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中編













 セフィアの神殿には中庭がある。天使達によって入念に手入れされ、セフィアの優美さをそのまま写したかのような見事な庭園だ。色とりどりに咲き誇った花が目を楽しませ、小川のせせらぎが耳を潤す。青く澄んだ湖の水は、見るだけで心が洗い流されるようだ。そういった自然由来の景観はもちろん、純白に塗られた木製のフェンスやベンチ、流麗な曲線を描く鉄製ガーデンアーチなども配置されていて、美しさだけではなく女神の庭園に恥じない気品も感じさせるようにデザインされている。


 _……フワッ_


 その庭園で光の粒子がキラキラと舞った。その光は少しずつ輝きを増し、やがて女性の姿を模って消える。神殿の主、セフィアが帰ってきたのだ。セフィアはとぼとぼと生気のない足取りで庭園を歩き、ガゼボに入ると中に設置されているベンチに腰を下ろした。女神として振る舞う際の上品さや高貴さはどこへやら。背もたれに全体重を預けて仕事に疲れ切った限界OL宛らのくたびれた様を晒す。気を張る必要のない場所へ帰ってきてすっかり気を抜いているようだ。


「つ、疲れましたぁ……」


 消え入りそうな声で隠すことなく己の内心を吐露する。ユウがセフィアの下へ迷い込んで3ヶ月、セフィアは今の今までずっと対応に追われていたのだ。

 ユウの件を報告するために神殿を出る際、セフィアは1ヶ月程あれば対応の目途がある程度立って戻ってこれるだろうと予想していた。が、残念ながら見積もりが甘かった。宇宙が始まって以来すべての神々が使用してきた輪廻システムの不具合、そんなものを報告して騒動が1ヶ月で収まるはずがなかったのだ。


 エラーを起こしたのはユウの件だけではないのではないか、気づいていないだけで他にも違う世界の神の下へ迷い込み、そのまま違う世界へ生まれ変わってしまった魂がいるのではないか。そんな疑念が湧き起こり、まずシステムの動作記録を洗い出すことになった。もちろん、システムの処理フローや識別アルゴリズムに狂いが生じていないかチェックする作業も並行してだ。

 ひとまず過去1億年分のログやシステムの表層部分(フロントエンド)に問題は見られなかったものの、それで解決ではない。宇宙全体に関わる問題なのだ。事態の原因が解明するまで調査は続けなければならない。宇宙創世から気の遠くなるような時間稼働してきたシステムの解析…、一体何百年かかるのか考えたくもない。しかも今回の事態の当事者ということで、その対応担当にセフィアは抜擢されてしまった。今後はちょくちょく神殿を離れ、調査をしなければならない。


 それに加え、ユウの魂の処遇についての議論も白熱した。何せ前例がない事態だ。どのような対処が適切なのかどの神にも分からない。地球の神の元へ帰して地球に転生させるべきなのかもしれないが、まだ輪廻システムが誤った判断をしたと決まったわけではない。何らかの理由があってユウの魂がセフィアの下へ届けられたのだとしたら、その対応は誤りとなる。かといってセフィアの世界に転生させるにしても、システムの意図が不明のため踏み切れない。システムのミスという可能性も残っている。

 中にはユウの魂そのものが異常の原因であるとして処分するべきという意見もあり、セフィアは必死に止めた。過去一度も不具合など起こさなかったシステムがこのような事態を招いたのは恐らく魂側に問題があるはずで、他の魂に影響を及ぼす前に……という理屈らしいがそれはいくらなんでも短絡的で横暴である。

 神にとって人間は愛おしく、見守るべき存在。セフィアはそう考えている。その神の都合で存在を刈り取ってしまうなど絶対にあってはならない。ましてや今回ユウに非はまったくないのだから尚更だ。


 …とまあ、こんな具合に神々の世界は大混乱。想像以上に考えること、対応することが発生してセフィアもてんてこまいだったというわけだ。たった一人分の魂がポロッと違う場所へ迷い込んでしまっただけなのだが、同じ場所で生まれ、同じ場所で死ぬという生命の循環は宇宙創世以来神々が守ってきた絶対の理。その根幹を揺るがしかねないとして、極めて重大な問題と受け取られたのだ。


「……待たせてしまいましたね」


 ガゼボの天井をぼうっと見上げてセフィアはユウのことを考える。約束していた1ヶ月を優に過ぎ、かなり長い時間待たせてしまった。あまりの慌ただしさに連絡を入れることもできず、心細い思いをさせてしまったと憂う。彼からすれば突然死を迎え、身体を含め何もかもを失った挙句に見知らぬ世界、見知らぬ場所で放置されているのだ。どれだけ不安で寂しいか、その気持ちを想像するだけでセフィアは胸が痛む。

 さらに不甲斐ないことに、それだけ時間をかけておきながら結局ユウの処遇については何一つ決まっていない。一応形だけは「最も件の魂のことを理解しているであろうセフィアに一任する」ということに決まりはしたのだが、何が起こるか分からない厄ネタを体よく押し付けただけ。言わば責任逃れだ。判断材料とするべき今回の事態の原因が何一つ分かっていないのだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、あまりにも無責任過ぎる。セフィアにできることといったら自分の世界に転生させてあげるくらいだが、世界をまたいでの生まれ変わりなど経験させてしまって果たしてユウの魂は大丈夫なのか…。もしかしたら他の魂と同じ循環の輪にもう入れてあげられないかもしれない。


「……神とは、何と無力なのでしょう」


 セフィアが神に就任してからかれこれ千年程経つ。それ程の期間世界を創造し管理する責務を負いながら、たった一人の迷える魂も救ってあげられない…。その事実にセフィアは己の未熟さを嘆いた。人間は神を敬い、信仰してくれる。慈悲深い心と超常なる力を持って人々を救う全能の存在であると。

 しかし、実情はこんなもの。自分達の不備であるというのに何百という神々が集い、議論を交わしてもその原因すら特定することができなかった。おまけにその被害に遭った人の子への対応もおざなりに、場当たり的に決定してしまう始末だ。こんな情けない話があるだろうか。


「いえ、こんな気持ちではいけませんね。神の私がしっかりしなければ」


 疲労のせいもあってか、かなり心と思考が下向きになっていることを感じたセフィアはかぶりを振って気を取り直した。自分がこんな気持ちでどうする。一番辛いのは被害者であるユウなのだ。押し付けられた形とはいえユウの処遇の責任を一身に背負った身。彼が少しでも幸福な来世を送れるように努めなければ。

 そう奮起したセフィアは胸元に下げているペンダントの蒼い宝石をぐっと握った。するとフォンッと空中にウィンドウが出現し、そこにはセフィアが管理している世界の様々な情報が書かれている。ペンダントは一種の情報端末であり、セフィアはユウがどういった人間に生まれ変われば最も幸せになれるかを探ろうとしたのだ。


「……おや?」


 そこでセフィアは違和感に気づいた。最後に世界の情報を確認したのは出かける前なので3ヶ月前なのだが、その時と情報が大きく変わっている。人口の安定性や文明の発展度合い、人間の平均幸福率や文化の多様性など、様々な数値が大きく上昇していて本当に自分の世界の情報なのかと一瞬疑ってしまった。世界全体の総合評価も約2倍以上アップしている。確かに人間は成長する生き物だが、目を離していたたった3ヶ月でここまで変化することなど有り得ない。これまでのペースから考えるとこの数値に至るには、少なくともあと10年は必要だったはずだ。


「一体何が…?」

「あ~、セフィア様だ。おかえりなさいませ~」


 セフィアが首を傾げていると、庭園に間延びした女の子の声が響いた。ふんわりとした桃色の髪を持つ、小さな少女の姿をした天使がセフィアの下に近寄ってくる。最近セフィアの下で働くことになったばかりの新人天使、モモだ。


「もぅ、ず~っと連絡がないから皆心配してたんですよ?」

「ふふ、ごめんなさいモモ。あちらでの作業が想像以上に立て込んでしまって…」


 頬を膨らませてぷんすこと怒るモモの頭をセフィアは優しく撫でる。するとモモは途端に機嫌を直し、気持ちよさそうに目を細めて猫のようにセフィアの手に頭を擦りつけた。モモは経験の少ない見習い天使で、見た目相応の幼い言動が多い。彼女とのふれあいがセフィアにとって数少ない癒しになっていた。


「ところでモモ? 最近何か変わったことは起きませんでしたか? 先程端末の情報を見てみたのですが不可解な点が多く…」

「あぁ、世界(フレイル)のことですか? 心配いりませんよ~。セフィアがご不在の間、ユウ君がばっちりお仕事してくれてます!」

「え? ユウさんが?」


 にぱっと笑って報告するモモ。予想外の名前が出てきてセフィアは目をぱちくりさせて困惑する。ユウは客人としてこの神殿に滞在してもらい、天使達にそのお世話を任せていたはず。それが仕事…? 一体モモは何の話をしているのだろうか。


「こっちこっち、来て来て~」

「あっ、モモ」


 頭に疑問符を浮かべて首を傾げるセフィアの手を、モモが取って走り出す。セフィアはモモに引っ張られ、神殿の中へ入っていった。















 神殿とはいっても、すべての部屋に神聖かつ風雅な装飾が施されているわけではない。客の目に留まる可能性のある外観やエントランスなどはともかく、普段業務などで利用するような部屋はデザインよりも機能性を重視した割とシンプルなものだ。もっとも、それでも十分女神の神殿らしい清廉な雰囲気を持っているのだが。


 そんな神殿の執務室が並んだエリアの最奥にセフィアの部屋がある。セフィアの最も重要な仕事である、自身の世界を懸命に生きる人間達を見守り、慈しみ、導くための部屋だ。基本的にこの部屋を使用しているのはセフィア一人であり、他の天使が入ることはあまりない。


「なん…ですか……これは?」


 モモに連れられたセフィアはその部屋にやって来て、中の様子を見て思わず固まってしまった。いつもセフィアが使っている席の隣にもう1つ席が設けられ、そこに座ったユウがセフィアの仕事を代行している。テキパキとした淀みのない、鮮やか過ぎる手つきで。


「む、人間達がこのエリアを開拓し始めましたか。レンさん、以前お話ししたエリアA-4の観察をお願いできますか?」

「了解です、ユウさん」


「神務補佐、世界(フレイル)の成長記録をまとめた月報資料が完成しました」

「ありがとうございます、アイリさん。よく整理されていますね、これならセフィア様も後で見返しやすいと思います」


「ユウ神務補佐、エリアB-3の集落より祈願が届きました。突然の天変地異で危機に瀕しているようです」

「なるほど…承知しました。では信託を降ろしましょうか。今であれば西の方角へ進めば無事に避難できるはずです。判断は人間達に任せましょう」


 部屋の中心に配置された大きな円卓。そこに置かれた雲と月桂樹の装飾がある水盆から世界を見下ろすことができる。フレイル__、セフィアが管理する世界だ。

 ユウは慣れた手つきでその神具を操作していた。水面で指を滑らせることで世界の様々な場所を観察し、対応が必要な個所を見つけた時には指にはめた黄金の指輪から一滴の光を落とす。あれもまたセフィアが普段使用している神具であり、神のエネルギーを投下することで世界に様々な奇跡を起こすことができる。

 それだけではなく、ユウは周りの天使達に的確な指示を飛ばしていた。様々な者にバランス良く業務を割り振り、効率良く仕事を進めていく。天使達もユウの判断をすっかり信じ切っているようで、業務の連絡、報告、相談が円滑に行われていく。安心と信頼に満ちた職場が完成していた。

 というかさらっと”神務補佐”なんて呼ばれている。何だそれは、セフィアが知る限りそのような役職はなかったはずだ。


「ユウ君ね~、毎日ず~っとモモ達のお手伝いしてくれたんだ~」

「ユウさんが……?」

「うん、掃除とか料理とか洗濯とか。あとセフィア様が帰ってきた時にお仕事が溜まってたら気の毒だからって、天使長さんに許可もらってああやって働いてくれてる。すごいんだよ~、セフィア様のお仕事すぐに覚えてテキパキこなしちゃうの!」


 胸を衝かれるような思いだった。セフィアは3ヶ月もかけて他の神々と話し合い、それでもユウのためになることは何一つできていない。それなのにユウはただの客人に甘んじることなく、むしろセフィア達の負担を減らそうと動いてくれていたのだ。それも、女神であるセフィアが目を見張る程の凄まじい成果を出して。


「ユウく~ん」

「あっ…」


 モモがとてとてとユウの方へ駆けていき、セフィアの思わず伸ばした手が空を切る。モモは兄に甘える妹のようにユウに抱きついた。ユウはモモを慈愛の目で見つめて頭を撫でる。他の天使達といい、すっかり仲間の一員として認められて慕われているようだ。


 セフィアはその場にぽつんと残された。よく見ればユウの姿が3ヶ月前と少し変わっている。天界の街のサロンにでも行ったのか、仮で与えた天使の身体が随分可愛らしく磨かれていた。髪型がローツインテ―ルに変化していて、中性的な容姿から少し小さいけど頼れるお姉さんといった雰囲気に変貌していた。

 その姿も相まってか、セフィアはすっかり自分の役割を代わられたような錯覚に陥った。つい先ほど自身の無力さを嘆き、落ち込んだばかりのセフィアにとって目の前の光景はあまりにも毒過ぎる。救おうと思っていた人の子が実は自分よりよっぽど神としての責務を果たせるなんて…なら自分の価値は一体何なのだろうか。


「おかえりなさいませ、セフィア様。戻られていたんですね」

「……あ、ユウさん」

「随分お手数をおかけしたみたいで、私のためにありがとうございます」


 目の前が真っ暗になって呆然としていると、いつの間にかセフィアの目の前にユウがやって来ていた。その姿は今のセフィアには後光が差しているように見える。にこやかに笑うユウの前で、セフィアはがくっと膝をついた。


「え…? セ、セフィア様?」

「私の千年は……一体何だったの……?」

「はい……? あの、どうされました?」

「ふ、ふぐ……、ふぐぅぅぅっ!」


 ぺたりと座り込み、両手で顔を覆い、ボロボロと涙を流した。女神セフィア、ガチ泣き。号泣である。



「…えぇ……?」


 その場には突然のことに慌てふためく天使達と、遠い目をして困惑するユウが残された。






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