19 お弁当
魔法という存在がなくなり、世界中の人が魔法を使えなくなれば、それが学問として衰退していくのは自明の理である。
よって、王立クルーン学院でも、魔法に関することは歴史としての知識しか持ち合わせず、授業は純粋な魔法を除く戦闘技術を磨くこととなり、魔法というものが邪道であるという認識がとても強い。
そのため、多くの生徒が昔から魔女に対して嫌悪感を持ち、そして魔法を嫌うというのは、魔女に全責任を押し付けた昔の人々の努力の結果と、ただの自己満足のために動いている魔女信奉団体のおかげといえた。
そして、そうなると当然のようにロニエは微妙な立ち位置になる。
魔女と言われても仕方がない。なぜなら、魔女の精神が宿っているし、魔法を使えるのだから。
それらは隠しておくべきことであるから、ロニエはばれないように気を付けながら、特に友だちに嘘を吐くということに心を痛めながらも、魔法の練習をし、魔女の願いをかなえるために行動していた。
とはいえ、今はただの前段階にすぎず、準備をしているだけだ。
それをこそこそとやるようになってから、数週間が経過した。
「それにしても、この学院の勉学というのは、どうあっても冒険者のためのものですのね」
「そうだね。幅が広いよね。覚えることが多くて困っちゃうよ」
「冒険者は大変」
今は昼食の時間。
いつもなら食堂で食事となるのだが、今日はどうしたことか、エイナが作ってきたというのだ。それを頂かない手はなかった。
「じゃあ、せっかくだから、エイナの料理を見せてもらおうかな」
「期待、してる」
「そ、そんな風に思わなくても、足したものではありませんわ。ただのサンドイッチですのよ」
そう言いながら、エイナはお弁当のふたを開けていく。
ロニエとサニエルが期待を込めてそれを見つめていると、色鮮やかなサンドイッチが見えてきた。
野菜やハムやチーズや卵といった、色とりどりの具材がパンにはさまれ、友だちが作ったという補正がかかり、とても綺麗なものに見えた。
「それでは、どうぞ召し上がれ」
「いっただっきまーす」
「いただきます」
二人は各々サンドイッチをとり、嬉しそうにほおばる。
そして、その瞬間に二人の顔が笑みに包まれた。
「これ、すっごいおいしいよ。トマトの酸味とレタスのシャキシャキ感、それにチーズの濃厚さが加わって、すごいおいしい!」
「fjsfhfsjfjなそsふぇn」
「サニエル、口の中のものを飲み込んでからにしようか」
ロニエが呆れながらそう言うと、サニエルは頷いて、口いっぱいに入れていたサンドイッチを飲み込むと、とても満足そうな表情をした。
「すっごいおいしいい。何かよくわからないけど、すっごくおいしい」
「そう言っていただけるだけでもうれしですわ。ロニエさんもありがとう」
「ありがとうはこっちのセリフだよ。こんなにおいしくなるなんて。私じゃ無理だよ」
「ふふっ、実家ではたまに料理を教わっていましたの。だから、ある程度はできますの」
「へぇ~、そうなんだ」
ロニエは話を聞きながら、次のサンドイッチに手を伸ばす。
しかし、サニエルはと言うと。
「サニエル、あなたね。少しは落ち着きなさいよ。またそんなに口の中に入れて」
「hふぉあfdそf」
「飲み込んでから」
またしても口いっぱいにサンドイッチを入れていたサニエルに、今度はエイナまで呆れていた。
ロニエに言われたことでサニエルはごくりと飲み込み、また満足げだった。
「とってもおいしい」
「でしょうね」
「そんな風においしそうに食べてくだされば、それだけでうれしいですわ」
「うん」
そして、サニエルは再び、サンドイッチに手を伸ばしていく。
量はそれなりに用意してきたようで、まだまだ食べられるようだ。
ここで、ようやくエイナも食べ始めて、三人で昼食という形がここに出来上がった。
「それにしても、こんなに作るなんて、結構朝早くに起きたんじゃないの?」
「そうですわね。五時前に起きましたわね。とは言っても、大方の準備は昨夜のうちに終わらせておいたので、大した手間でありませんでしたわ」
「本当にありがとうね。食堂の料理もおいしいけど、友だちがこうして作って来てくれたものを食べるのも、またいいよね」
ロニエは本当に笑顔のまま、パクパクとサニエルほどではないにしても、いい勢いで食べていく。
その光景を微笑ましそうにエイナは眺める。
何とも素晴らしい光景と言えるだろう。
これを友情と言わない人はいないのだろうと思う。
「でも、これだけの材料は、お金かからなかった?」
「そんな、お金の心配なんてしてくれなくてもよろしんですのよ。実家からし送られてきたお金はまだ十分に残っていますの。友だちのために作ったものなんですから、気にすることではありませんわ」
「そう、かな。何か申し訳ないような気がする」
「そんな風にどんどん食べていては、説得力が皆無ですわね」
「あ……」
ロニエはエイナの言う通りだということに気付き、苦笑いした。
確かに、今の食い様では、お金のことを気にしても意味がない。
それに、せっかく作って来たものに対して、お金のことを心配するのはそれなりに失礼だと気付いた。
「じゃ、じゃあ、今度私も何か作ってこようかな」
「じゃあ、私も」
「えぇ、期待していますわ」
「はははっ、まぁ、頑張るよ」
「期待してて」
そう言うと、サニエルは少し緩めていた食べるスピードをまた上げた。
もうサニエル一人で半分近く食べていることになるのではないかと思い、今更になって、ロニエは慌てだした。
「ちょ、サニエル、少しは残しておいてくれないとこっちのがなくなるんだけど」
「食べられない方が悪い。私は正義」
「何のはなしよ!」
「サンドイッチの話?」
「なぜ疑問形にするのかしら、って、まだ食べるし」
これは負けじと、ロニエも勢いよく食べていく。
もう食べて味わうという時間を省いてしまっているようで、何だか勿体ない
とは言え、それでもこんな風に奪い合うように食べてくれるというのは、サニエルとしては作って来たかいがあるというものだ。
ただ、ここまで必死になるというのは、サニエルは思っていなかったが。それが嬉しい半面、何だかおかしかった。
「私の勝ち」
「何をもって勝ちなのかわからないけど、何となく負けた気がする」
「本当に、何をもって勝ちなのかしらね。二人ともよく食べましたわね」
「おいしかったから」
「本当にそうだったわね。ほとんどサニエルに食べられちゃったけど」
「だから、私の勝ち」
そこでピースサインを出すサニエルに、ロニエはため息を吐くしかなかった。
「はぁ、そこまで言うのなら、もうあなたの勝ちでいいわよ」
「ブイ!」
「そこまで勝ち誇られるのもどうかとは思うけど……でも、もう少しくらい残してくれても良かったんじゃないの?」
「それは無理。おいしかったから」
「それは、まぁ、そうね。そうなると、仕方ないのかしら?」
二人して食後の余韻に浸りそうになっていたところで、エイナは声をかける。
「そんなお二人に朗報ですわ」
「朗報?」
「なに?」
「わたくしがこの状況を想定していなかったと思っているのですか?」
「えっと、エイナ、少し変なテンションになってる?」
「いつも変だけど、今日はおかしい」
「まぁ、ひとまず聞いてようよ」
「あなたたち、だいぶ言いたいこと言ってくれますわね。ですが、この後のことを考えると、その考えを改めた方がいいのではないですか?」
エイナの勿体付けるような言い方に、ロニエもサニエルも引きつけられていた。
「私はこの状況を想定していました。なら、準備をしてきたの決まってるではありませんか」
ドン、という効果音が付きそうなほどの迫力で、エイナは体の後ろからもう一つかごを出した。
「さて、お変わりが必要な方はいらー」
「「いただきます!!」」
「最後まで言わせなさい!」
エイナが言い終わる前に、二人は昼食の続きに飛びついていた。




