第050話 幻想世界②
驚愕の事実ッ!第9話が初出なのにも関わらず、40話以上経って未だ生活魔法を習得していないッ!!
「やぁ、ここはアベルの街。冒険者志願かい?それならこの先の冒険者ギルドへ登録しに行くと良いよ」
街の入口へ着くと近くの門番が話しかけてきた。
「わ、ちゃんと話しかけてくるのね。イベント会話の一つかな?」
『幻想世界内のNPCは基本的に全員意思疎通が取れる程度には自意識を構築してあるわよ~。シナリオを崩す様な思考や暴走行為は流石にこちらで対応するけれどもねぇ』
「良いね。世界がここまでリアルな感覚なのにこっちから話しかけるまで棒立ち、じゃ面白味にかけるしな」
そんな衛兵の反応を見ながら俺と扶祢は中々作り込んであるなぁ、と感心したものだが。しかし異世界組二人は微妙な面持ちで―――
「――デモ、衛兵が門番の務めを果たさないってちょっと変じゃナイ?」
「だなぁ。街の出入りの管理っつぅのは平時であるからこそ、きっちりやっておくべき事だと思うがよ」
『う……そ、そうね。修正しておくわ』
この様に、中々にシビアな意見を頂き若干涙する姫さんの姿があったらしい。ゲームをゲームとして見ている者と、現実の延長として認識している者の差ってやつかな。
「ところで、姫さんはずっと俺達に付いて回る感じなのかな?」
『そうね~。最終的にはオンラインゲーム風に可能な限りプレイヤーには関わらない事になるとは思うけれどぉ、まだテストプレイの段階だしねぇ。普段は特に口出しはしないから、ヘルプやナビみたいなものと思って頂戴~』
姫さんが言うには外部の存在を招き入れてのテストプレイはこれが初らしいからな。万一不具合が起きた時の為にすぐ対処出来る様にはしておく必要があるのだそうだ。
「デモ、ずっとボク達に付いていて他の場所の管理はそれでも平気なノ?」
『貴方達の他は皆NPCだからねぇ。それに此処も結構広い世界だから、「視る」のは得意な照さんにお任せしてるのよ。全体の調整は弄人の分野だし、あたし自身の仕事はこのデータベース界を提供している時点で終わってると言うかー』
「成程ね。適材適所ってことか」
『そうそう』
敢えて口にはしないでおくが、姫さん……きっと暇なんだな。とはいえ姫さんも弄人さんの調整指示を世界に反映させたり、照さんからの異常報告の対応をしたりとやる事自体はあるのだろうが。安定している限りは姫さんが特に動く必要は無いという事なのだろうか。
そして街に入ってからも目を惹かれる物は多かったが、一先ず冒険者ギルドのある建物へ向かう事となった。
・
・
・
・
『さ、流石に実際に冒険者ギルドのあるファンタジー世界の住民の意見は違うわね……あぁ修正案件がてんこ盛りに……』
冒険者ギルドへ着いた俺達は早速登録をして最寄りのダンジョンの情報等を聞いてみたのだが、そこでもあれが違うこれはどうだと異世界組二人から駄目出しのオンパレードが続いていた。確かに、俺達でも違和感を感じる部分も多かったし、生まれてよりそれを当然として育ってきた釣鬼とピノから見れば、その違和感も特段大きく感じてしまうのだろう。
「受付嬢が戦闘の一つも出来ねぇとはな」
「違和感ありすぎるよネ」
「言われてみれば確かに、受け答えもなんか地味だったよな」
「受付嬢って無詠唱魔法で建物の一角を消し炭に出来る猛者の事を言うんだよね?」
『それ、どんな受付嬢よ!?』
最後の台詞は明らかに悪ノリだが、向こうの世界で出会った初の受付嬢が武闘派筆頭だったからなぁ。それに現実には気性の荒いごろつき寸前な連中の相手をする必要性から、程度の差はあれど扶祢の言葉も強ち間違いとは言えないのが怖いものだ。
その後、姫さんには参考までに向こうのギルドの成り立ちと職員になる為の条件、理由等を説明しておいた。納得はされつつも、ゲーム的にそこまでやるのもどうかと言う結論が出て現状維持とはなりはしたんだけどね。
『だけど、受付をパーティ毎に担当制にするのは有りかもしれないわねぇ。要検討、っと』
他にも、備品系の販売等利便性を踏まえ、ギルド雑貨店の設立や商店の吟味とやる事は多かった。
「テスターだからある程度は分かってはいたけど――」
「地味な作業だよな、これ」
『ホント、地味な修正が山盛りなんです……』
分かる分かる。ネットで出回っている某RPG作成ツールなんかも、完成した作品を遊ぶのは楽しいけれども、作る時はひたすら作成調整修正だもんな……。
―――現役冒険者(但し一部初心者の域を出ない)プロデュース!始まりの街アベル、Coming Soon!!
その後、そんな勢いで調整が済んだ頃には既に辺りが真っ暗になっていたのでギルドの向かいにある宿屋へ行き、一泊する事にしたin。しかしここでまた釣鬼とピノのダメ出しが炸裂。
「幾らなんでもこの規模の街で宿屋の部屋がこの有様、ってのは現実的じゃなくねぇか?スラム街じゃねぇんだし、何より今後のリアル嗜好なユーザーの利用とアフターケアや清掃の効率なんかを考えたらもうちっと備品は増やしても良いと思うが」
『う……そ、そう…かな?』
「これじゃ店の簡易テントセットを買い込んで街付近で野宿する人も出ちゃうかもヨ?それとこっちのサービスは別に要らないカモ」
『むむむ……その辺りはあまり考えて無かったわ。またやる事が増えるぅ……』
うーん、二人共随分と意気揚々とチェックに励んでんなー。まぁ俺達の場合、現実に使っていた宿屋がサナダン公国最大の都市ヘイホー内随一である、ホテル【揺り籠】だからな。ビジネスホテル一歩手前で各種サービスも良き届いていたあれと、現代日本でのファンタジー的な安民宿のイメージで作られたこの宿屋じゃあ天と地ほどの差があるか。
その後も、あれが欲しいこれはいかんと注文を付け続ける二人の対応に追われてアタフタする姫さん。こりゃ明日も午前中は街で過ごす事になるかもしれないな。
「正直、私達から見るとそう言う物かー位にしか思わないんだけどね。二人とも何でここまで張り切っちゃってるんだろうね?」
「あいつら、こういうのは初めてだろうし良い物を作りたいって張りきっちゃってるのかもなぁ」
「……あー」
傍でそんな感想を話している間にも話は進み、今度は街の区画の話にまで突入し始めていた。こりゃまだまだ終わりそうにないなぁ。俺達はさっさと寝ておくか。
そして未だ喧々諤々と意見交換をしている三人へその旨を伝え、俺と扶祢はお先に席を外させて貰う事にした。おやすむぅ……。
―――翌朝。
「おはよう」
「オハー!」
「おぅ、お早うさん。飯食ったら早速ダンジョンとやらに行ってみるかぁ」
「――おぁよぅ……zzz」
お二人共、昨夜はお楽しみでしたね!夜中に一度目が覚めた時もまだ会議で騒いでいて疲労も溜まっているだろうに、釣鬼もピノもそれを感じさせる事も無く元気一杯な様子。それだけこの世界を満喫してるって事なのかな?
それはそれとして、昨夜の予想に反しどうやら街関連の指摘と修正は終わっていたらしい。なので次へと進むべく、朝食を食べてからギルドへと足を運ぶ。
ちなみにだが、ゲーム内での飲食は現実世界には全く影響が無いそうだ。詳細は分からないが、現在の俺達の状態は簡単に言えば、姫さんのデータベース界の内部に精神だけ入り込んでいる状態であるから当たり前と言えば当たり前だよな。現実との時間速度比はゲーム内一日イコール、リアル三時間程度なのだとか。
あれ、そうすると実際には昨晩の就寝は大して寝てる訳じゃなくて一休み程度の感覚なのかな?……なのに何故眠そうにしてるんだ扶祢さんや。
「――は、そういえばそうだった」
それを指摘してみたら即座に目を覚ます辺り、本当に現実とは違う世界なのだな、と思えるね。
『一応現実世界が夜になるか進行が一段落付いたところでこちらから知らせるから、その辺りは特に気にしなくて良いわよぉ』
「あざーっす」
「それじゃあまずはお勧めの地下迷宮へ行きますか」
「ところで、ダンジョンってどう言う物ナノ?」
「何だったか。地下の洞窟に潜るって言ってたっけか」
『「「……え?」」』
いや、ダンジョンったらダンジョンだろ……?何言ってんのこいつ等――しかしそんな俺達の思いとは裏腹に二人とも本当に分からないとした顔で首を傾げていた。
「……地下迷宮、よね?」
「おぅ、ダンジョンって言ってたな」
「冒険者の仕事だろ?」
「……?何ガ?」
どういう事だ?思わず扶祢と顔を見合わせるが、あちらも困惑の表情がありありと浮かぶのみ。そこに姫さんが何かに気付いたのか、改めて二人へと問いかける。
『もしかしてだけど。二人ともダンジョンって言葉の意味自体を知らなかったりする?』
「分からん」
「知らないネ」
『そこからかー。あのねダンジョンって言うのは――』
・
・
・
・
「あぁ、迷宮の事カー」
「何だ、そうならそうって言ってくれよ。にしても迷宮の攻略となると、そりゃ冒険者じゃなくて探検家の仕事じゃねぇか?」
「ええっ!冒険者と探検家って別物なの!?」
「言われてみればこの盗賊の職スキルって探検家に通じるモノがあるネ。何で盗っ人が職なんだろーって気になってたんだケド」
「確かにな。探検家ってなら納得だわ」
そう言いながら腑に落ちた表情でウンウンと頷くピノと釣鬼。
「なんてこった。あっちに慣れたつもりでまだまだ認識の差異があったとは……」
「むしろゲーム的思考が思い込みを生んじゃったみたいね」
そう言われて思い返してみれば、あの世界では冒険者を『何でも屋』と言う事はあっても『遺跡荒らし』『盗掘屋』などという負のイメージが強い呼び方をするのは見た事が無かったな。てっきりヘイホーの治安が高水準なだけかと思っていたけれど、どうやら基本的な認識そのものがずれていた様だ。盲目的な思い込みって怖いものだな。
『それじゃあ説明補足するわね。このゲームとしては貴方達の世界の冒険者と探検家を合わせた設定で、古今東西の迷宮や謎を解いて行く冒険活劇が目的の一つなのよ~』
「こっちの世界の仮想認識としては、ダンジョン探索と依頼の解決を別個の組織でやるとは思われていないんだよな」
「そだね。全部ひっくるめて冒険者、っていう認識かなぁ」
改めてした俺達の説明に、二人はようやく腑に落ちた表情でうんうんと頷いていた。
「世界が違えば常識も変わる、ってのがよく分かる例だったな。まぁあっちでも冒険者と探検家は一般的には同じものって思われてる節もあるんだけどよ」
「被る必要技能もあるケド、やっぱりそれぞれ専門分野で分けた方がやり易いしネー」
ではお互い認識の摺り寄せも完了したし、二人も納得した様だから本題へ進むとしようか。
『それじゃあ今回は、都市に隣接した【試練の迷宮】って所に入って貰うことになるけどぉ――』
目的地へ向かいながら姫さんがダンジョンについての解説を再開する。またベタな名前だな。
『ダンジョンAとかよりはマシでしょー。ただし皆さんは現実に冒険者としての経験がそれなりにあるし、最初からハード以上に進む事をお勧めするけど、どうする?』
「とは言ってもここは探検家の分野だからな……どうするよ?」
姫さんの質問に釣鬼が少し考え、俺達にも意見を求めてきた。
「どうせここで死んでも強制ログアウトさせられるだけだし、最初からきつめなので慣らしても良いんじゃない?」
「カナ?」
「因みに選べる難易度って何々があるのん?」
「イージー、ハード、ベリーハード、エクストリームの四つねぇ」
「ノマどこいった!?」
『人生普通なんて無いのよ。楽か苦か~』
ダンジョンの話だった筈なのに何故かいきなり人生を語り始められてしまう。頼太 は こんらん している!
「極限は論外として、ハードかベリーハードか……どうする?」
そんな突っ込みを入れる俺を傍目に、扶祢は既にやる気になっているらしく仲間達へ意見を聞き始めていた。見れば残り二人も心は同じらしいな――しゃあない、俺も気合い入れていくかぁ!
「いける所まで試すって意味でならベリーハードでも良い気はするけどな。初回はどうせ様子見だろうしな」
「こうして姫さんがハード以上をお勧めするって事は、ハードでも序盤の戦闘はぬるいかもしれないしなぁ」
「今のボクの解除レベルじゃ罠にはかかっちゃうケド、お試しでも良いヨネ?」
キャラクターとしてのLv自体は開始直後でまだまだ低いが、戦闘の技術面では達人クラスが二人に熟練者が一人、残る一人も荒事そのものはそれなりに慣れてる面子だしな。モンスターとの初遭遇で全滅などといった無残な事にはそうはならないだろうし、もしなったらなったでやり直せば良いだけだ。
「よし、それじゃあベリーハードで行くぞ。全員準備は良いか?」
「「「オーライ!」」」
そして目的地へ到着し、皆へ最終確認を取る釣鬼に対し万端の意を伝え、準備は完了した。
『……うふふ、ベリーハードねぇ。その意気込みは勇敢かはたまた無謀か。それでは、ダンジョン…オープン――』
俺達の意気込みを見た姫さんは先程までののほほんとした様子から一転、妙に雰囲気を出した物言いをする。そしてその声に連動し、怪しげに開いた地下迷宮の入口が俺達を誘う。さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。
思えばこいつ等と出会ってからはワクワク感が止まる事が無かったからな。時には喧嘩をする事もあるだろうし悲しい事にも出会うだろう。けれど、出来る事ならば折角出逢えたこいつ等と、共に長く楽しみたいものだ。そんな感慨に浸りながら俺は階段を降りていく―――
** おおっと! テレポーター!! **
「ガボッ!?ガバゴボボボボ……」
いきなり景色が変わったと思ったら息がっ……ごぼっ、やば…これ、溺れ―――
薄れゆく意識の中、最後に視界に入ったウィンドウの左上で光る階層表示は地下32階だった。32の階ってか!




