21 魔法の対人戦
ロニエはエイナとサリエルに頼んで、避難誘導を含め、もしも敵と遭遇した場合は戦ってもらうことにした。
それには二人とも二つ返事で承諾した。
最後に開いては魔法を使うということを伝えると、驚いたような表情をしていたが、そんな冗談みたいな話も二人は信じてくれた。
そしてロニエは二人と別れ、ロニエに匹敵するほどの魔力の相手の所に向かう。ただ、その人たちは全員バラバラに散っていて、一つ一つ対処するしかない。
その数は全部で三人。
この三人に限って言えば、魔法が使えなくては対処がとんでもなく難しい。
(だから、私が相手をする。魔女さん、聞こえてますか)
「聞こえてるし、見えてるわよ」
魔女はずっとロニエの中からロニエの近くを通して世界を見聞きしている。
「ようやく来たわね。準備時間が足りたかどうかは微妙なところだけど……」
「そこは何とかします」
「そうね。私はここからは何もできない。精々指示するくらいしか。ロニエ、あなたをサポートするから、あなたは思い切りやりなさい」
「わかりました」
ロニエは人の波から避けて、スムーズに一人目の所へと向かう。
徐々に人混みが少なくなってくると、今度は謎の黒いローブを着た人たちが現れるようになった。
その姿を見て、ロニエはすぐにこれが敵だとわかった。
その敵たちは襲っては来るが、それでも隊列のようにきっちりと揃っていて、魔法の発動もタイミングを合わせることで秩序のある攻撃となっている。これが侵入者の攻撃となれば、それは慌てるのも無理はない。
しかも、ここにはほとんどはまだ冒険者になってもいない十代の少年少女ばかりだ。
誰も、こんな突然の事態に対応できない。
「魔女さん、行きます!」
「了解。この程度の奴らなら一瞬で終わらせて」
「はい」
ロニエは意気込んで、走る速度を上げる。
逃げていく人混みとは違い、たった一人で向かってくるロニエに黒ローブの人たちは一瞬戸惑った様子だったが、すぐに隊列を組んで、タイミングを合わせて魔法を放つ。
それらはすべて火の玉。
数十の火球がロニエへと迫る。
ロニエは急ブレーキをかけて、地面に手をついて魔法を発動させる。
「壁よ!」
すると、ロニエの前に火球を遮るように土の壁が出現し、そこに全ての火球が命中した。
数十の魔法を受けても、壁は崩れることも、ひびが入ることさえなく、黒ローブたちの攻撃を難なく防ぐ。
ロニエが魔法を使い、しかもそれが自分たちの魔法をすべて防いだことで、今度こそ黒ローブたちは決定的に狼狽えた。
そこから持ち直すにはいましばらく時間がかかる。
その時間を見過ごすロニエではなかった。
「あなたたちに構っている暇はないの!」
ロニエは壁から前に飛び出し、剣を抜くと、その剣に風を纏わせる。
「空気の刃よ!」
ロニエの手元がひらめき、黒ローブたちの目では負えない速度で剣が振られ、それと同時に風の刃が彼らを襲う。
混乱しているところにいくつも放たれた不可視の刃に対処するすべはなく、黒ローブたちは次々と切り刻まれて行く。
最後にロニエは通り抜けざまに風の刃から逃れた数人を直接剣で切り伏せると、そこから速度を緩めることなく、本来の目的へと向かう。
「初めての魔法戦闘にしては上出来じゃないの」
「一応、魔獣とかで練習はしたから、それと同じ感覚でできましたが」
「それでも人と魔獣は違うからね。それなのに、あれだけ出来るなら、この後も普通にやれそうだね」
「でも、別格の人たちがいますけど……」
「それはそれ。とにかく、今は先に準備運動ができたんだから、それで良しとしましょ」
「はい」
数十人の人間が準備運動ということなのだが、そこに全く違和感を持たなかったロニエだった。
「それにしても、黒ローブっていかにも怪しいですよね?なのに、どうしてこうも白昼に堂々と学院の中に入れたんでしょう?少しおかしくないですか?」
「言われてみればそうね。侵入しているのは軽く百人はいるでしょ?そんな数をこんな昼間に。侵入する前はバラバラで潜伏していたとしても、その時になれば相当怪しいわね。そう簡単に侵入も難しい。どういうことかしらね?」
「魔女さん。姿を消す魔法とかってあるんですか?」
「ある、と言えばあるかな?でも、正確にはあったということだけね。今では絶対に使えない魔法なのよ」
「あれ?そうなんですか?でも、使えないっていうのは?」
魔法を生み出した魔女なのだから、魔法なら何でも使えそうなものだが。
「これは誰かでないとダメとか、そういう話じゃないのよ。私を含めて、現代では誰も使えなくなってるのよ」
「その理由というのは?」
「昔は大気中に存在する魔素、つまりは魔力の元ね。それが現代よりもとても多く、そのおかげで魔法が使えていたのよ。例えば、酸素が多くある場所では火が良く燃える、という感じで、魔法では魔素が酸素、魔法が火の役割になるの」
「なるほど」
「でも、今では魔素がかなり薄くなってるから、強力な魔法が使えない。だから、単純な魔法しか使えなくなっていて、姿を消す魔法なんて言うのは、絶対に使えない」
「……もしかして、人々が魔法を使えなくなったのは、その魔素が薄くなったせいですか?」
「そうね。昔、私はその大気中の魔素の量を自力で調節していたから、ある一定水準まで保てたの。だから、魔力がホントにごく微量の人たちでも魔法が使えるようになった。でも、私が死んだから魔素の調節ができなくなり、魔素は薄まり、そして人々は魔法を使えなくなった。ごく少数で使えたのは、元から体内に大量の魔力を持っている人だけ。それが魔女信奉団体に集中したのは、大した皮肉だけど」
「笑えないですね。それで今こんな状況になってるんですし、どうせなら全員が使えなくなればよかったのに」
それがロニエの切実な考えだった。
魔法さえなくなれば、魔女信奉団体など大したものではないことくらい、話を聞く限りではわかる。魔法に特化しているからこそ、その魔法がなくなれば、戦うことなどできないのだ。
「魔女信奉、って言うくらいだから、彼らが欲してるのは魔女なんでしょうか?」
「わからないわ、でも、もしかしたら、彼らは何かしらの方法で私がこうして意識を取り戻していることを知ったのかもしれない。第一、こんなにピンポイントであなたのいる学院に攻め入ってくるなんていうのは、偶然とは言い難いわ」
「そう、ですね……」
本当に彼らの目的が魔女であり、魔女の転生体であるロニエなのだとしたら、この事態を巻き起こし、皆を巻き込むことになったのはロニエである可能性があるのだ。
そう考えると、ロニエはつらくなった。
今、皆を守るために行動しているのに、その行動すらロニエがここにいなければ必要のなかったことなのだから。
「ロニエ、そこで自分を責めるのは違うわ」
「で、でも……」
「責められるべきは私。彼らの目的も、最終的に言えば、私の力でしかないのだから。すべての原因は私。断じて、あなたではないわ」
「……でも、私がここにいなければ……」
「いいえ、逆よ。他のもっと違う場所にいても、ここほどセキュリティが厳しいところはあまりない。ここにいたから逆に良かったのよ。ここにいたから、あなたの友だちや仲間は、危険が最小限で済むの。わかった?今は敵の撃退が優先なんだから、そっちに集中」
「……はい!」
ロニエは再び気を引き締めて、走っていく。
徐々に迫る魔力の圧を、体中に感じながら。




