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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第四章 日本帰郷 編
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第052話 幻想世界:幕間②-vs 扶祢-

「あーもぅ頼太、ごめんってば。そろそろ機嫌直してよぉ」

「いやいや済まんの。儂等娯楽が少ないでな、つい」

「お詫びにお姉さんが今度デートしてあげるから、許してぇ」

「ククッ。かわいそうに――」


 しくしく……結局皆分かっててわざとからかっていただけらしい。かわいそうとか言いながら弄人さんも全く止める気配が無かったし、それに口元を抑えて笑いをこらえるのに必死じゃないですかー!


「……じぇったいにゆるしゃんっ!」

「涙目になっちまってまぁ……」

「ちょっとやり過ぎちゃったカナ」


 口舌の刃って立派に凶器なんだぞ!?ナイーブな俺の心はズタズタよ!


「じゃあほら、私の体重増加防止の腹ごなしと頼太の気晴らしを兼ねて、軽く稽古でもつけよう?」


 今だ不貞腐れ続ける俺に扶祢がそんな誘いをかけてくる。わざわざ自分の体重云々を引き合いに出す辺り悪いとは思っている様子ではあるみたいだし、これ以上拗ねててもしょうがないか。


「……フンッ。そろそろ図に乗っている駄狐を懲らしめてやらなくちゃいかんと思ってたからな、丁度良いから乗ってやるよ」

「はいはいどうせ駄狐ですよぅ。それじゃあ表に出よっか?」

「なら俺っちが審判やるとするかぃ」

「んじゃボクは明かり担当でもしとくカー」


 山荘の裏庭へ出ると、山頂よりの涼やかな風が吹き下ろしてきた。

 夏の夜とは言えども山の中腹の丘に位置するこの薄野山荘は比較的冷涼な方だからな、そこまで蒸す程ではなく、むしろ心地良いといった感じだ。麓側からも死角に入る場所なので何の憂いも無くピノが庭の四隅へ光魔法の光源を灯し、模擬戦の舞台は完成する。うーん、やっぱりこういった補助魔法って便利だな。魔導師とまではいかないにしても、俺も少しは魔法といったものを使える様になりたいものだ。


「ん、武器は無くて良いのか?」

「稽古だしねー。最近あまり素手で動いてなかったから慣らしも兼ねて、かな」

「じゃあ俺も素手で良いか。っつっても体術のが得意なんだけどな」

「知ってるよ。体捌きだけなら今なら良い勝負になりそうだから楽しみなのだわ」


 そう。扶祢の奴、その言葉通り、実に楽しそうな嗤い顔をこちらに向けていた。こういったところは本当シズカとそっくりだよな……つまりこの殺気混じりの笑顔が素晴らしく恐怖の感情を誘うのでありまして。これがもし実戦での対峙であれば、こんな怖い笑顔を向けてくる殺気まみれの相手なんざ真っ平御免なので迷わず逃げの一手なんだがね。これはあくまで稽古であるし、釣鬼が見届けてくれるなら妙な事故にはならないか。


「そんじゃあダメージダウンの五本制で、闘気や霊力は使用禁止な。両者位置に付いて……始めィッ!!」


 言われなくてもまだ闘気なんてどうやって使えばいいか分かんないけどな。

 さぁて、今の俺がどの程度お前達に近づけたのか。身をもって体験させて貰うぜっ!


 元々が格上の相手だ。良い勝負になりそうという本人の言を信じ、様子見などせず小手調べに胸骨への肘打ちからコンビネーションを叩き込む……があっさり捌かれてしまった。返す刀で抜き手を鳩尾に突き込まれ、慌てて身を翻し距離を取る。そこに息をつかさずのラッシュが来る、かと思っていたがそんな様子は見られず―――


「――ふふっ。女の胸元に容赦無く肘打ちを叩き込もうとしてくるなんてね」

「なんだ?レディ扱いで接待プレイでもして欲しかったのか?」

「冗談?あぁ……愉しいわぁ、あの平凡だった頼太がここまで良い貌をしてくれる様になるなんて」

「平凡で悪かったな」


 たのしいの字が愉悦な方になってんぞ。それにしてもこいつ、普段はこんな怖気を感じる程のぞっとした嗤い方など欠片も見せた事が無かった癖に、今は心の底から楽しくて仕方が無いといった様子だな。それが証拠に何とも嗜虐的な表情で口の()を吊り上げていた。


「やっぱ血は争えねぇんだなぁ……シズカそっくりの嗤い貌だよ、今のお前」

「――え!?嘘っ、そんな獣っぽい顔になっちゃってた!?」


 ともすれば委縮しそうになる自らの心を奮い立たせる様に口にした言葉にしかし、扶祢は何故か動揺しまくって平時の慌て顔へと戻ってしまい顔をむにむにと揉み解し始める。


「おいおい、急に緊張感を微塵切りにするんじゃねぇよ!」

「だ、だって!シズ姉の嗤い貌って本気で口が三日月型に裂けて狐っぽい顔つきになっちゃうんだもん。私までそうなっちゃったのかと……」

「あの時の触手地獄は恐怖以外の何物でもなかったよネ……」


 そんな扶祢の様子に思わずつんのめってしまいクレームを入れる俺であったが、対する扶祢はと言えば先程前の雰囲気は何処へやら。ピノも見たことが有るらしくガタガタと震えていた。この割と怖いもの知らずなピノまでがそこまで慄くってどんだけ……。


「ま、まぁ狂った高笑いとかが似合いそうな感じの凄惨な貌だったけど、獣っぽくはなかったんじゃないか?」

「そだネ。どっちかってと殺人鬼っぽい感ジ?」

戦闘狂(バトルジャンキー)っぽくも見えたな」

「……殺人鬼に戦闘狂」

「昂るか落ち込むかどっちかにしてくれ!やり辛いったらありゃしないんだが」

「……表情見てドン引きしない?」

「しねーから!ほら続きやんぞ」


 ピノと釣鬼の感想に落ち込みまくる扶祢を宥めすかしてどうにか立ち合いへと復帰をする。まったく、元々俺の気晴らしを兼ねていた筈なのに何故その俺の方が気を使わにゃならんのだ……ブツブツ。


「――よし!」

「気を取り直したか。別に昂ぶってどんな表情しようが何とも思わねぇから全力でお願いするぜ……俺だって色々試してみたいんだからよっ!」

「少し位は何か思ってくれても良いんじゃないのっ!?」


 そう叫ぶと同時に飛び出す。それは向こうも承知していたらしく、叫び返しながら飛び出して来てお互いにぶつかり合い―――


 ・

 ・

 ・

 ・


「――そこまで!これで扶祢が三本目。よって三対二で扶祢の勝ち、だな」

「グッ……くっそぉ!」

「へへー、まだまだ負けないからね……痛っ」

「オッツー」


 俺、扶祢、扶祢、俺と互いにに二本ずつを取り合っての最終ラウンド。

 ほぼ不意打ちの形ではあるが初戦を俺が制したからか、二本目からは本気で殺意に近い気配を垂れ流しな表情(かお)の無い貌で責め立てられていた。コイツ本気になるとこんな感じになるのか……出会った当初に今の状態で対峙されていたら間違いなく漏らす自信があったわ。だってコレ気の弱い人なら中てられただけで死にそうな濃密な殺意だもんよ!

 そしてその醸し出す気配と貌に違わず、目潰しに金的に、正確無比な各急所狙いのオンパレード。もう途中からは凌ぐので精一杯になってしまっていた程だし、二本目が取れたのが不思議な位だよ。


「あーァ、これ鼻骨折れちゃってるヨ」

「あだっ!?ピノちゃんもうちょっと優しく……全く、頼太も容赦無いなぁ」


 鼻血をだらだらと流し顔も幾分幾分腫らしながらも、扶祢は憑き物が落ちた様なすっきりとした表情で言ってくる。俺の方も体中裂傷だらけにあばらと右腕の辺りは恐らく骨に罅が入ってるし、負けた悔しさはさておいて今は妙に爽快な気分なんだけどな。


「体中の玉と関節を潰しにかかってきた奴に言われたくねーです。しかも二戦目からのあのドロリとした目付き、完璧ホラーだったぜ」

「まぁあれだけ殺気剥き出しで直線的な攻め筋じゃぁな、その内読まれて手痛い反撃を喰らっちまうのも無理はねぇやな」

「ちぇ。あのまま押し切れると思ってたのになぁ」


 釣鬼の指摘する通り、扶祢がゴリ押しにかかってきたからこそ四戦目は取れたようなものだろうな。こっちも必死だったから敢えてあばらに一撃喰らったところに髪の毛を掴んで顔面に頭突きというラフファイトで、扶祢が一瞬怯んだ隙に足払いで無理矢理ダウンさせただけだけれども。

 ただそれで逆に冷静になられたのか、五戦目は付け入る隙が殆ど無く地力の差で敢え無く敗北。流石に俺の武術の師匠の一人だけはある、か……まだまだ追いつけてねぇなァ。


「それにしても、女の顔に躊躇無しに頭突きってやる事がエグいワー」

「こっちも骨に罅入れられてるんでな。正直そんな気を使う余裕なんて無かったわ」

「まぁその辺りを割り切れるなら戦場(いくさば)に立てる資格はあるんじゃねぇか?戦うって意味じゃあ悪くは無ぇよ」

「そんなモンカァ。ほいっ、快治癒(ハイヒール)ッ」

「……おー、骨折までばっちりと。こっちの世界じゃ奇跡って呼ばれそうね回復魔法」

「この(ナリ)だしそれ以前にC○A辺りに捕獲されて解剖標本になるのがオチに思えるけどな。ピノこっちも頼む」

「アイヨー」


 こうして模擬戦の熱も収まり、ピノの回復魔法によって身体の熱も引き始める。寝ころんだままに山地部特有の満天の星空を見上げ、余韻に浸る俺を釣鬼の声が現実へと引き戻す。


「二人ともお疲れさん。頼太もかなり腕を上げたもんだな」

「あ~、釣鬼先生直伝のダーティ戦法とか使える手は全部使ってみたけどだーめだ。素手同士でも全然届かんわ」

「いやぁそうでもねぇぞ。札を出し切れたってだけでも相当追いつけてきてる証拠だろ。な?」

「そうねー。良い勝負って言っても正直な所取られて一本だと思ってたし、実は完封するつもりだったから二本目取られた時は焦ったよ。初対面の頃とは比べ物にならない位上達したんじゃない?」


 そうだったのか。比較対象の面々が強すぎてまだよくは分からんけど……確かに相手にはなっていた気がするな。


「そう言われるとちょっとニヤニヤが止まらなくなっちまうぜ」

「やっだ、性少年がまた良からぬ妄想をしてるのだわ」

「このケダモノメー」

「溜め込むのも程々にな」

「お前等今日ちょっと酷過ぎませんかね!?」


 そんな苦情を言いつつも、和気藹々とした空気で雑談モードに入る俺達。その頃合いに照さん達が山荘から出てくる。


「体中血塗れで何和んどるんじゃい」

「どうせやり合うなら仮想領域内でやって貰ってデータを取らせて欲しかったね」

「扶祢ちゃんって結構武闘派だったのねぇ」


 なんて呆れた様子で言われてしまったのも無理は無い。身体の傷こそ治療してはもらったが、今も目の前の地面に広がる血の跡が先程の模擬戦の過烈さを物語っているからな。


「あー、もうこんな時間か。悪ぃな、潜航(ダイブ)は明日になっちまうか」

「今からじゃ戻る頃には夜中だネ、ネムネム」

「腹ごなしどころか全力でやり合って疲れ果てちまったもんな」

「私はまだまだいけるけどねー」


 未だ感じる気怠さに立つ気も起きないこちらに対し、扶祢の方は既に元気一杯の様子でストレッチを始めていたりした。こっちは疲労困憊だというのに、こいつときたら随分と余裕がありやがるな。


「ふふん、霊力ドーピングさまさまであります」

「ちっ……俺も何かそういうのがあればなァ」


 実戦でもな……ちょっと、ほんの少しだけ落ち込んでしまう。別に自意識過剰マンになりたいとは思わないが、やっぱり一般人には越えられない壁ってのがあるのだろうか、なんて昏い気持ちが……な。


「ふっ、そう逸るでない少年よ」


 そんな俺の心の隙間に入り込んで来る様に、照さんが意味ありげな顔で囁いてきた。


「幻想世界内で修行に励みなさい。さすれば、君に近しいモノがきっとその想いに応えてくれる」

「え……それってどういう?」

「まぁ楽しみにしていなさい」


 そしてニコニコとした顔で俺の肩を軽く叩き、照さんは一人山荘内へと戻って行った。どういう意味かと残った二人に視線を投げかけるも、肩を竦めて返されるのみ。


「……まぁ、いいか」


 何かの振りらしいが、最初からネタばらしをされてもつまんないしな。楽しみにしていろと言うのであれば、明日からのプレイン内でそれを見つける事にしますかね―――








 Scene:side ??


「と言う訳だが――扶祢ちゃんのありゃ一体何なんじゃい?不吉どころの話じゃないぞ」

<扶祢を野狐に縛り付けておるアレの事かや?>

<あ~……まぁ、今のとこ害は無いからそっとしてあげといてくれないかね?あの子の場合無理にあれを除いてしまう方が精神的にまずそうなんだよねぇ>

<ま、あやつの話を真に受けるのであればじゃが。祓ってしまえば精神の均衡が崩れ、それこそ(オン)に囚われかねんからの>

「ぬし等がそう言うのであれば構わんがな。儂なりに本質は見極めさせて貰うぜ」

<その辺りはお好きにどーぞ。やりすぎには注意だけどね>

<かの蘇妲己の本性すらも暴いたと言われる、伝説の照魔鏡の出番じゃな。お手並み拝見させて貰おうぞ>


 嘗て巷で語られたその名で呼ばれ、儂は思わず苦笑いをしてしまう。そういやそんな時期もあったっけなぁ。面映くも懐かしき記憶に想いを馳せながら、お返しとばかりに儂は言う。


「どうでも良いがシズカちゃん、結構喋り方が古臭いの」

<……千年も生きれば嫌でもこうなるわ>

<アタシはそこまでババ臭いつもりは無いけどね~>

<………>

「っと、こ、この辺で失礼するぞい」


 不穏な空気を感じたので慌てて通信を切る。危ねぇ危ねぇ、古来より女同士の修羅場程関わり合いになりたくないものはねぇな。


照魔鏡(しやうまきやう)と言へるは もろもろの怪しき物の形をうつすよしなれば その影のうつれるにやとおもひしに (うごき)出るままに (この)かゞみの妖怪(ようくはい)なりと 夢の中におもひぬ」


 なんて時の絵師に言われたりした事もあったが。儂の本質は「正体を視る」ことだからな。精々視易い精神領域内で観察させて貰うとするぜ。

 まァ、バレて扶祢ちゃんに嫌われでもしたら爺ちゃんショックで死んでしまうかもしれんから、様子見程度に抑えるけどな。


 ともあれ、何かへ立ち向かう若者達を視るのはいつの時代も楽しくてやめられんの。そんな彼等の行く先に幸あらんことを―――

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