化粧の技術とか?と聞いたら、
「私たち使用人をですよ!使用人を取り纏めるのは奥様の役目ですからね」
と気の早いことを力説していた。今そこまで言ったら引かれるんじゃないかな。心配だ。
ちなみに、彼女の元婚約者、宰相のバカ息子についても調査した。彼女が綺麗になったからって、また出張って来られても困るからね。何をするかわからない奴を野放しにしていたら大変だ。
結果は杞憂だった。宰相殿は次男に家を継がせることにして、長男である奴は領地で弟のサポートにまわるという。しっかり教育し直して、監視を付け、今では真面目に領地経営を勉強しているそうだ。
平民の少女は跡継ぎでなくなった男に興味を失ったらしく、もうすでに別の恋人がいた。なんだい、全然『真実の愛』なんかじゃなかったじゃないか。
そうやって抜かりなく準備をして、告白する予定だった。
なのに当日は綺麗に着飾ったマグリットをチラチラといやらしい目で見ている男たちはいるし、妬みや嘲りの視線を向ける女たちはいるしで、彼女が嫌な気分になっていないか気になって仕方なかった。
さらに追い討ちをかけるように、先日商談した貴族に話しかけられてマグリットを一人にしてしまった。
その隙にあんなことになるなんて。
ルミフ侯爵令嬢とは接点がなくて、まだ直接話したことがなかったから変に期待を持ってしまったらしい。
チーフの色って…ちょっと無理矢理じゃないかな。揃いのドレスを着て入場したマグリットを見ていなかったのだろうか。
抱きつかれても全然嬉しくなかった。それどころか、なんで彼女じゃないんだと不快に思う。今頃、ダンスを踊って告白しているはずだったのに。
しかもホールに戻ったら彼女がいない!近くにいた人に聞いたら、三人の令嬢に囲まれていたって?焦って探すも、屋敷の使用人に先程帰られましたと伝えられて…。僕は絶望した。今回は告白すらさせてもらえないのかと。
彼女を王宮へ送り届けた御者は、本当に具合が悪そうに青い顔をしていたと言った。ついさっきまで、僕の贈ったドレスを着て、嬉しそうに笑っていたのに。
話を聞きたくても、体調を崩しているなら無理に押しかけることはできない。数日待ってみたが、仕事が忙しく時間が取れないと伝言があっただけだった。このままではいけない。ここでうやむやにしてはいけないと、僕の中で警鐘が鳴っていた。
僕はまたしても王太子の力をフルに使い、なんとか誤解を解いて彼女と恋人になることができたのだった。
現在、僕は可愛い恋人と休日デートをしている。街を歩き、食事をし、綺麗な景色を眺めて、ここぞというタイミングで隠し持っていた指輪を出すんだ。
指輪は過美でない、でも彼女の好きそうな、デザインに凝ったものだ。また職人に急がせてしまった。だって時間をかけすぎて、彼女の気が変わったら困るしね。
彼女のためなら何でもしてあげたいと思う。『真実の愛』は、やっぱりそういうものなんだね。
けれど彼女は周りの人も幸せであることを願う人だから、僕も独りよがりなことはしないよ。
君と一緒の温かな日常が、この先もずっと続きますように。
ここまで読んで下さってありがとうございました。