ショッピング・オン・高天原①
七色のステンドグラスで描かれた大きな宝船が、降り注ぐお日様の光に煌めいた。
ショッピングモールの三階吹き抜けの天井に埋め込まれた数メートル四方の立派なガラスの絵画を見上げ、僕は思わず「わあ……」ってため息を漏らしてしまった。
「ちょっと、今さら何びっくりしてんのさ御厨宗一郎。別に見るの初めてってわけじゃないだろ?」
隣の梨玖ちゃんがスニーカーの爪先で僕の足をつつく。生徒会室を出たらセーラー服なんかお役御免とばかりにさっさと着替えて今は私服。白シャツにだぼっとした黒いズボンに黒い上着。八咫鏡を模したアクセサリーとか勾玉型のネックレスとかをじゃらじゃらさせて、腕にはいかにも不良っぽい皮のバンドを巻いてる。
「え。いや、今日初めて見たけど」
「マジ!?」
梨玖ちゃんがものすごくびっくりした顔をするけど仕方ない。高天原に着いてから今日まで一ヶ月近く、放課後とか休みの日とかは全部料理部で氷川先輩と特訓だったから遊びに出歩く暇なんてなかった。
そんな僕が梨玖ちゃんと先輩と一緒にやって来たのは高天原で一番大きなショッピングモール。
地上三階地下一階で広さは高等部の校舎の十倍くらい。服でも雑貨でも食材でも神符でも、ここに来れば大抵の物が揃う……っていうのは、実はさっき初めて知った。
地上からの高度二万五千メートルに浮かぶ高天原は、南端の港と北端の巨大プラント「国之常立神」を結ぶ中央参道を境に東西二つのエリアに分かれてる。西半分を占めてるのが僕が普段暮らしてる「学園地区」で、ここには幼等部から大学部までの学校はもちろん、実験施設や訓練場をはじめとしたこの島の神学研究都市としての機能が集約されてる。
でもって反対の東半分にあるのが「市政府地区」。
こっちには名前の通り高天原市政府の庁舎があるほか、市政府の職員とか警察とか駐留軍とかとにかく色んな人が暮らしてて、実はその数は学園地区よりもずっと多い。
そういう人たちが地上と変わらない生活をするために、市政府地区にはここみたいな商業施設が幾つか用意されてる。もちろん市政府地区も学園地区と同じように鎮守の森に覆われててお社や鳥居が点在してるんだけど、映画館とかVR施設みたいな遊び場が集まった建物があったり住宅地区は地上の街にそっくりだったりで、神聖な雰囲気は西の学園地区に比べてずいぶん薄い。
もちろん高天原の学生も、お休みの日にはこっちに遊びに来る。
そんなわけで僕も、今日初めて買い物デビューなのだ。
「御厨君はね、この四月に高等部に来たばかりの編入生なんだよ」
梨玖ちゃんを挟んだ反対側の隣で氷川先輩があはははって笑う。お嬢様っぽい白いブラウスにベージュのスカート。長い黒髪をリボンでまとめてる。
「そうなの?」
対して、梨玖ちゃんは瞬きを一つ。
オレンジの瞳で、ふふーん、って僕を見上げ、なぜかものすごく偉そうに胸を張って、
「敬えっ! ボクの方が先輩だぞ!」
「うん……そうだね」
なんとなしに指先で頬をかく。生意気って言ったら生意気なんだろうけど、梨玖ちゃんはすごくからっとしてるって言うか、お日様みたいであんまり怒る気にならない。
「さて、それじゃあさっそく始めようか」
と、先輩がスマホを取り出して立体映像のメモ帳を空中に広げ、
「まずは梨玖君の学用品だね。それから日用品と着替えと……歯ブラシは持ってきたかい?」
「ない。夏乃姉の貸して!」
生徒会で梨玖ちゃんの生活指導員に任命された後、僕たちはさっそくこのショッピングモールにやってきた。三人で先輩の式神「夜羽」に乗って。実は高天原には公共のバスが走ってたり地下にはリニアの駅があったりするんだけど、式神が使える学生は修練も兼ねて自分の術で移動するのが普通らしい。
お目当ては、梨玖ちゃんの生活物資を揃えること。梨玖ちゃんが使ってる学生寮の部屋は半年前に休学した時からそのままだったんだけど、古くなって使えなくなった物とかサイズが合わなくなった服とかも結構あって、何より梨玖ちゃんが「心機一転、新しいのじゃなきゃやだ」ってゴネた。
「御厨君も何か必要な物があれば買っておくと良いよ。ご実家から送った荷物だけじゃ、そろそろ足りなくなる頃だろう?」
「あ、はい」
ポケットから自分のスマホを取り出してお財布アプリを起動する。僕は選抜組の子みたいに高天原から招待された特待生っていう扱いになっていて、学費や寮費が無料なのに加えてなんと奨学金まで支給される。
とはいえ、自分がどれくらいお金を貰ってるのかは実はよく知らない。この一ヶ月は全然使う機会がなかったし、実はこのお財布アプリを開くのも今日が初めてで──
「って、百万──!?」
画面に並ぶ数字に思わず叫んでしまう。間違いなく百万円。それも一年分とかじゃない。四月の始めに五十万円、五月になったからもう五十万円、合せて百万円だ。
どうしよう。何かの手違いかも知れない。早く返さないといけないんじゃ。
「おや、御厨君はお金持ちだね」
先輩がにやっと笑い、
「そんなにびっくりしなくても、高天原の特待生ならまあ妥当な金額だよ。……けれど油断してはいけないよ? 神術の修練というのは意外とお金がかかるからね。特に独自の式神や符術開発に手を出したらあっという間さ」
「そうなんですか!?」
はー、って感心。とにかくスマホをポケットにしまう。
そういえばこのスマホも結構長く使ってる。確か、祖父ちゃんにもらったの小学生の時だったっけ。
『面白えもんだな。本物の神様呼べるようになっても、人が作るもんは変わんねえんだからよ』
誕生日のラッピングがついた箱を前に感心顔でうなずいてた祖父ちゃんを思い出す。
僕は聞いたことしかないけど、祖父ちゃんが若い頃はこれとよく似た見た目と機能でやっぱり「スマホ」って呼ばれる機械があったらしい。
祖父ちゃんが使ってたっていう「スマホ」は小さな電子部品の塊で電波を受信したらしいんだけど、もちろん僕や先輩が使ってるスマホは違う。カバーをぱかっと外せば中に入ってるのは授業で使うのを小さくした感じの水晶板で、それが空間そのものに張り巡らされた神性のネットワークに感応して情報をやりとりして、符術と同じ原理で画面を表示する。
祈念波感応端末。Spiritual Mana Phase Operator──略してスマホ。
授業でも使うし、これも最新機種に変えた方が良いのかな、なんて僕は考え、
「うわっ!」
いきなり向こうずねに衝撃。
梨玖ちゃんがスニーカーの底で僕の足をげしっと蹴り、
「夏乃姉ずるい! そいつの話ばっかり! 今日はボクの買い物の日だぞ!?」
「もちろんわかっているとも。だから御厨君を邪険にしてはいけないよ」
先輩は梨玖ちゃんの頭をよしよしと撫で、
「さっそく行こう。朱墨や筆は足りているかい?」
「全然足りてない!」
上機嫌で歩き出す梨玖ちゃんの隣で、先輩がちらっと僕を振り返ってこっそり片目をつぶる。
僕も大丈夫ですってこっそりうなずく。
本当は怒るところなのかも知れないけど、自分より小さい女の子のわがままに付き合うのなんて生まれて初めてだから実はちょっと楽しい。
明るい照明に飾られたショッピングモールにはたくさんのお客さん姿。家族連れだったり友達同士だったり一人だったり色々だけど、とにかくみんな楽しそう。市政府の職員っぽい人が多いけど、中には学園で見かけたことがある顔もちらほら混ざってて、みんなびっくりした顔で私服姿の氷川先輩と梨玖ちゃんを──
「あ──────っ!」
いきなり、向こうのアクセサリーショップの方から声。
なぜか慌てた様子で隠れようとする賀茂君の隣で、水瀬さんがぶんぶんと手を振った。
「御厨君おはよー! 氷川執行役員もおはようございますっ!!!」




