ショッピング・オン・高天原②
「どしたの? 今日は買い物? 珍しいね、御厨君が学園の外に出かけるなんて!」
水瀬さんは軽快なステップで僕たちの前に駆け寄り、くるっと回って見せた。
春っぽい若草色のスカートがふわっと揺れる。なんていうか、水瀬さんらしい元気なファッションだ。
「そうだよ、水瀬美羽君。きみは……なるほど、賀茂家の御令息のデートかな?」
「な……!」
にやっと笑って問う氷川先輩に、水瀬さんを追って駆け寄ろうとしてた賀茂君が急ブレーキする。私服姿の賀茂君は口元を手で覆って視線を右往左往させる。なんだかわからないけどすごく挙動不審だ。
「違いますよー、もー」
水瀬さんがそんな賀茂君の態度に気づいてない様子でぱたぱた手を振り、
「みんなで暇つぶしです。今年は競技祭の打ち上げとかで里帰りしなかったし、せっかくだから集まろうって」
言い終わるより早く、遠くで「あ!」って声。黒川君と彩葉さんが、それぞれ手にアイスクリームを二つずつ持って歩いてくる。
「奇遇だね宗一郎君。今日は氷川執行役員と買い物?」
「夏乃様、おはようございますわ! 宗一郎さんもご機嫌麗しゅう」
にこやかに手を振る黒川君の隣で彩葉さんが優雅に会釈する。ふたりはそれぞれ賀茂君と水瀬さんに近寄ってアイスの片方を手渡す。
と、彩葉さんの視線が僕と先輩の間でびたっと止まり、
「……度会さん?」
「げっ!」
なぜか慌てた様子で先輩の背中に隠れようとする梨玖ちゃん。
それより早く手を伸ばした彩葉さんが小さな襟首をむんずと掴み、
「あなたは! また今日もなんという格好をなさっていらっしゃいますの! 三名家の跡取りに相応しい服装と態度を心がけなさいとわたくしがいつもいつもあれほど──!」
「あーうっさいうっさい! 彩葉姉はいっつもそればっかりでほんとつまんない!」
じたじたと身をよじって逃れようとする梨玖ちゃん。
と、急に小さなため息。
手を離した彩葉さんがその手を梨玖ちゃんの頭にぽんと乗せ、
「ですけれど、まあ、よく戻っていらっしゃいましたわ。……体の方はもうよろしいんですの?」
「……うん」
むすっとした顔のままうなずく梨玖ちゃん。
と、氷川先輩が「おや」って瞬きし、
「彩葉君、梨玖君のことは?」
「澄葉姉様から先ほど。今日から復学して買い物に出かけたから、見かけたらきちんと世話するようにと言いつかっておりますわ」
肩をすくめた彩葉さんが自分の新品のアイスを梨玖ちゃんに差し出す。梨玖ちゃんはちょっとびっくりした顔でチョコチップのアイスを見つめ、おそるおそる口を近づけてぱくっとかぶりつく。
なんだか微笑ましいっていうか、うちの神社の裏に住んでたリスみたいで可愛い。
けど、さっきの彩葉さんの言葉は気になる。体は良いのかってどういうことだろう。梨玖ちゃんは素行不良で停学になったって聞いたけど、それだけじゃない?
「ねえねえ御厨君! この子、誰?」
なんて考えてると、興味津々って感じの水瀬さんの声。後ろから近寄ってきた黒川君と賀茂君も不思議そうに首を傾げてる。
……そっか……
心の中で納得。梨玖ちゃんは確かに度会家の依代で高天原にとって重要な人物だけど、だからってみんなが直接知ってるわけじゃないんだ。
もちろん「初等部にいる度会家の跡取りの子が素行不良で停学になった」っていう話くらいは知ってるかもしれないけど、選抜組の水瀬さんや黒川君はもちろん、名家出身の賀茂君もどうやら初対面っぽい。
「紹介しよう。彼女はね──」
口いっぱいにアイスを頬張る梨玖ちゃんを、氷川先輩が簡単に紹介する。
たちまち、水瀬さんが「おおー!」って大きな目を輝かせ、
「この子があの有名な不良少女! ──初めまして! わたし水瀬美羽。押見さんと御厨君の同級生。よろしくね!!!」
「ひゃっ!?」
いきなりしゃがみ込んで挨拶する水瀬さんに、梨玖ちゃんがびくっと身を引く。
なぜだか逃げ腰で先輩の背中に隠れようとする梨玖ちゃん。
その前で、今度は黒川君と賀茂君が片膝をついて目線の高さを合わせ、
「へー、この子が。……黒川日向です。仲良くしてね、梨玖さん」
「賀茂陽真だ。よろしく頼む」
「あ……え……う……」
応えるのはなんだかよくわからない声。梨玖ちゃんはどうしたらいいかわからないって感じであわあわと上級生三人の顔を見回す。
綺麗なオレンジの瞳はなぜかちょっぴり涙目。
と、いきなりぐるんと背中を向けた梨玖ちゃんが大きなピアスを鳴らして駆け出し、
「ふ……ふーんだ! やなこったーっ!」
フードコートの入り口で振り返ってポケットから神符の束を取り出し、
「ほら鬼ごっこだよ! ボクを捕まえられたら仲良くしてやるよ!」
軽快な柏手の音ともに光が弾けると、小さな体が急に見えなくなってしまう。
周りのお客さんたちの不思議そうな顔。
僕は先輩と顔を見合わせ、同時にフードコートに向き直って、
「梨玖ちゃん──!?」
「梨玖君──!?」
叫んだ先輩が、しまった、って感じで手のひらで顔を覆って、
「うっかりしていた。梨玖君は知らない人に急にわっと来られるとダメなんだよ」
「そうなんですか!?」
なんだか生徒会室で最初に僕に会った時と全然態度が違うけど、どうやらあの時は周りに味方がいっぱいいたからってことらしい。
とにかく、これは大変だ。
梨玖ちゃんはこのショッピングモールに慣れてるみたいだから迷子っていうことはないと思うけど、早く捕まえないとどんな騒ぎを起こすかわからない。
「ダメだね。位置情報も隠してしまっている」
先輩はしばらくスマホを操作してから首を左右に振り、
「人海戦術で探そう。君たちも協力してくれるかい?」
「もちろんですわ! お任せくださいまし!」
胸を張る彩葉さんの隣で水瀬さんたち他の三人もそれぞれにうなずく。うなずき返した先輩が神符を数枚取り出し、印を結んでから全員に一枚ずつ手渡す。
「探査の術を込めた。これを持って梨玖君に近づけば反応があるはずだ」
言い終わると同時に流れる水みたいに走り出し、
「私は二階の東から回る! 君たちも頼んだよ!」
「はい!」
叫んで残る全員とうなずき合い、それぞれ別の方向に駆け出す。
僕は目の前の上りエスカレーターに飛び乗って三階へ。
女性ものの服が並ぶ一角をまっすぐに駆け抜け、ぬいぐるみの店の角を曲がって可愛らしい小物が並ぶエリアへと入り込む。
「ごめんなさい! すみません! 通してください──!」
楽しそうにアクセサリーを選んでいた親子連れがびっくりした顔で振り返る。アミューズメントのコーナーで式神ガチャを回していた子供たちがイベントか何かと勘違いして歓声を上げる。
突き当たりの渡り廊下を駆け抜けて別なブロックに入り、量子神道関係の専門店をいくつも通り過ぎる。
行けども行けども指先の神符に反応なし。っていうか、このショッピングモール広すぎる!
……ちょっと……ちょっと休憩……
通路の真ん中で足を止め、大きく深呼吸して額の汗を拭う。どこをどう進んだのやら、目の前には吹き抜けの大きなホール。イベントのための場所みたいで階段状のベンチが並んでるけど、お客さんの姿は一人も見当たらない。
指先の神符にも反応なし。どうやら全然見当違いの方に来てしまったみたい。
僕は気を取り直して元来た道を引き返そうとして、
「……おや?」
急に、近くから声。
大きな柱の向こう、さっきまで誰もいなかったはずの場所から進み出てくる人影に目を見開く。
いかにも高級そうなスーツに身を包んだ、見た目は大学生くらいの男の人。中途半端な長さの黒髪に、五芒星の印が入った黒い手袋。
顔には穏やかな笑みを浮かべてるけど、理知的っていうか冷たいっていうか、とにかく目だけが笑ってない。
……なんで……
なんでこの人がこんなところに、って思う。
高天原市長、菅原天命。
唖然とする僕の前で、男の人はいかにも気安い所作でベンチの一つに腰掛けた。
「初めまして、と言うべきでしょうね、御厨宗一郎君。……これも何かの縁です。少し話をしませんか」




