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古河公方成氏

 一行は蕨を抜けると岩付の宿へと入った。

 ここは西にある河越の城と共に扇谷上杉陣営の最前線であり、成氏が蟠居している古河に対する押さえの城である。そのために前家宰である道灌の父、道真が城主としてここに入っていた。

 一歩城を出れば、いつ成氏の軍勢と鉢合わせするか分らないほどの場所にあるこの地は常に警戒され、山内上杉氏の拠点である五十子砦同様、北方の要衝として前・現の扇谷上杉家々宰が両城に頻繁に出入りし、連絡を密に取り合っている場所である。

 また、岩付と河越の間にも石戸の城と呼ばれた砦を一つ構えており、そこから北方の松山城にも扇谷の宿老上田氏を配して警戒している。ただし、ここはそもそも山内上杉氏に対する砦だったものなのだが、現在は和合(同盟)している為にその目的を変えていた。

 新九郎達がやって来た今現在、古河公方勢力対両上杉勢力の衝突の主戦場は利根川を挟んでいる為に陸続きとなる五十子砦なのだが、こちらもいつ合戦騒ぎが起こっても不思議ではない睨み合いの場所でもあるのだ。

 さてその岩付城だが、元々はおし自耕斎正等じこうさいしょうとうと号した成田氏が街道を押さえる為に造った砦のような物だった。そこを道灌、道真親子が取り立てたのが今の岩付城の始まりである。

 そこからは北東には幸手、栗橋、関宿へと繋がり、全て鎌倉殿と呼ばれる成氏の奉公衆や外様・御一家と呼ばれる者達の領地が連なる。

 また道を幸手から真北に取れば渡良瀬川と利根川の合流となる水郷が現れ、船で渡った先に鴻巣御所が見えてくるのだが、そこを北に、更に一里も進まない内に古河城が広がっていた。

 その先には藤原氏流小山氏があり、結城氏、長沼氏、宇都宮氏が続く。東に向かえば小田氏、佐竹氏らが居並ぶ。房総半島方面へと向かえば千葉氏、高城氏、里見氏、武田氏(真里谷氏)等がいる。

 しかし、この内の小山氏や小田氏等は九年ほど前の長禄二年辺りから堀越公方政知から御行書が送られており、上野の岩松持国らと共に成氏から離反するよう命令されていたために微妙な勢力関係でもあった。

「さて、どう道を進むか」

 目の前に水に浮いている城を横目に新九郎が呟いた。

 浮城は関東に多数存在している。この岩付の城も漏れることなく浮城であり、城の三方をぐるりと囲まれたそれは正に大沼に浮かぶ島のように見える。

 その城を守る沼の周りには城に詰める者達を目当てにした市が立ち、雑多な人数が出入りしている。だが客は城の内部からだけでは無く、各地の村落からも人出があり賑わっているようだ。

「まずは市にでも参ろうか」

「それはよろしゅうございます」

 佐平次は何故か嬉しそうだ。京の人ごみに慣れた生活をしていた為なのか混雑が恋しいのか、とも思える。

「市ならば入り用なものもあるかも知れません」

 浮つく佐平次を尻目に、新九郎は歩を緩めず意外なほどの速さで歩いている。岩付城のありよう、水に囲まれた曲輪に建つ茅葺屋根の屋敷を遠目に見ながら大きく周囲を一周した。

 眼前に広がる風景を脳裏に焼き付けているようにも見える。そして市に向かう間は路の両端に開かれた農地と、そこで働く百姓達を飽くことなく眺めている。

 そんな新九郎の後ろに従う足柄の頭領が口を開いた。

「お前様は関東の風土を見たいと言われたが、本当に見たいものは風土ではなく領地を治める領主の政治ではないのか」

 小太郎は中々に澄ました表情だった。

「ほう」

 田仕事に勤しむ百姓の数、男女比、着衣や体格、話している話題に気を向けていたのだが、視線を小太郎に向けた新九郎。

「儂の腹をそう読んだか」

 言われた小太郎の顔は、主の腹を知らねば臣は務まらないとでも言いたげに片頬が上がり気味になっている。半端な笑い顔になっているのが面白い。

「読まいでか。江戸の宿程ならば江戸川・利根川や内海などから物が入って来るから少しは繁盛しておるが、それ、お前様とワシらで行ったあの百姓の村」

 小太郎はくいと顎をしゃくってみせた。

「あまり江戸の城から離れてもいないのに捨てられた村のようになっておったではないか。だいたいどこの村でも、城下や宿を離れると寂れたような寒村があるだけじゃわい。どこも似たようなところをわざわざ見て歩きたいなどとは余程の変わり者よ」

「ふむ、まぁ、当らずとも遠からず。かな」

 小太郎は呵々と笑って見せた。

「案内する身ともなれば、客人の趣向は押さえておかねばならんからな。でだ」

 そう言葉を切った小太郎、くるりと辺りを見回すような仕草を見せた後、再び新九郎に視線を戻した。

「さて、この市を見回った後の次なる行き先だが、まず河越はどうか。と言いたいところだが、そこは江戸と同じく道灌殿の持城。ここと代わり映えはせぬ。故に鎌倉殿の御一門である一色殿のおわす幸手か、少々向きを西に取って私市きさいの佐々木殿の所などはどうかと思う。」

「なるほど、上杉領は殆どどこも変わらぬから、そこを離れて今度は鎌倉殿の領地を見よう、と言うのだな。儂も一色(幸手)、野田(栗橋)、梁田(関宿)を通ってみたいと思っていたが、案内してくれるなら小太郎、全て任せるよ」

「参られるか。ならば万事この小太郎におまかせあれ」

 新九郎ら十三人は道案内役の小太郎を先頭に立てて街道を進み、最初に西へと道をとり私市に足を進め、後に成氏の一門である一色氏の領地である幸手の宿を越えて栗橋に入り、そして武蔵を離れて沼沢地と大河川を船で渡ると下総の関宿へと進んだ。

 そこは江戸川の他、水郷の地として足下に広大な沼地を抱えた一大商業都市として栄えている古河奉公衆の筆頭、梁田持助の領地である。

 商業都市然とした姿は江戸の町とほぼ互角か、やや上回る規模であり、相当の運上銭があがるのか城下の整備も相当なものだった。

 ここで余談ではあるが、下総の水郷地域の事を書いてみようと思う。下総の国とは現在の茨城県西部から霞ヶ浦南部全域、太平洋まであり、南は千葉県北部、東京都の一部東京湾まで広がる。律令制が整えられたころに国が上下に分けられ、大和朝廷に地理的に近い方が上総、遠くを下総とされた。東海道に属する大国に分類された国である。

 また、いま新九郎一行の差し掛かった下総、武蔵に繋がる江戸川が流れる水郷一帯だが、この地域は、特に江戸地域は後年徳川家が入ってから開発されたかのような話が造られている。だが本来、古河・関宿・江戸等の古河公方・管領上杉一族の拠点は当時から相当な都市であり家康入府以前から栄えていたのだ。

 当然ながら家康の江戸入府からの江戸地域に比較すれば日本の首都ではないのでそこまで栄えてはいないが、葦原広がり民家がまばらにある程度の土地では無かった。

 何にしても応仁元年の今、駿河・信濃・越後を境にした日本を二分する地域の政治的首都となった古河とその重要支城である関宿の地が、また敵対する土地ではあるものの、その水郷に繋がり河川流通の一翼を担っていた江戸が地方の寒村であるはずがないのは自明の理であろう。

 さて。

「ずいぶんと」

 とは新九郎の声だった。

「栄えた土地のようだな」

 目の前には江戸川や大沼に大船小船が行き交う姿がある。

 城域に大きく広がる船着き場に横付けされる船から、荷揚げ・荷降ろしされる物品が所狭しと溢れているのが目に入った。商家が居並び間口には使用人や水夫が荷役に従事しており、喧噪が伴う活気にあふれている。

「ここは下総でも一、二を争う水運の要衝ですからな。鎌倉殿は意外と目が聡いのでしょう」

「鎌倉殿の目が聡いだと?」

「さよう、元々下河辺の荘一帯が鎌倉殿の御領所とはいえ、第一の廻船の駅である古河をご自分で押さえ、家宰である梁田殿を第二の関宿に置いた所などは大したもの。広大な御領所から上がる年貢や税の他にも、この水郷一帯から上がる運上銭は馬鹿にならぬ程の上がりがござろう」

 事実、後年新九郎の孫である北條氏康を持って「関宿の城は一国に値する」とまで言わしめている。それほどまでに河川流通が四通八達しており廻船問屋などが軒を並べて一大商業都市然としていた。

「そうか、鎌倉殿の蔵には溢れるほどの米と金銀が納めてあるか」

「でなければ室町殿(将軍)や上杉様(関東管領)の軍勢を相手取って何年も戦えませぬかならなぁ。まぁ今でも上杉様と相争っておりますが、それでも江戸の町まで往復する関宿や古河からの廻船を差し止めせぬのは運上銭が目減りするのを恐れての事ではありますまいか」

「なるほどな。と、言う事は、鎌倉殿はここを押さえられてしまえば力が半減するとも言えるか」

「その通りにござるが、それは中々と上手くは行きますまい」

「なぜ」

「関宿の城主は先ほども申しましたが、鎌倉殿の家宰の家柄である梁田殿じゃ。鎌倉殿のお腹様(母親)も梁田殿から出ておるでな。その梁田殿は沼と川を挟んだ西北の対岸にある水見(水海)と呼ばれる土地にもう一つの城を持っておる。そこには分家が入っておるから、如何に軍勢を持ってしても古河との交通を止める事は難儀致しましょう」

 小太郎は「また」と続けた。その指先を江戸川の西北に向けると、肉眼でも見える位置に幾つかの矢倉が立つ城郭が見える。そこが水見城だった。

 成氏と共に古河に入った梁田持助が最初に城郭として縄張りをした水見城である。利根川や大沼、釈迦沼に面した要衝とも言えたが、数年で関宿に移っていた。しかし、水見を離れたとは言っても城はそのまま残してあり、ここから関宿梁田家と水見梁田家に分かれた。主家を関宿、分家を水見としている。

「江戸川の西には鎌倉殿に古河を譲った後に栗橋(元栗橋:茨城県猿島郡五霞町)に移られた野田殿もおるし、その先には御一門の幸手の一色氏もおる。川を越えて北に向かえば結城の氏広殿が城を構えておる」

「四方には鎌倉殿の忠臣達が控えておると申すのだな」

「さようにござる。結城殿の隣には、ちと今は去就が不明になっている小山の持政殿もおるが、なにこの方は成氏公から兄とも思うと言われたほどの仲。いざとなったら鎌倉殿のお味方となるに相違ござらん」

「結城殿は、あの永享の乱の後、成氏殿の御兄弟お二人を擁立して幕府軍と戦った家柄。小山家も義政殿の起こした乱で廃絶になったあと、結城家から養子を迎え入れておるゆえ、血は小山も結城も同じものだろう」

「春王丸様、安王丸様を擁立された戦、結城合戦でござるな。さよう、血、でござろうか」

「うむ、さぁ、繁盛の地は見れた。次は古河までの地利を見よう」

「ならば」

 小太郎はそう言うと、配下の男を使い渡し船を調達して来た。

 水上交通が盛んなこの土地では舟など掃いて捨てる程川面に浮かんではいるが、十三人を一斉に乗せられるほどの物はそうそう見つからなかったようで、一艘、新九郎の目の前に舳先を付けて来たのは先ほど荷降ろしをしたばかりの大型の荷船だった。水夫かこ達もそれなりに乗りこんでいる。

「なかなかの大船だな」

「さよう、正に大船に乗った気でいてくだされ」

 この言葉を諧謔と受け取った佐平次はこれもまた諧謔で返そうとした。

「小太郎様、舟に乗るのは対岸まででございますよ。ほれそこ」

 佐平次が指をさした先は境と呼ばれた宿だった。新九郎一行のいる関宿から水上約五町の距離にある。指呼の距離と言っても差し支えない程なのだ。

また、ここも関宿程ではないとはいえ水上交通の町となっている。この地は成氏の御領所であり、その代官を長井戸と呼ばれた地に置き、城郭然とした屋敷まで構えている土地である。

「佐平次、ワシは遠い近いを申しておるのではないぞ。どのように気楽に行ける道であろうとも気を抜かずに用意をすれば何事も危うからず。と申しておるのだ」

「さようでございましたか、またわしゃ小太郎様がご自分に任せれば何事上手くいくと仰せにもなったかと思いましたわい」

「なるほどそれもある」

悪びれもしない小太郎に、新九郎は苦笑していた。

「それほどの自信があるならば頼もしい。この下総行脚は小太郎に任せるよ」

 三人が会話をしている間にも足柄の男達は船主に銭を握らせ、目の前の対岸であってもぞんざいに扱わせないように注意を払っていた。船乗りは海でも川でも総じて気が荒いものだ。

 さて、揺れる渡し板を歩いて胴の間へと足を踏み入れた一向を乗せた船が滑るように沼を渡った。浅い沼は船上からも水底が見え、小鮒や鯉などの魚が群れて泳いでいる姿が見える。また、目線を移せば水上から見渡す風景は陸地のそれとは違い、遥か先まで見通せた。

 関宿から東へは古河へ供奉する相馬の居する守谷が遥かにかすみ、その先は牛久沼、方向をやや変えると筑波の麓を濡らす霞ヶ浦である。反対に西へは梁田氏の古城がある水見の先までが雲を背景としてはっきりと視認できる。

「それより先は」

 猫の額ほどの陸地を挟んで利根川と渡良瀬川が合流する流れとなっている。と、小太郎が話していた。

 夏も深くなった今、水面を渡る風が心地よかった。目を瞑ると舟が水を切る音と漕ぐ櫂の音までもがどうにも心地よい。

 つと、ほとんど風を楽しむ間もなく舟が対岸へと到着したようだ。桟橋に舟を横付けするとほんの少し、舟が陸地に着いた衝撃が伝わってきた。

「着きましたぞ」

 小太郎の声に目を瞑っていた新九郎が目を開けた。

 河岸に到着した舟からぞろぞろと下船した一向はそのまま歩を北に向けると境の町並みを素通りし、八俣やまたと呼ばれる土地に向かった。

 ここにもやはり成氏の家臣で、八俣大蔵と名乗る者が居住している館が置かれている。

 館の北側には宿と呼ばれる町があり、左程繁盛の地ではないが貴重な税の収入源となっているようだ。

 またこの館は、土地の者には『東の門西の門城』と別名で呼ばれており事実その城の東西には門が構えられ、街道を押さえる要衝となっている。

 館の東の門側にはその昔、鎌倉へと伸びた街道が南北に横たわり昔日ならば一朝事があるたびにいざ鎌倉と在郷の御家人達が登って行った街道だった。

 その北は結城・小山両氏の領地である下総北端、下野にまで伸びている。南に進めば先の境の渡しを越えて関宿に続き、川沿いに進めば武蔵・下総境の国府台、葛西城へと続く。陸沿いに歩けば上総、安房まで抜ける事が出来る。

 また西の門側には水上交通が開け、長井戸沼を交通の便として様々な方面へと船出ができるのだ。特にここから西に向かえば長井戸沼の対岸にある柳橋へと続き、途中小堤城や関戸城、水見城、磯部の城、稲宮の砦などから扼されることを考えなければ成氏の居城、古河城には四里程度で辿りついてしまう土地でもあった。

「この渡しを越えてしまえば、今少しで古河の町に入れますぞ」

「しかし、武蔵の北から下総に入ってからは水ばかりだな」

「致し方ありますまい。ここは水郷、水の平野にござる」

「水郷とはよくぞ言ったものよ。だが、良い加減、水は飽きたな」

 新九郎は足元に濡れた水たまりをつま先でねぶっている。浅い水面に小さく波紋が広がった。

「蝉だな」

「そのようで」

 長井戸の渡しを越えた一向が柳橋の船着き場に到着したのはもう少しで昼をまわろうとしている刻限だった。辺りからは温い風に誘われた気の早い油蝉が夏の到来を謳歌しはじめ、近くの森から而儘な喧噪が鳴り響いている。

 気温が上がりうっすらと汗をかいた首に緩い風が吹きぬけ心地よい。日の光も風に揺らぐ早苗の上に降り注ぎ成長を促しているようだ。

「それはそうと、ひもじいな」

 新九郎は腹をさすってみせた。その引き締まった体型は俊敏さを伺わせる。

「この辺りは鮒が名物にござるよ」

 と、これは小太郎。

「鮒だと」

「煮物ですよ」

「小太郎は食った事があるのかね」

「むろんにございます」

「旨いか」

 小太郎は少々間をおいた後、はははと苦笑いをして見せた。

「ワシは食ってみたいなぁ」

 名物と聞いた佐平次は目を輝かせている。

「鮒、なぁ」

 新九郎は余り乗り気ではないらしい。

「鮒が獲れるならば鯉も獲れるだろう、小太郎、どこかで鯉を食わせるところを知らぬか」

「知っており申す。お前様は江戸の城でのお約束を覚えておいでだったか」

 再び小太郎は、呵々と笑ってみせた。

「まずい魚よりも旨い魚を食いたいものよなぁ」

 新九郎と小太郎が笑っている隣で独り言を言う佐平次、ワシゃ鮒でも良かったわい。と、そう物欲しそうな目をしていた。

「さて、鮒も鯉も城下の宿屋まで行かねば食えぬ。もうひと歩きじゃ」

 古河城下の名物を話しあってから暫くすると、もう一つの街道に繋がった。そこには橋が架かり、当地の者達からは名を思案橋と呼ばれている。

 名の謂れは義経と静御前にあり、鎌倉の始め、頼朝に追われた弟義経が奥州平泉に落ちて行ったことが始まりだった。

 静御前は義経への恋慕の情断ちがたく京を離れて旅を重ねたのだが、下河辺の荘の高野(埼玉県北葛飾郡杉戸町)と呼ばれるところまでやって来ると、古河の渡しを進む為の栗橋の関所が厳重に警備されていることを知る。

 ここで捕えられて再び京まで送り返されてしまうことを恐れた静は栗橋を避け、八甫(はっぽう:埼玉県久喜市八甫)の地から古河に渡った。だが、ここで奥州方面からやって来た旅人に、義経が討たれたとの話を聞いた。

 訃報を聞いた静は懊悩する。その義経が討たれたいま女一人で平泉に向かった所で詮ない、しかし、義経の菩提を弔う事を考えれば今からでも奥州路を辿っても良いのではないか。散々悩んだ場所がこの思案橋であるという。

「義経主とはずいぶんと古いものが出て参りましたな」

 丸太橋の上で佐平次は細流を見下ろした。両岸には草が生い茂り、水中には小魚が群れているのが良く見える。

「義経も古いが古河そのものも古いものだぞ」

「そうなので」

とは小太郎だった。

「万葉集にも詠まれた許我の渡しはここの事さ。遠く奈良朝から栄えているらしい」

「それは大したものじゃ。ところで」

 小太郎は義経の歴史物語になど興味がなさそうに話を変えた。

「この先から鴻巣の御所じゃ。今いる場所からは地続きだが、御所に近付けばまたお前様のお嫌いな水辺が見えるよ」

「また水辺かね」

「鎌倉殿はそこを御所沼と言わせておるそうじゃ」

「御所沼か、鎌倉と同じようにするつもりかな」

「その心算にございましょう。鎌倉より勧進した長谷寺はもちろん、城域にも乾亨院(後の永仙院ようぜんいん)と言う鎌倉円覚寺の末寺も建立しております。また小山との間に野木と呼ばれる土地があるのですが、そこにも円覚寺の末寺として円満寺を建立しておりますからなぁ」

「町並みは故郷懐かしく鎌倉の似姿に整えたり、か」

「享徳の乱以降、成氏殿は鎌倉に戻る事、叶いませぬ」

「北関東での合戦が落着かぬ間に今川範忠殿に鎌倉を占拠されてしまったからな。北関東を落着かせるまでは鎌倉には戻らぬ決意とでも言うのだろう」


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