最終話 俺達の戦いはこれからだ!!
タケルの足元に、小さな炎が灯った。
魔王の笑みが消える。
「……何?」
その炎は、異世界へ来たばかりの頃に出したものとよく似ていた。
小さくて。
頼りなくて。
レナードに焚き火だと笑われた炎。
だが今は。
その火を見ても、タケルは俯かなかった。
◇
暗闇の中。
魔王の声が、何度もレナードへまとわりついていた。
『お前を信じた者は、お前のせいで死ぬ』
『守ると決めたのだろう』
『ならば、その責任を取れ』
目の前には、倒れた仲間たち。
イオリ。
タケル。
サキ。
アヤコ。
マイ。
ミハル。
自分を信じてくれた者たちが、血を流している。
「……責任、ね」
『そうだ』
「確かに怖ぇよ」
レナードは俯いたまま答えた。
「俺のせいで誰か死んだらとか、守れなかったらとか」
『ならば剣を捨てろ』
「でもさ」
ゆっくり顔を上げる。
「それで逃げたら、もっとダセぇじゃん」
『……何?』
思い出す。
エリオットに教わった。
強いからといって、一人で全部やる必要はない。
レオンに教わった。
守ることは、死ぬことではない。
セシルに教わった。
止まらず、必要な場所へ動け。
エミールに教わった。
戦いは、力だけではなく整え方でも変わる。
ノエルに教わった。
無理をすることが強さではない。
アレクシスに教わった。
仲間と噛み合う動きは、美しい。
そして。
最後にリリアーナから言われた。
『男はな、覚悟と責任の取り方で筋通すんや』
「……」
レナードの口元が上がる。
『何がおかしい』
「いや」
拳を握った。
「俺、まだ全然なんだなって思って」
『ならば諦めろ』
「逆だよ」
レナードが真っすぐ前を見る。
「筋通して――」
足元から光が広がった。
「立派な男になってやんだよ!!」
暗闇が大きく揺れる。
『黙れ!』
「だからこんなとこで止まってらんねぇ!!」
光が一気に弾けた。
◇
一方。
タケルもまた、自分の失敗を見せられ続けていた。
『自分を信じると言ったな』
「……」
『その判断が間違っていたらどうする』
自分の指示で。
レナードが倒れる。
サキが倒れる。
イオリが傷つく。
『お前が決めた』
『お前のせいだ』
タケルの手が震える。
怖い。
今でも。
間違うのは怖い。
誰かを傷つけるのも怖い。
自分に自信を持つことさえ、本当はまだ怖かった。
『ならば何もするな』
『以前のお前に戻ればいい』
教室の隅で。
一人で。
誰とも話さず。
ゲームの正解だけを見ていた自分。
「……嫌だ」
『何?』
「もう戻りたくない」
『お前は弱い』
「知ってるよ!」
タケルが顔を上げる。
「僕は強くない!」
小さな炎が灯る。
「怖いし、自信なくす時もあるし、失敗もする!」
『ならば――』
「でも!」
炎が大きくなる。
「もう自分に負けない!!」
魔王の声が止まった。
タケルは杖を強く握る。
「怖くても、間違っても――」
一歩前へ出た。
「前に進むんだ!!」
炎が暗闇を焼き尽くした。
◇
「……っ!」
レナードが目を開く。
同時に。
タケルの足元から炎が一気に燃え上がった。
「あり得ぬ……」
魔王が後ずさる。
「二度も……我が力を……!」
最初にレナードの耳へ飛び込んできたのは。
「おかえりー!」
エリオットの声だった。
「……」
振り向く。
エリオットは血を流し、剣を杖代わりにして立っている。
レオンの盾は半分以上砕け。
セシルは肩で息をし。
ノエルも魔力をほとんど使い切っていた。
エミールも。
アレクシスも。
ルシアンも。
誰一人、無傷ではない。
レイナも肩から血を流していた。
それでも。
全員が立っている。
「……お前ら」
レオンが笑った。
「みんな揃ったね」
ノエルも目元を拭う。
「よかった……!」
レイナは静かに微笑んだ。
「姫様のお声が聞こえましたの」
レナードが目を瞬く。
「声?」
「ええ」
レイナは一度、胸元へ手を当てた。
「『生きろ』と」
ロイフラたちも頷く。
「僕たちも聞こえたよ!」
「うん!」
「だから帰らないとね!」
レオンが壊れかけた盾を握り直した。
「一人も死んだら意味ないよ」
ノエルも頷く。
「みんなで生きて帰らないと!」
「全員で帰ろー!」
エリオットが笑った。
レナードはしばらく全員を見ていた。
それから、小さく笑う。
「……だよね」
タケルも顔を上げた。
「うん」
あの日。
王宮の階段で。
リリアーナは言った。
『一人残らず生きて帰ってこい!』
まだ誰一人欠けていない。
「じゃあ」
レナードが剣を構える。
「終わらせよっか」
タケルも杖を握った。
「うん!」
◇
「愚かな人間どもが!」
魔王の身体から、これまで以上の黒い魔力が噴き上がる。
「ならば全員ここで滅びろ!」
黒い雷が玉座の間を埋め尽くした。
「来ますわ!」
レイナが叫ぶ。
「全員、生き残ります!」
「はーい!」
ロイフラが一斉に動いた。
レオンが前へ出る。
「守るよ!」
残った盾の光が広がる。
黒い雷がぶつかる。
「ぐっ……!」
「レオン!」
「大丈夫!」
エリオットがその横を駆け抜ける。
「今だよー!」
剣が魔王の魔力を斬り裂いた。
セシルが空いた場所へ飛び込む。
「えいっ!」
拳が魔王の腹へ直撃する。
「ぐぁっ!」
「動いた!」
エミールがすぐに叫ぶ。
「右側空くよ!」
風が吹く。
スターライトの進路が開いた。
「アレクシス!」
「こっちは止めるね!」
残った魔力で空間が固定される。
魔王の左腕が一瞬止まった。
「ルシアン!」
「凍っててねー!」
氷が右足へ絡みつく。
「ノエル!」
「みんな前行って!」
最後の回復魔法がスターライトを包んだ。
レイナが両手を広げる。
風。
雷。
土。
水。
全ての魔法が。
レナードとタケルのために道を作る。
「今ですわ!」
「行くぞ!」
「うん!」
二人が同時に走った。
魔王が黒い雷を放つ。
「レナード、右!」
「了解!」
避ける。
「次、左!」
「オッケー!」
さらに避ける。
「次フェイント!」
「分かった!」
魔王の右手が動く。
だが攻撃は左。
レナードは迷わず潜り抜けた。
「なんで分かる!」
「タケルが見てるから!」
「僕だけじゃないよ!」
タケルも叫ぶ。
「レナードが動いてくれるから分かるんだ!」
「じゃあ最強じゃん!」
「今自分で言う?!」
「言う!」
レナードが魔王の懐へ飛び込んだ。
剣を振る。
魔王の黒い障壁が砕ける。
「ぐっ……!」
だが魔王はすぐにレナードの胸を掴んだ。
「勇者ァァァ!!」
黒い雷が身体へ流れ込む。
「ぐぁっ!」
「レナード!」
「まだ!」
レナードは魔王の腕を掴み返した。
「離せ!」
「嫌だね!」
「貴様一人の力で何ができる!」
「一人じゃないし!」
レナードが叫ぶ。
「タケル!!」
「分かってる!!」
タケルが杖を両手で握る。
風が巻き起こった。
魔王の身体が僅かに浮く。
「なっ……!」
「もっと……!」
タケルが歯を食いしばる。
風が強くなる。
炎が混ざる。
「何をするつもりだ!」
レナードが魔王の身体を両腕で抱え込んだ。
「決まってんじゃん!」
「レナード!」
「うん!」
二人は一瞬。
顔を見合わせた。
そして。
同時に叫ぶ。
「俺達の戦いはこれからだ!!」
「僕達の戦いはこれからだ!!」
「何ィィィィィ?!」
レナードが全身の力を込める。
タケルの風と炎が、その背中を押した。
「うおおおおおおおおお!!」
「行っけぇぇぇぇぇぇ!!」
魔王の身体が。
宙へ浮く。
「人間ごときがァァァァ!!」
「人間舐めんな!!」
「レナード、もうちょっと右!」
「右どっち?!」
「そっち!!」
「雑!!」
「今それ言ってる場合じゃないよ!!」
「うおおおおおお!!」
レナードが魔王を放り上げる。
同時にタケルが魔法を叩き込む。
二人の力が重なった。
魔王の身体が。
玉座のさらに奥へ吹き飛ぶ。
そこには。
魔王自身が生み出していた、巨大な黒い魔力の裂け目。
「待て――」
魔王の顔が初めて恐怖に歪んだ。
「後悔するぞォォォォォ!!」
レナードが叫ぶ。
「しないね!!」
タケルも続いた。
「僕も!!」
魔王の身体が。
闇の中へ消える。
一瞬の静寂。
そして。
ドォォォォォォォン!!
魔王城全体が激しく揺れた。
壁に刻まれていた黒い紋章が。
一つ。
また一つ。
砕けていく。
黒い光が空へ昇り。
やがて。
何も残らず消えた。
「……」
「……」
レナードとタケルは並んだまま、しばらく動かなかった。
「……倒した?」
タケルが聞く。
「倒したっしょ」
「たぶん?」
「絶対」
「ならいいけど……」
少し沈黙する。
レナードが首を傾げた。
「ねぇ」
「何?」
「なんか今の、有名な映画で見たことない?」
タケルが数秒黙る。
「……僕も一瞬思った」
「だよね?」
「今それ言う?!」
玉座の間に。
笑い声が広がった。
◇
魔王が倒れた。
世界各地を覆っていた黒い紋章も消え、異常な魔物の発生も止まった。
長く続いた災害は。
ようやく終わった。
そして数日後。
リュミエール王国。
魔王討伐の日。
世界中の戦士たちが出陣した、王宮の大階段。
そこには再び、大勢の人々が集まっていた。
ただし。
今日は誰も戦場へ向かわない。
帰ってきた者たちを迎えるためだった。
チリン。
澄んだ鈴の音が響く。
バルドが一礼した。
「魔王討伐隊の皆様が、帰還されました」
大歓声が上がる。
「オオオオオオーーーーー!!!!」
ロイヤル・フラグメント。
レイナ。
アルカディア。
世界各地の冒険者たち。
スターライト。
全員が。
そこにいた。
一人も欠けていない。
階段の上では。
リリアーナが待っていた。
その隣にミレーヌとバルド。
レナードとタケルにだけ見える清司も、いつものように静かに立っている。
リリアーナは帰ってきた者たちをゆっくり見渡した。
「よう帰ってきたな」
その瞬間。
何かが切れた。
「リリアーナー!」
真っ先にエリオットが走り出した。
「姫様ー!」
ノエルも続く。
「帰ってきたよー!」
セシル。
レオン。
エミール。
アレクシス。
ルシアン。
ロイフラ全員が、泣きながらリリアーナへ駆けていく。
レイナも。
いつもの優雅な笑みを保とうとして。
できなかった。
「……姫様」
涙が頬を伝う。
「ただいま戻りましたわ」
イオリの目からも涙が溢れた。
「リリアーナ姫様……!」
スターライトも。
アルカディアも。
次々とその輪へ入っていく。
「うわ、マジでみんな行くの?」
レナードが笑いながら言う。
だが。
その目も赤い。
タケルはもう泣いていた。
「行こうよ……」
「泣くの早くない?」
「レナードも泣いてるじゃん……!」
「これは汗!」
「目から?!」
二人も笑いながら、その輪へ入った。
大勢に囲まれても。
リリアーナは何も言わなかった。
逃げもしない。
茶化しもしない。
ただ。
一人一人を受け止めるように、そこに立っていた。
しばらくして。
リリアーナが小さく笑う。
「……ちゃんと生きて帰ってきたな」
「……!」
さらに泣き声が増えた。
エリオットが泣きながら笑う。
「帰ってきたよー!」
ノエルもリリアーナへしがみつく。
「みんな一緒だよ!」
レオンが頷く。
「一人も欠けてないよ」
レイナは涙を拭わずに微笑んだ。
「姫様とのお約束ですもの」
その横で。
ミレーヌがグループハグを眺めながら、少しだけ笑う。
「みなさん、清司さんの骨が折れないようにしてくださいね」
「え?」
レナードとタケルだけが同時に清司を見る。
黒スーツ姿の清司は。
群衆の真ん中で。
相変わらず静かに立っていた。
バルドも落ち着いた顔で一礼する。
「今だけは許可しましょう」
「何の許可やねん」
リリアーナがようやく突っ込んだ。
泣きながら。
みんなが笑った。
◇
少し離れた階段の上。
その光景を見ている二人がいた。
一人は、大柄な男。
口には葉巻。
その隣には煙草を手にした女。
レナードがグループハグから顔を出し、二人を見る。
「……え」
タケルも気づいた。
「あの人たち……?」
レナードの目が見開かれる。
「……あれが国王と王妃……!!」
「想像してた王族と違いすぎる……」
姐さんは煙草を持ったまま目元を拭った。
「ほんま泣けるやんか……」
オヤジは葉巻の煙をゆっくり吐き出す。
しばらく。
何も言わずに全員を見ていた。
そして。
「やるやんけ」
にっと笑った。
レナードが小声で呟く。
「……やっぱ普通の国王じゃない」
「うん……」
◇
表彰が一段落すると。
サキがタケルの隣へやってきた。
「タケル」
「うん?」
サキはそっと手を差し出す。
「約束、守れたね」
戦いへ向かう前。
二人で交わした言葉。
『一緒に生きて帰ろう』
その直後。
『死亡フラグみたいになってんじゃん』
レナードが茶々を入れ。
『違うよ! 縁起悪いこと言わないでよ!』
タケルが本気で怒った。
でも。
二人とも。
本当に帰ってきた。
「……うん」
タケルはサキの手を握る。
「帰ってこれた」
もう。
好感度表示なんて見なかった。
爆弾も。
イベント条件も。
必要ない。
サキが笑っている。
それだけで十分だった。
◇
一方。
リリアーナの前には、レナードが立っていた。
「お前」
「はい?」
リリアーナはレナードを上から下まで見る。
「少しは男になったな」
レナードの顔が一気に明るくなる。
「マジ?!」
「少しな」
「まだ?!」
「まだや」
「魔王倒したんだけど?!」
「それとこれとは別や」
「マジで?!」
リリアーナは少し笑う。
「これからや」
「……これから?」
「せや」
その時。
「レナード」
後ろから声がした。
振り返る。
イオリが立っていた。
いつもの凛々しい顔。
なのに。
今日は少しだけ頬が赤い。
「少し……お話いいですか?」
「え?」
レナードが首を傾げる。
「何? 怒ってる?」
「違います!」
「じゃあ何?」
「それは……」
イオリが言葉に詰まる。
レナードの目の前に。
久しぶりに表示が浮かんだ。
【イオリ】
【好感度:測定不能】
「……え?」
レナードが固まる。
「タケル!」
「何?」
「壊れた!!」
「何が?!」
「好感度!!」
タケルが表示を見る。
そして。
少しだけ笑った。
「……壊れてないよ」
「じゃあ何?!」
「もう攻略じゃないんだよ」
「え?」
タケルはサキの手を握ったまま答えた。
「ここからは、自分で頑張って」
「マジ?!」
リリアーナが横から鼻で笑う。
「ほら」
「何?」
「これからやろ」
「……」
レナードは。
ようやくイオリを見る。
今度は。
好感度ではなく。
ちゃんと本人を。
「……じゃあ」
少しだけ照れながら笑った。
「話そっか」
「はい」
イオリも笑った。
◇
そんな空気を。
豪快な声が全部ぶち壊した。
「お前ら全員!!」
「え?」
全員が振り返る。
オヤジが葉巻を片手に、大声で叫ぶ。
「新作のラーメン食ってけ!!」
一瞬。
静寂。
「ラーメンー?!」
ロイフラが一斉に反応した。
「食べるー!」
「やったー!」
「お腹すいたー!」
「最高ぉう!」
レイナも涙を拭いながら上品に微笑む。
「楽しみですわ」
アルカディアの面々まで顔を見合わせる。
「魔王討伐の褒賞が……」
「ラーメン……?」
姐さんが煙草をくわえながら笑った。
「ええやん。腹減っとるやろ」
「いや、そういう問題ちゃうやろ!」
リリアーナがオヤジを見る。
「世界救ったご褒美が――」
大きく息を吸う。
「ラーメンかい!!!!」
王宮の大階段に。
最後の笑い声が響いた。




