20 いい日
今日は一日だ、とそう思ったのはロニエだけではないはずだ。
それは別に大したことのない、ただの日常的な一日、そんな日々が何故かロニエにはそう思えてしまった。その日起きた朝に、何となくロニエはそう思ったのだ。
サニエルやエイナにも聞いてみたら、同じような答えが返ってきて、それが不思議だった。それでもそれはそれでいい日、と思えたのは、ひとえに友だちと言う存在で、彼女たちと一緒にいることが、ロニエには楽しい日々だという認識があったからだ。
今日はいい日、なんて思って、それで何か変わっていたかと聞かれたら、ロニエはそれには答えることができない。実際に、何もなかっただろう。
登校もいつも通り、学院の授業もいつも通り、昼食もいつも通り。
このままいつも通りが重なり、放課後になり、そして夜になり、明日になると、それは当たり前のようにいつも通りだ。
それが良い日か、と聞かれれば、否定はできないが、それでも頷くことはロニエにはできなかった。
いつも通りの日々が悪いことであるはずがなく、理屈の上では何もなく穏やかな日は素晴らしいものなのだから、それは良い日と言えるかもしれない。
しかし、それでも人情というものがあり、人は多くの新しいことを求めてしまうため、その分、いつも通りを当たり前として、当たり前が幸福だということに気付かない。
理解していても、気付くことができない。
知っている、と気付いているは全く違うことなのだ。
そんな日だった。
昼食を終えて、いつも通り友だちと話をして、もうすぐ予冷だから教室に戻ろうという話になった時だった。
そのいい日、というのが、あくまで限定的であり、その後に起こることと比べたら、確かにいい日だったのだと、実感できてしまうのだ。
♢♢♢
突如、学院内にベルが鳴り響いた。
耳をつんざくようなその音に顔をしかめる者、驚く者、そして転んでしまう者。人が数多くいる食堂内では、それは一種のパニックになるほどだった。
そして、それはロニエたちも同じ。
「一体、何なんですの!?」
「こんなことって、今までなかったよね?」
「なんかおかしい」
三人して、状況が全くわからない状況で、しかも食堂内は混乱。おそらく、それは他の場所でも同時に起きている混乱だ。
何が起きているのかはわからないにしても、そのベルの激しい音から、良くないことの予感が全員を包んでいた。
しばらくして、ベルは鳴りやんだ。
その後に、誰か教師の言葉がある者だと食堂内は静まり返った。こんなことがあった以上、何かしらの説明があるのだろうと思っていた。
だが、何も起きない。
音が聞こえない。ただ静まり返った食堂に、沈黙が広がる。
すると、徐々に生徒たちの緊張の意図がほぐれ、あのベルは誤作動だったのだ、という認識になり、乾いた笑いが広がっていく。
その中で、エイナとサニエルもホッとしているような様子が見受けられた。
「ふう~、ビックリしましたわね」
「うん。ちょービックリ」
「エイナさんは相変わらずそんな様子ですわね。わかりづらいですわよ。ロニエさんはどうでー」
どうでしょうか。
そう聞こうとしたエイナに目に映るのは、血の気が引いたような表情をしているロニエの姿だった。
ただ事ではないとすぐにわかったエイナは、必死にな形相になる。
「ロニエさん、大丈夫ですか!?」
肩を揺さぶりながらロニエに問いかけるが、反応はない。
ただ揺れるだけの体。力が抜けているようだった。
「どうかした、ロニエ」
サニエルも心配になり、問いかける。
「……げ……て」
「どうかしたんですの!?」
「に、げて……」
「ロニエ?」
顔面蒼白のロニエが、次の瞬間、大きな声で叫んだ。
「みんな、逃げて!!」
それと同時だった。
食堂の窓ガラスが全て、一斉に砕け散ったのは。
「「「「「キャアアアア!!」」」」」
数多くの叫び声が上がる中、吹き飛ぶガラス片は生徒たちへ迫り、各々で身を庇い、怪我をしないようにしている。
その最中にも、ロニエはその耳で食堂だけでなく、学院全体で同じようなことが起きていることがわかった。
こんなことが、こんな非常識なことが起こりえるなど、誰も予想はできない。
ロニエもただ嫌な予感がしたから、叫んで逃げるように言ったのだが、それでも確証はなかった。
幸いなことに、食堂内に大きなけがをした人はおらず、精々がガラス片で皮膚を薄く切った程度だ。
その場でおろおろとする生徒たちは、各々で動き始めようとしていた。
最初の窓ガラスの破砕は反応できてはいなかったが、それでも冒険者学院に通う生徒。ある程度は肝が据わっている。
だが、それはこの場では正しい判断とは思えなかった。
この現象が、自然に起きたなどと言うことはあり得ない。
ならば、その原因が、人為的なものがあるはずだ。
そこまで考えれば、この学院が何かの襲撃を受けた、と考えられる。
それは荒唐無稽で、突拍子もない戯言と言われるかもしれない。しかし、それでも常識が抜けきっていないような考えで思考するようでは、突然に事態に対処できない。
ロニエはこの場で、警戒レベルを引き上げることにした。
「エイナ、サリエル、大丈夫?」
ロニエと同じようにガラス片から身を守った二人の友人に、ロニエは確認する。
「えぇ、大丈夫ですわ」
「こっちも大丈夫。ケガはない」
「そう、よかった」
ロニエはひとまず安心して、この場の状況を考える。
最悪の場合が何者かの襲撃を受けているということ。可能性の話ではあるが、それが一番高いような気がロニエにはしている。
ならば、最悪の場合のそれに対処して動く方が賢明だ。
「二人とも、動ける?」
「問題ないですが、どうするつもりですの、これ?さすがに非常識が過ぎる事態ですが」
「そうだね。動くにしても、これはパニックが起こって、二次災害になる可能性がある」
「二人が冷静なところは、私はほっとしているけど……そうだね。これは少しまずいけど……いや、それ以上にまずくなったかも」
ロニエは苦虫を噛み潰したような表情になった。
ロニエはこの学院内の気配を探った。このパニックの中ではそうまともに気配の察知はできないところなのだが、ロニエは最近の魔法の特訓のおかげで、魔力に関して探知することができるようになっていた。
そして、魔力は普通の人間は持っておらず、この学院内では魔力を持つ人間はロニエただ一人のはず、なのだが、それでも探査したところ、その反応が全部でいくつもあった。
もう、数えるのが面倒なくらい。
しかも、その強弱も見えていて、そのほとんどがロニエが普通に戦っても勝てそうなほどの魔力しか持っていない。それは魔法を見慣れているがゆえにできることだが、ロニエからしたら、そのほとんどが大したことはない。
だが、問題は数人いるとんでもない相手だ。
その魔力は、最悪なことにロニエに匹敵すらしていた。
「ロニエさん、どうしたんですの、先ほどから」
「様子が変。まぁ、こんなになれば仕方ないけど」
ロニエは、そんなことを言っている二人を見た。
この二人を連れて行くことができるのか、とロニエは自問自答する。
ロニエは絶対に行かなくてはならない。相手があの、魔女信奉団体であるとするなら、この場で引くのは論外だ。
そもそも、魔女の目的もその教団なのだから、ここがチャンスと言える。
だが、それでも、と思うところはある。
二人の実力をロニエは別に疑っているわけではない。むしろ信頼している。
しかし、その実力で魔法を使う相手に立ち向かえるか、という所は不安があった。
「ロニエさん、何か迷ってますか?顔に出てますわよ」
「迷う、ね。確かにそうかもしれない。私は迷ってる」
「なら、私たちは協力します。そのための友だちではないですか」
「うんうん。エイナの言う通り。友だちなら相談するべき。そして、その後みんなで決める」
「みんな、で……」
「えぇ、そうですわ。みんなで決めれば、それは良い考えが浮かぶかもしれません。そして、また迷うようなら、一緒に迷いましょう。それが友だちです」
エイナとサニエルは、ロニエに真っ直ぐなまなざしを向ける。
二人はロニエの事情を知らない。
しかし、知らないからこそ言えることもあるということなのだろう。
(あぁ、そうだった。私は馬鹿だな。魔法を手にしたからって、私が私であることに変わりはないのに……)
ロニエは答えを出す。
それは、自分が本当に望んでいること。
そして、必要なこと。
「二人とも、お願いがあるの」




