古河行脚
広大な境内を持った長谷寺の門前町まで辿りついた一行は早速足柄の男達の調達で宿屋に入る事ができた。板で拭いた二階屋の宿だったが城下大路の脇に建っているだけあってなかなかと豪奢な造りでもある。
使用人も多い。棚から外に出て大路を行く旅人に客引きをしている者もいるようだ。
「お早いお着きでございました」
愛想のよい番頭らしき人物が宿屋に入った新九郎一行を出迎えている。
「長旅でお疲れになりましたろう、どうぞ、まずはこの框にお座り下され。いま下男が足を拭ってさしあげます」
「さようか、いや、今日はくたびれた。宜しく頼むぞ」
新九郎が上がり框にどっかと腰をかけ、腰に差した物を床に置いた丁度の頃合いで水盥を抱えた宿屋の下男が現れた。
「ようこそいらっしゃいまし」
これも番頭に劣らず愛想の良い下男である。ずいぶんと口も達者なようで挨拶が終わらぬ間にも何事かを話し始めると、新九郎の相槌を待つ間もなくとりとめの無い言葉を羅列している。だが、口のついでのように動く手で足を拭う仕草はだいぶ年季の入ったものだ。
宿屋での足の拭いというものは旅塵で汚れた足を清潔にする以外にも、按摩効果や泊まり客の健康を診る手段でもあった。店としては泊まり客が晩になって病に苦しんだり死なれてしまっては経営上非常に困った事になる。そのため足拭いと称して客の健康状態を診る訳だ。
慣れたものが観れば医者でなくとも状態がわかり、最悪は宿泊を断る事もあった。
「しかし今日は歩いたな」
下男の言葉と手先の動きが一段落したとき新九郎は大きく息を吐いた。未だ引かない流れる汗を拭うのだがなかなか汗は止まってくれない。
手ぬぐいを首回りに使ったとき、ふと顔を上げると宿屋の入り口で待つ佐平次達も手拭を懐から出して額と首の汗を拭っている姿が目に入った。
「なんじゃお前達、何を突っ立っておる。それ、ここに」
そういいながら新九郎は自らの脇に余る框を掌で叩いて見せた。
「座れ座れ、そこにおっては店のじゃまになろう」
その言葉に弾かれるかのように、佐平次は手拭で首周りを拭きながら新九郎の隣に腰を掛けた。ついでに足柄の男達にも猥雑な手招きをして框に呼んでいる。
「まさに歩き通しでございましたな」
僅か一日で蕨から古河の城下まで歩き通した脚力は驚異的なものだろう。乱破である足柄の風間衆は例外なのだが、新九郎と佐平次は脚力を特別に鍛えているわけではない。そのままの強行軍でもあった。
「ようこそおいでなされました。道中お疲れでございましたろう」
ちょうどそこに宿屋の主人が奥から出て来た。挨拶の為に上がり框の奥に膝をついてにこやかな表情で出迎えてくれている。でっぷりと肥えたその体格を見るに、よほど客の入りが良く繁盛しているようだ。
身に付けた衣服も見るからに高級そうではあるが、厭らしさを感じさせない辺りは商人としての分別があるとでも言うべきなのだろうか。
「疲れたなんて言う生易しいものじゃないよ。どこかの山伏の修行と同じだった」
やっと休めるところに辿り着いた佐平次の口はやけに軽い。
「それにしてもこの辺りときたら水ばかりで舟が無いとどこにも行けそうにないところだね」
これは宿屋の主人に対してだ。
「さようにございますな。この辺りは水辺だらけにございます。その代わり、旨い魚が多うございますよ
「へぇそうか、そりゃどんな魚だね」
「鮎に鯰、鰻や鯉などがそこらじゅうの沼や川から水揚げされます」
「それだけか?ならあまり京と変わり映えはしないじゃないか」
「おぉ、お客様方は京から参られましたのか」
佐平次の、「京」の言葉に店主は驚いた様子を見せた。今時分、京から下る者は多いだろう。商人であれば荷の買い付けに来る。山伏、勧進僧などは言うに及ばず、近頃では京の貴族達も地方の守護を目当てに使いを下す事もあるだろう。
(何を驚く事があろうか)
これが新九郎の思いであった。このためやや大げさにみえる驚き方をする店主の様子が少々奇異に見えたのだが、一方の店主は何食わぬ顔で話を続けている。素の驚きだったのか。
「これはこれは、そうですか、京から参られましたか。うむ、京に比べればここは大層鄙びた土地でございます故、魚の種類も少ないのでございましょう」
店主は手慣れた客商売らしく佐平次にもへりくだってみせており、言葉自体も商人然としている。気のせいだったようだ。
新九郎の心の動きを知る由もない店主は佐平次と話を進めている。
「都で膳に載るほどの魚をここで揃えるのは難しゅうございますが、手前共も心をこめて夕餉を馳走いたしましょう」
「それはありがたい」
「夕餉まではもう暫くお待ちくださりますよう。まずはお部屋に御案内いたしましょう」
「一晩、宜しく頼む」
すっと立ち上がった店主に続く新九郎、それに続き次々と男達が立ち上がり案内役の店主に続いて長い廊下を渡り始めた。
廊下は大路に面した障子を通した日の光で明るく、黒く磨かれた廊下が輝いている。角々には品の良い調度品までもが置かれており、戦乱の古河城下とは思えない程の雰囲気を醸し出している。
店の造りも外からの見た目よりも更に大作りで、何度か廊下を曲がった先に宛がわれた部屋が現れた。
こちらにございます。と言いながら襖を開いた店主の先には十畳ほどの部屋があった。その奥にも襖で仕切られた別部屋が拵えてあるらしい。廊下に続き部屋にも品の良い調度品が飾られていた。
「これはなかなか」
後に続く小太郎も、この部屋に感嘆の声を上げている。
「結構なものにございますなぁ」
くるりと新九郎も部屋を見渡していた。
「ところで店主、まずは身を清めたいのだが、風呂は用意できるかね」
「風呂ですか、この宿にはありませんが、なら寺の風呂を使えるよう話を付けておきましょう。支度が出来次第お声を掛けさせて頂きます」
「じゃあたのむよ」
「では御一行様のお座敷もご用意してございますので、ここからは仲居がご案内申し上げます。どうぞごゆるりとお寛ぎくださいまし」
注文を受けた店主が奥に下がった頃合で仲居がやってくると、人数の多い新九郎一行をそれぞれに分けて別部屋に案内してくれた。宿屋の人間は新九郎一行をどこかの商家の買い付けか何かと思っているようで特に上下の隔たりも無く部屋に押し込んでくる。最初の部屋には新九郎と佐平次が押し込まれていた。
「こりゃまた、殿様と同じ座敷にワシを入れるとは……」
廊下に出た佐平次の眼に映る仲居は「こちらでござい」と手際よく一行を各部屋に押し込んでいる。
「客の身分も聞かずにこの様な宛がいをするとは客商売にあるまじきじゃな」
何事か咎めだてようとした佐平次だったが、新九郎に止められた。
「何故でございます?」
「始めから宿の者には人をみて座敷を分けろとは申してはおらんだろう。ならば致し方ないことさ」
「と申されても、ワシが恐縮してしまいます」
さも恐縮する様な顔を見せた佐平次に苦笑する新九郎だったが、ならば、と言うと部屋の中央に仕切られた襖をするりと閉めて見せた。
「これでお前との境はできた。これならよかろう」
単に襖で部屋を仕切っただけだったが、そこには確かに主従の格式らしきものが現れている。
「なるほど」
見ようによっては御簾越しの代わりに襖を応用しているようでもある。また、宿直の家臣が脇部屋に屯している様な風にも見えた。
「どうも具合がよろしい様で」
「ならば儂は少し寝る」
「は?もうお寝りになられますか」
「うむ、寝る」
そう宣言すると、畳の上をするすると舞うような衣擦れの音が聞こえた。事実舞っているのだろう。
「きみやこし、われいざいねむ、おもほえず、夢かうつつかねてかさめてか」
そう伊勢物語にある和歌を少し変えて詠ってみせた。
「ふむ、これでは意味がわからんな」
新九郎は襖の向こうで笑っている。
「殿様、そうは申されてもまだ日も高うございますぞ、それに……」
佐平次が何か新九郎に言葉をかけようとしたとき、既に軽い鼾が襖越しに聞こえてきた。
「……こ、こりゃ、なんともお早いことで」
驚くよりも、あまりの寝付きの早さと良さに佐平次は呆れて自然と笑い顔になってしまった。
賑やかな宿場も日が傾き始めると夕餉の支度で内向きが忙しくなる。門前町に連なる店は次第に棚を仕舞い始め通りに出歩く人影も少なくなった。それに合わせるかのように雑踏消えた路地に響いて来る蜩の声は寂寥を誘う。
炊事の煙が淡く辺りに棚引き始めたころ、部屋の前、廊下を歩く足音が新九郎達の入った部屋に近付いて来た。
「もうし」
ここへ入る時に風呂の用意を頼んでいた店主の声だった。障子越しに部屋の中へ声をかけて来た。風呂の様子を伝えに来たのだろう。
「だれじゃ」
「この店の主にございます。お申し付けの風呂の支度でございますが、本日はもう使えるようになっておるそうですので、どうぞ寺の方へ足をお運び頂けますよう」
「そうか、わかった。しばらく待っていてくれ。案内を頼みたい」
「畏まりましてございます」
返事をすると、店主が静かに廊下に座ったようだ。重量感のある着座した膝音がごとりと響いた。
「さてその間に……」
佐平次は振り向き、新九郎の寝所となった部屋にむかって御簾越しに声をかけるかのように奥の襖の前に座ると、一つ咳払い。
「殿、風呂が使えるようにございますぞ。どうぞ起きて下され」
しばらく反応を待った。だが、物音が聞こえてこない。まだ寝ているのだろうか。そう思った佐平次は再び襖越しに声をかけた。
「殿、いまだお寝りにございますか」
そのとき、すっと襖が開いた。佐平次の目の前に現れた新九郎の顔は、起き抜けの惚けた風情は感じられない。その目は淀みなく目脂も付いていない。
「今起きた」
今し方起きたばかりでこれほど整った表情で居られるのか、と思わぬでもなかった佐平次だったが、
「それはなにより。風呂が使えるようでございますから、早速参られなさいませ。お供致しましょう」
そう言うと「替えのお召し物を」と言いながら箱の中から小袖と袴を取り出して風呂敷に包んでいる。こういった細々とした仕事は中々に手付きが慣れたものである。
「手際がよいな。ならば早速参ろう」
言い終わらないうちに包みを結び終わった佐平次、襖越しに座っていた店主を伴うと主従は風呂のある寺へと向かって歩いて行った。途中、隣部屋となっていた小太郎らも数人、警護として付いて来ている。
目的の場所は広大な長谷寺の塔頭の一画にある浴堂である。そこは近隣に住む庶民も湯銭を払えば入浴できる施設となっているものだ。
当の風呂であるが、ここには蒸し風呂の他にも湯殿も設えられており湯で沐浴もできる造りとなっているようである。
さて、店主が先導しながらするすると寺の境内を進み、幾つも並ぶ塔頭の間を抜けたところに浴堂があった。どうやら今日も土地の者に開放しているようで既に先客も何人か入っている様子である。
「こちらが脱衣所となっております」
案内して来た店主が先にある浴堂入口にある小さな座敷を指差して見せた。そこには先に入っているだろう人物が着ていたらしい、古ぼけた様子の小袖が幾つも畳まれて置いてあった。
「近在の百姓衆か?」
「は?」
新九郎のいきなりの質問に驚いた表情を見せた店主だったが、直ぐに質問の意図がつかめたようだ。
「あぁ、さようにございます」
「ここは人の入りは多いか」
「今日は多うございましょうなぁ」
「今日は、だと?」
「はい。鎌倉様が戻られましたようですので、近在の百姓達が戻って参りましたからなぁ」
「ほぅ」
そもそもは古河に入る前、小太郎から成氏が何処に居るかはっきりしないと告げられたままの下総行脚だった。このまますれ違ってもかまわないとの思いだった旅路なのだが、なんとも運がよいことだ。新九郎一行が古河に到着したと同じ日に成氏が古河に戻ったらしい。
(我が身の運が良い事よ)
「それではごゆっくりと湯をお楽しみください。手前はこの辺で宿に戻りますが、手代を一人こちらへ寄越しますのでお戻りの際はその者に案内を申し付け下さいまし」
そう言うと店主は深々と頭を下げて浴堂を去って行った。
「殿様、ならばワシらも外でお待ち申し上げますので、どうぞごゆるりとおくつろぎ下され」
「うむ、おぬしらも続いて湯を使うと良い」
佐平次達と分れて向かった先には湯気の濛々とあがる区画があり、先に入っている者達は全身から汗を流しながら竹べらで体の垢を落としている様子が見える。その先に湯殿があるようだ。湯につかっている者が遠目でも見える。
新九郎は腰掛けの空いている所に近付き、左右に「冷え者でございます」と町人のような挨拶を交わした。
今のサウナのような施設が風呂である。当然ながら先に入っている者達とも近く接するために人見知りをしないものは何くれと無く話しかけて来るのは昔からのことだった。
このときも、新九郎の脇で汗を流していた男が話しかけて来た。
「おめぇさん、言葉がずいぶんと違うようだけど、上方から来たのかい」
その男は見た目の雰囲気からすると百姓風ではあるものの、どこと無く荒い気骨を感じる。良く見ると左足の太もも辺りに槍傷の塞がった痕が見えた。足軽なのだろうか。
「ああ、そうだ。儂は京の衣棚通押小路にある麻問屋でな、麻の買い付けにここまで下って来たのさ」
「ほうか、そらぁ遠いところを御苦労なもんだ」
「見た所おまえさんは鎌倉様の足軽かなにかかね」
その男はぎょろりと目をむいた。
「おらぁ牛谷に住んでる茂助ってもんだが百姓さ。足軽稼ぎはたまにしかやらねぇ」
「たまにしかやらぬと」
「ああ。おらぁ次男坊の厄介住みだからな、田植えや稲刈りが終わっちまえばその間は百姓での食い扶持がねぇ。だから今みてぇな田植えの終わった辺りじゃ足軽で日銭を稼いでるのさ」
「足軽はそれほど稼げるかね」
「おまんまが食える。ひもじい思いをしないだけでも有難いと思わねえと。でもな、合戦に出ると、たまぁにだけども酒が飲めるんだぞ。これがまたうめぇんだ」
額から汗を吹かせながらも実に嬉しそうな表情だった。目を細めながら舌舐めずりをしているところを見ると、酒を舐めているところでも想像しているのだろう。生唾を飲み込むと奇妙な声を上げて両掌で顔の汗を掻き上げるような仕草を見せた。
「それで、鎌倉様の奉公は終わったのかね」
「あぁ、上州の五十子砦まで出向いていたんだけど、いきなり帰ると言い出されてな。まぁ俺らにゃ分らん難しい事でも起こったんだろうさ。お陰でこうして命の洗濯ができるって訳だけどな」
そういうとこの男は勢いを付けて立ち上がり、そのまま湯殿へと向かって行った。背中に大きな傷跡が目立つ男だった。
「そうか、五十子からの引き揚げだったか」
風呂の熱気からくる蒸し暑さで額から大袈裟に流れる汗を両掌で拭い、大きく息を吸い込んだとき、今度は別な方向から声をかけられた。
「お前さん、麻の買い付けにきたと言ったな」
少し離れたところに座っていたもう一人の男が新九郎に話しかけて来た。三十路に差し掛かった程の男で、人相はエラが張り出し、顎だけが男が何かを話すたびに別な生き物のように動いて見える。
左の眉には何か刃物で切られた様な傷跡が醜く塞がっていた。さきほどの男と言い、足軽稼ぎは命と銭の交換のようなものだな。とは今の新九郎の感想である。
「ああ、そうだよ。おまえさんも鎌倉様の元で稼いできた口かね」
「おうともよ。だけどな、今回は大きな合戦がなくて落ち首拾いもでき損ねた。もう少し稼げると思ったんだがな」
すると男は、エラが張った顔をぬっと差し向けて来た。
「でな、もう少し稼ぎが欲しい訳なんだが、麻屋の旦那、俺を用心棒を兼ねた荷頭にやとってみねぇか」
荷頭とは、商人が商品を遠国などに買い付けに行くときに組む商隊を護衛する部隊を纏める人間の事だ。
買い付けに行く訳だからそれなりの銭金を所持して旅をする。また買い付けの帰りには商人により様々な品物を運搬することになる。当然ながらこれを狙う輩が現れるものだ。その危急の保険の為、この商隊を守る役をするのが護衛でありまとめ役が荷頭なのである。
もちろん実入りの良い商家の荷頭なら随分と羽振りが良いものだが、この男は新九郎を見て羽振りの良い麻の問屋と思ったのだろうか。
「すまんが人数は間に合っておるよ」
「そう言うなって。なんなら今の荷頭がどれほどの腕前か、俺が試合ってみてもいいんだぜ」
この男は自分の膂力に相当の自信を持っているのだろう。見た目にはそれほど筋骨隆々とした大兵では無いのだが、合戦で鍛えた武芸が拠り所となっているのかもしれない。
「まぁそれでも良いが」
そういうと、両掌で顔の汗をさっと拭った新九郎、ふぅと息を吐いて見せた。
「ならばまずは儂が、その方が使える人間かどうか見極めてくれよう」
「俺が、使えるかどうか、だと」
「そうだ。いらぬと言っておるのに使えと言うなら、それなりの素を見せてもらわねばならん」
「ふむ」
顔を傾けて何か考える素振りを見せた男に、新九郎は立ち上がりながら言葉を続けた。
「明日の午の刻、古河の館北側、渡良瀬川の船着き場まで来い。そこで待つ」
言い終わるとそのまま湯殿に向かって行った。
----------------
「殿様、意外とお早い沐浴でしたな」
自分の予想していた頃合いとは少々違っていた佐平次が新九郎の着替えを差し出しながら言葉をかけていた。夏の事とは言えそろそろ日も傾き始める頃合い、風呂の前座敷から眺められる長谷の借景は竹林深く濃い。そこからそよいで来る風が風呂上がりには実に心地よいものだ。
座敷にかかる窓障子をうち開き、その前に斜に腰を掛けながら竹林に続く塔頭の庭を見た。室町風の枯山水がある訳ではないが、土の庭に飛び石が据え置かれ、所々に庭木が植えられている。実に質素ながらも名刹の佇まいが広がっていた。
「中々に良い湯殿であったわ。風呂だけかと思っておった分、徳をしたようじゃ」
「それは良うございました」
膝前から新九郎に着替えの素襖を進めると、そのまま新九郎は膝前に置いた。いま着ている湯帷子が心地よいらしい。
「でな佐平次」
庭を眺めたまま呟くように語りかける新九郎、いまだ体が熱を帯びているのか額から汗一筋零れて来た。
「はい」
「明日の昼、午の刻に古河の館近くにある船着き場まで同行せい」
「かしこまりました。じゃがしかし、殿様は水辺に飽きたのではござりませぬか?また何故に船着き場でございます」
佐平次は知る由もないがこの船着き場は古河城北門にある、城の荷降ろし場である。新九郎はそこに目的を置いていた。
「人を見る」
「人を見るので?」
「ただ人を見るのではない。その人となり、人物を見るのだ」
「へぇ、して、その人物のあてはどちらで」
「さきほど供に風呂を使っていた」
「ほぅ、近在の百姓にめぼしいものがおりましたか」
「まさか」
馬鹿馬鹿しい。なぜ百姓を見なければならんのか。との言葉が出そうになった。それと共に、これを切欠に成氏にあうのさ。という言葉も飲み込むと、
「多少の腕自慢のようだから試合ってみるのさ」
そう言葉を繋いでいた。
「なんですと!おやめなされ。どうせ百姓崩れの足軽なのでしょう。そんな輩と試合うなど、もし怪我でもしたら大損ですぞ」
「まぁ、損だな」
「で、ございましょう」
「佐平次は儂が負ける、と申すのか」
「滅相も無い。もしもでございます。もしも負けずとも何かの拍子に怪我をなされたら勿体ないのうございますぞ」
「そこはそれよ、我が運だめし」
「運だめし?」
「おうさ」




