第047話 妖怪トリオの底力
「まずは狐の変化について、そこのおさらいから始めようかしらね」
言って一つ咳払い。サキさんの仕草も残る二人に負けず劣らず可愛いので何ら問題ないのだが、そのポーズは一族の伝統か何かなのだろうかね。
「向こうの世界を出自とする君達には馴染みが浅いかもしれないけれど、今昔に語られる通り、狐や狸の変化というモノは体の一部……主に耳か尻尾を残すなどと言われている。これはアタシたちの変化の要とも言える肝さね。表で噂されている様に、必ずしも耳か尻尾を残さないといけない、なんて事はないのだけれども」
「うむ、我等狐狸の変化には欠かせぬ要素じゃな。故に本来トレードマークやアイデンティティといった認識以上に、特に尾に関しては細心の注意を払うと共に自己の尊厳として常に誇りを持たねばならぬのじゃ」
やや神妙な顔付きで語る先達達。その視線はどちらともなく絡み合い、ややあってある一点へと集中をする。その向かう先にはとても狐妖の一員とは思えない台詞を吐く、最も若き狐モドキ。
「へぇ~、そんな背景があったのね」
「……最近の若い者は。そんなありきたりな言い方はしたくはないんだけどねぇ」
「実際、童も幾度か目を疑う扱いを目の当たりにしておるでな」
「あーそうよね。若い子にはあまり煩く言うと反発されるし、その辺りは難しい問題ですなー」
やはり全く分かっていない様子でうんうんと母と姉の言葉に頷きを見せ、どうも自覚に欠ける自爆言動を続ける若い者。俺達の中で最も年長である釣鬼などは胡散臭げにそれを見つめ、ピノに至っては既に爆心地予定箇所からの退避を完了している。
俺も暢気に解説などをしている場合じゃないな。巻き添えを食う前に逃げとくかっ。
「特に、尾に雑巾とはたきを持たせて窓や桟を掃除したり」
「あまつさえ、それで間に合わぬ部分や面倒な時には尾そのものをモップ替わりに使うたり」
「……ん?それは、便利だし良いんじゃないかな?私もよくやってるけど」
『『アホかぁっ!!』』
「ひゃうっ!?」
雲張りて、ゆるい豊穂に稲光。夏ですなぁ。
「そういやいつだかの飲み会の時にも七尾皿回しとか妙に器用な芸をしてたっけな……」
「我が尻尾バリアの前に遠距離攻撃など意味を成さぬ…なんて厨二台詞を吐きながら宴会芸のネタにしてたりもしたな」
「お風呂上がりに尻尾でブラシを持って髪の毛梳いてる事もあったネ」
「アハハハ!そら姐さんが怒るのも無理はないねェー」
「それにしても扶祢ちゃん、今の流れで気付かないってのは……」
「クッ、ククッ……」
妖怪トリオの面々も半ば呆れつつ噴き出してる人も若干名。どうやら妖狐にとっての尻尾は非常に大事な物であり、尻尾の為に手足を動かす事はあれど逆はあり得ない事らしい。
「別に尻尾が物理的に傷つく訳でもあるまいし、効率的で良いじゃないのさ!」
「霊狐としての自負に欠けるって言ってるんだよ、このすかたん!」
「小技に使うのが便利というのは解らぬでもないが。掃除機代わりに使うた後にまとめて風呂でじゃぶじゃぶ、はとても尾に尊厳を感じておる様には思えぬのじゃ」
「いっ、いいいやあの時はもう全体的に汚れてたし片付けが忙しくてですね。たまたま――」
「童が同行した十日足らずで二度もやっておったよな?」
「た、たまたま……」
ぐわしっ!!
たじろぐ狐モドキの側頭部を確りと咬み込むフェイスロックfrom母狐。
「お・ま・え・って子はぁ~~~!!」
「あだだだだだっ!?ギブッ、ギブッ……!」
「ハァ、もう少しばかり淑やかになって貰いたいものじゃが……」
「「「無理じゃないかな」」」
「じゃよなー……」
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さて、どうして狐の変化と尻尾の関連性の話になったのかと言うと―――
「提案?」
「おう、そこの釣鬼嬢ちゃん「嬢ちゃんは勘弁な」そうだった、ついこの前までは男だったっけな。まぁ釣鬼さんに狐の変化はちと相性が悪いだろうからなぁ。サキさんとシズカちゃんが二人がかりで施術する事になるとは思うんだがの」
照密さんの振って来た話が発端だった。
「ふむ……」
「多分その施術後は暫く激しい動きが出来ん様になるからな。その間の暇潰しも兼ねて、一風変わった修行でもしてみんかなとな」
「―――あー、照さん前からやってみたいって言ってたアレねぇ。あたしの方のバックアップはいつでもいける状態にはなってるけど」
「僕もメンテナンスの用意は万全だな。丁度良い被検体に巡り合えるとは、これも日頃の行いかな」
修行とな?つか被検体っていきなり不穏な言葉が聞こえたんですが。
「何、そんなきつい話じゃない。儂等も長年生きてきて大体の事はやりつくしててだな、何か能力を使った面白い事は出来ないかと暇に飽かせて色々と考えていたんだがな」
「よくサキさんの読んでる本に書かれてたモノでちょっと面白い事の可能性を発見してねぇー」
「それを練り上げてみると、不思議な事にまるで僕等が組み上げる為にその発想があったんじゃあないかと思う程スムーズに構想の実現が出来てだね――」
ほほう?
「つまりは、俺達がその実験体と言うか、その結果に対しての実践をしてみないか、と言う事で?」
「その通り」
「どんなのなんだい?暫く動けなくなるってなら、暇つぶしにゃ悪く無さそうだが」
「でも被検体ってそこはかとなく危険な響きがするんですけど……」
「危なくないなら別に良いケドー」
「そこは問題は無いな。技術的に人間相手には無理だが妖怪変化達相手には商品化も目指しておるし、言ってみればβテスターみたいなモンじゃい」
βテスター?いきなりオンゲ臭い匂いがしてきたぞ。
見ると爺さん達は揃って不敵とも言える笑みを浮かべ―――
「我、全ての正体を映し出す!照魔鏡の化身なり!!」
「世に遺されし古今東西の文、延いては記された情報全てを取り扱う、文車妖妃とはあたしの事よぉ」
「僕はグレムリン、電子機器の操作と管理は我が種族の最も得意とするところさ」
「「「『退屈』それは死に至る病、故に新たな道を切り拓き、我らの全てを以てここに願う!発現せよ!疑似VRMMO!!」」」
「「うっわぁ…」」
ポーズまで取ってのいきなりの合唱に当てられてついその熱に飲み込まれかけたが、要するに暇だから自分達の能力を駆使して疑似的なVRMMOを作ってみましたよーテスター欲しいんであんた達やってみませんかー?と言う事らしい。この暇人共め。
※VRMMO。
仮想現実大規模多人数オンライン(Virtual Reality Massively Multiplayer Online)の略称となる。
なろうでもよくこの文字が目に付くが、現実的には実装はまだまだ先のお話であります。
「……想定よりも随分と冷めた反応だね。君達はこういうのが好きな部類に見えたのだが」
「ちょっと何よその反応、これって凄い事なんだからね?正体さえ明かせればノーベル賞なんか目じゃない位の画期的な発明なんだからね!」
「異世界出身の面々は兎も角、此方の二人迄その反応とは…近頃の若者の考える事はよぉ解らん……」
いや、あんた等のその発想の方がちょっと解らんです…確かに凄いとは思うけどさ!
「―――で、何の話だこりゃ?」
「サァ?」
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「成程な、疑似体験を楽しむげぇむか。どうせ暫く動けなくなっちまうなら丁度良いかもな」
「何それ面白ソウ!」
「そうじゃろそうじゃろ!やはり解る者には解るんだな!」
「これよねこれ。やっぱりこの位興奮して貰わないと」
「うん、苦労して作った甲斐があるというものだね」
とりあえずあくまでそういう構想があるって話だけ説明をしてみた。釣鬼とピノがやたら乗り気になっていた。確かにあっちじゃ味わえないタイプの娯楽だしなぁ…実を言うと俺もちょっと面白そうかなーとは思い始めてしまったりする。
「確かに面白そうだけどね」
と言いつつ、耳がピクピク、尻尾がソワソワ。隣の子もやる気十分らしいし、これはもう決まったか―――
「ok、皆やる気みたいだしやってみるよ。本当に危険は無いんだよな?」
「勿論じゃい!VRMMOモノによくあるデスゲーム設定なんぞありゃせんわ」
「詳しくは現物の前で説明し直すけど、それ用に作成した機械から弄人の管理の下で『ログイン』を行って、あたしのデータベース界の内部に創った専用領域に各種情報を投影した世界だから。リンクが切れたら此方に居る本体が目覚めるだけだし、もし万が一があったとしても照さんの鏡を通して強制的にあたしの心象世界から精神を引っ張り出せばいいだけよ」
「しかも、精神や魂の面ではこの仮想領域内で修練をする事が出来るから、RPGとして遊ぶだけで修行にもなる、正に画期的なシステムなのだよ」
「「「「おおおー!!」」」」
一気に凄い発明に思えてきた!何それマジ格好良い!
「なっ!?この世界の文明レベルを幾つか頭抜けておらぬかそれは……?」
「っかぁー。アンタ達やっぱり趣味人の極みだねぇ。これが実用化されれば確かに暇が暇じゃなくなりそうだよ。妖怪変化達にとっても悪くはなさそうだね」
色んな世界を渡り歩いているシズカまでが驚愕するってどんだけだよ……趣味人連中恐るべし。
―――そうして、疑似VR空間へ入る為の前準備として釣鬼への説明と扶祢に対する復習も兼ね、冒頭の話へ繋がった訳だ。
「うぅ、今後はもうちょっと尻尾も労わることにします……」
「全く、お前はもっと霊狐たる自覚を持ちなよ」
「でも便利なものは便利なので……」
「あぁ!?」
「まぁ、母上殿もその辺りでの。我等は齢経ておる故古き慣習が身に沁みついてはおるが、若い世代はコレとはいかずともそこまで厳格に尾へ対する信心など持ってはおらぬでな…コレのはやりすぎじゃと思うが」
「コレ呼ばわり……」
「何ぞ言うたか?」
「い、いえ……」
そろそろ母姉の説教も終わった様子。お疲れさんダネ。
そして狐の変化とそれに類する難しい説法が説かれ、釣鬼と扶祢の頭が茹で上がったのを除けば特に問題も無く話はまとまった。
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その後、施術の日取りが決まり、二週間程の時が流れ―――
「いよぉぉおおっしゃあ!俺っち、完・全・復・活!!」
「暫くは体の中身が変異に追いついてないから激しい運動はダメだぞー」
「禁を破ると最悪ゲル状の謎生物になる故、留意せぃ」
「おう!二人とも本当に有難うな。他の皆も付き合ってくれて助かった」
良かった良かった。吸血鬼verの釣鬼もゾクッと来る程の美人で目の保養には良いのだけれども、やっぱ釣鬼と言ったらこの姿だよな。
「釣鬼、良かったネ……」
「ピノちゃんまた泣いちゃって。良かったねホント」
「くぅーん」
さぁて、それでは後顧の憂いもなくなったところで。
「疑似VR空間体験と行きますか!」
「「「おーぅ!」」」
これで頼太以外全員女っていうハーレムタグは何とか回避したぜ!
次回よりVRMMOネタシリーズ。




