↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

13

「ゼノ!」


 シアはローブの前を掻き合わせたまま、背中を向けているゼノを睨んだ。


「何!」


「言わなくていい!」


「俺が悪いの!?」


 悪いに決まっている。少なくとも、わざわざ口に出す必要はなかったはずだ。


 シアは熱を持った頬を隠すようにローブを引き上げ、今度はすぐ目の前にいるリカルドへ顔を向けた。眼鏡を奪われた彼には、こちらの姿はほとんど見えていないはずだ。それは分かっているのに、先ほどまで自分がどんな格好をしていたのかを考えると、まともに顔を見られなかった。


「リカルドも忘れて!」


「何をですか!」


「全部!」


「見えていません!」


「ほんとに!?」


「何度言わせるんですか!」


 リカルドは眼鏡を探しているらしく、片手を宙へ伸ばしている。その指先が見当違いの場所を彷徨うのを見れば、本当にほとんど何も見えていないのだろう。


 ただし、その顔は耳まで真っ赤だった。


「赤くなってる!」


「見えていないと言っているでしょう!」


「じゃあ何で赤いの!」


「知りません!」


 即座に返された声からは、普段の落ち着きがすっかり消えている。それが余計に怪しく思えて、シアはローブの中から疑うような目を向けた。


「絶対分かってる!」


「聖女様、とにかく眼鏡を返してください!」


「あ」


 そこでようやく、まだ自分が眼鏡を持っていたことを思い出した。


 右手を見ると、細い銀縁の眼鏡がしっかり握られている。慌てて差し出しかけたところで、ローブの下にはリカルドのシャツを一枚着ているだけだと思い出し、シアは伸ばしかけた手を勢いよく引っ込めた。


「無理!」


「なぜ!」


「今近づけない!」


 リカルドは何も見えないまま眉間に皺を寄せ、苛立ったように手を差し出す。


「では、そこに置いてください!」


「どこ!?」


「知りません!」


「リカルドが見えないからでしょ!」


「そうです!」


 自分で答えておきながら腹が立ったのか、リカルドの声が一段大きくなった。


 そのとき、少し離れたところから、堪えきれなかったような笑い声が漏れる。


 振り返れば、こちらに背を向けたままのゼノが肩を震わせていた。


「……ゼノ」


「無理……これは無理……」


「笑わないでよ!」


「だって、聖女サマ朝からずっと楽しそうだったのに、最後これって……」


「誰のせいだと思ってるの!」


「最初に実験魔法かけたリカルド?」


「お前も原因だ!」


 すかさずリカルドの怒声が飛び、ゼノの笑い声がますます大きくなる。


 シアも最初こそ恥ずかしさで顔から火が出そうだったが、状況が滅茶苦茶すぎて、だんだん怒っているのが馬鹿らしくなってきた。


 眼鏡を奪われ、ほとんど何も見えないまま怒っているリカルド。律儀に背中を向けながら笑っているゼノ。その真ん中で、借り物のローブを必死に掻き合わせて怒鳴っている自分。


 朝には、こんな一日になるなんて想像もしていなかった。


「……ふふ」


 一度零れた笑いは止まらなかった。


「聖女サマ?」


「だって……変なの」


 シアが笑えば、ゼノもまたつられるように笑い出す。


「いいから眼鏡を返してください!」


 リカルドだけは最後まで怒鳴っていた。


 シアは慌てて眼鏡を机の上に置き、リカルドの手を取ってその場所へ導いた。


「はい。ごめんね」


「……まったく」


 眼鏡を掛け直したリカルドは、深い溜め息をついた。


 ◇


 王城に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。


 ゼノの家にあった服を借り、どうにか人前に出られる格好になったシアは、裏門を抜けたところで壁にもたれて待っていたリアムを見つけた。


「遅い」


「ごめん」


「日暮れまでに戻る約束だっただろ」


「うん。本当にごめんね」


 リアムはすぐには答えず、シアの後ろに立つ二人へ目を向けた。


「お二人にも、日暮れまでに戻してほしいとお願いしたはずですが」


「申し訳ない。こちらの不手際だ」


 リカルドが謝ると、ゼノも珍しく素直に頷いた。


「ごめんね。ちょっと色々あってさ」


「……何があったんです?」


「それは秘密」


「ゼノ!」


 シアが慌てて声を上げると、ゼノは悪びれもせず笑った。


 リアムは何か言いたげだったが、まずはシアへ向き直る。


「元に戻ったのか」


「うん!」


 証明するように両腕を広げてみせると、リアムは頭から足先までシアの姿を確かめた。朝には片腕で抱えられるほど小さくなっていた身体も、今は元通りである。それを自分の目で確かめて、ようやく安心したらしい。


「何もなかった?」


「……何も」


 一瞬だけ間が空いた。


 直後、背後でゼノが吹き出したので、シアは勢いよく振り返る。


「何もなかった!」


「はいはい」


「本当に!」


「分かったって」


 どう考えても信じていない顔で笑うゼノの隣で、リカルドは何も言わず、ただ眼鏡の位置を直した。


 その仕草を見た途端、先ほどまでの騒ぎが鮮明に蘇る。シアはまた熱くなりそうな頬を誤魔化すように顔を逸らした。


「何なんだ」


 リアムが怪訝そうに眉を寄せる。


「何でもないよ」


「そうは見えないけど」


「ほんとに何でもない」


 それ以上追及する気はないらしく、リアムは三人を順番に眺めてから肩の力を抜いた。


「ならいいけど……結局、一日何してたんだ?」


 尋ねられ、シアはすぐに答えようとして、少しだけ考えた。


 魔法の実験に巻き込まれ、子どもになって、初めてゼノの家へ行った。菓子を食べ、光の鳥を追いかけ、リカルドにいたずらをして、最後には思い出すだけでも恥ずかしい目に遭った。


 朝から起きたことをひとつずつ辿っているうちに、自然と笑みが浮かんでくる。


「友達ができたの」


「……誰と?」


 リアムに尋ねられ、シアは振り返った。


 リカルドは露骨に怪訝そうな顔をしている。ゼノは相変わらず、何がそんなに楽しいのか分からないような、いつもの笑顔を浮かべていた。


「二人と」


「俺は友人になったとは言っていません」


「えー!」


「ほら振られてんじゃん」


「ゼノも入ってるんだからね!」


「俺?」


「そうだよ!」


「いつ決まったの、それ」


「今日!」


「勝手だなあ」


 二人とも認めてくれない。


 それでも、シアの笑みは消えなかった。


 昨日までの一年は戻ってこない。


 けれど今日という一日は、ちゃんと自分のものになった。


「じゃあ、また明日ね」


 シアは二人へ向かって手を振った。


 リカルドが一瞬だけ黙り、何かを諦めたように息を吐く。


「……明日も研究室へ来るつもりですか?」


「うん」


「来るなと言っても?」


「行くよ」


 今度はもっと深い溜め息が返ってきた。


「なら、せめて入る前に声をかけてください」


「今日もかけたよ?」


「返事を待ってください」


「あ、そっか」


「本当に分かっているんですか……」


 呆れきった声だった。


 それでも、来るなとは言われなかった。


 そのことが嬉しくて、シアはもう一度笑い、今度こそ二人へ背を向けた。すぐにリアムが隣へ並び、歩き出してからちらりとこちらを見る。


「機嫌直ったな」


「うん」


「ならいい」


 それだけ言って前を向くリアムの隣を、シアも同じ歩幅で進んでいく。


 千年祭を待つ王都には、今夜も数えきれない灯りが揺れていた。春の夜風の向こうから人々の笑い声が聞こえ、祭りの準備をしているのだろう、どこか遠くでは木槌を打つ音も響いている。


 自分がどうしてここへ来たのかも、この先に何が待っているのかも、まだ分からない。


 それでも、明日になれば会いに行ける人がいる。また明日、と言える相手がいる。


 リアムと並んで歩きながら、シアは祭りの灯りが揺れる王都を見上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。