第66話 ロイメの王子様(仮)(シオドアside)
俺がレヴィの家にたどり着いた時、日は完全に沈んでいた。
中庭は半ば闇に沈んでいる。
「シオドア、来たナリネ」
後ろから声がかかった。
甲高く、でも心地よく聞こえるレヴィの声だ。
「レヴィ、どこだ?」
辺りを見回す。
「ここなりよ」
レヴィは木の上の高い場所にいた。
スルスルと降りてきて、枝の上に座る。
俺と目の位置が合う場所だ。
「ごめん、レヴィ。待たせた」
「気にしないナリ。レヴィが勝手に待っていたナリネ」
雲が切れて、月が出てきた。半月だ。
辺りが少し明るくなる。
「東へ行く前にシオドアと二人で話をしたかったんだナリ」
「ごめんレヴィ。俺は君を避けていた」
「勝手ばかり言ったレヴィが悪いナリ。
シオドアを連れて来てくれたトレイシーさんに感謝ナリ」
レヴィの顔に月の光が当たる。
大きな目が明るく光って見えた。
「たくさんたくさん迷惑をかけたシオドアには話しておくナリ。
なぜレヴィがダンジョンの外の世界に出てきたのか」
「なぜ、レヴィは出てきたんだ?」
「レヴィは外の世界で子供を産みたいと思ったんだナリ」
それは。
「もしかして、相手を探しに外に出て来たのか?」
俺はレヴィに聞いた。
「相手はどうでもいいと思っていたナリ。
ともかくゴブリン族と、外の世界の男の間にできた子供を産みたかったんだナリ」
「……」
つまり、レヴィは。
ゴブリン族の宿命から解き放たれる子供が欲しかったのだ。
そのためにダンジョンを出たいと思ったのだ。
「でもいろいろあって別の道が見えてきたナリ」
レヴィは、口元に笑みを浮かべた。
「それは、ネリーの話を聞いたことと関係してるのか?」
俺はネリーから、レヴィと二人で話をしたことを聞いている。
ネリーが(おそらく)ゴブリン族の血を引いてることも、その時聞いた。
「シオドアもネリーさんの話を聞いたナリカ?」
「聞いたよ、ネリーの先祖とゴブリン族の話だ。
ネリーは、レヴィに話さない方が良かったかもと、言っていた」
「ネリーさんの話が聞けて良かったナリ」
「そうか」
「本当に本当に良かったんだナリヨ。
ネリーさんにはレヴィがもう一度言うナリ。
シオドアも、レヴィの気持ちをちゃんと理解して欲しいナリネ」
「分かった。レヴィはネリーの話を聞けて良かった」
「そうナリヨ。分かったナリネ」
「分かった」
「レヴィやろうとしたことは異種族との間に子供を産むことナリ。
でも、レヴィの遥か昔にそれをやってのけたゴブリン族がいるんだナリ。
すごいナリネ」
レヴィは月を見上げながら言った。
俺も月を見る。
「ロイメのダンジョンゲートの管理がもう少し甘かった時代がある。
その頃かもしれない」
ロイメの政治が混乱していた時代だ。
「その頃は、ロイメも王国も今より野蛮だった。
悪いことをする奴もたくさんいた。
男か女か分からないか、きっとそのゴブリン族は大変だったと思う」
「シオドア、でもそのゴブリン族は、《《やり遂げた》》ナリ」
そうだ。そのゴブリン族はやり遂げた。
「伝承や噂話で、外の世界に行くと言って行方不明になったゴブリン族の話を聞いたことがあるナリ。
何人かいるんだナリ。
そのうちの一人だと思うナリ」
「何人もいたのか」
「そうナリヨ」
俺はレヴィの横顔を見た。
「でも、レヴィの部族から東へ行った者は、まだ誰もいないナリ。
だからレヴィは、誰も行ってない東へ行くナリ」
中庭の闇は月の光で輝いている。
その中に、赤いレヴィの髪が見えた。
もうじきレヴィはこの家からいなくなる。
俺の手を離れて。
「レヴィは周り中に迷惑をかけたナリ。
ちょっと反省してるナリ」
レヴィは俺の方を見て言った。
「俺は迷惑だとは思ってない」
そうだ。思ってない。
理由を聞かれても困る。そういうものだからだ。
「ありがとうナリ。
反省はしてるけど、後悔してないんだナリ。
レヴィはそういうゴブリンなんだナリ」
そう言うと、レヴィは沈黙した。
しばらくの沈黙の後、レヴィは俺の目を見つめて言った。
「ロイメはとても楽しいナリ。
もう少しロイメにいたいと思うナリ。
でも、ゴブリン族の寿命は短い。
レヴィは急がなければならない。ナリヨ」
俺の胸に鋭い痛みが走った。
「忘れないよ、レヴィ」
それ意外、俺に何が言えるだろう。
「シオドア、それは違うナリナリ。
シオドアはレヴィのことを忘れる。きっと」
今の俺は、レヴィのことを忘れられるとは思えないんだが。
「忘れないのはレヴィの方。
レヴィは東へ行っても、ずっとシオドアと『輝ける闇』のことを覚えている」
「……」
「東の国で、レヴィはみんなに話す。
ロイメという、いろいろな種族がいっしょに暮らす不思議で素敵な町があるんだと。
そこには素敵な王子様がいて、レヴィを助けてくれたんだと」
「王子様って誰だ?」
「シオドアのこと」
「俺はロイメの王子じゃないよ」
「そうなのナリカ?
王子様は、かっこよくて金持ちの若い男のことじゃないナリカ?
トレイシーさんはそう言ってたナリ」
「かなり、違うよ。そもそもなんで王子の話になったんだ?」
「トレイシーさんといっしょに読んだ本に出てきたナリ。
トレイシーさんは、王子様は『女の子みんなが憧れる格好良くて金持ちの若い男のことだ』と言ったナリ。
ああ、シオドアのことだってレヴィは思ったナリ」
「王子は国王の息子って意味だ。
ロイメに王はいない。だからロイメに王子はいない」
「そうナリカ。
でも、レヴィにとって、ロイメの王子はシオドアなりナリヨ」
レヴィは少し残念そうだった。
「レヴィ、俺はロイメの王子じゃない。
……でも、この瞬間は『王子』でありたいと思うよ」
「助けてくれてありがとう。シオドア」
レヴィの顔が俺に近づいた。
ふっと頬に触れた。
レヴィの唇だ。
「大好き。
シオドアを好きになれてうれしい」
月の光の中、レヴィは微笑んだ。
「俺もレヴィが好きだよ。初めて会った時からずっと」
言葉は俺の中からするりと出てきた。
そうだ。一目見た時からずっと好きだった。
今、言葉にできたことを俺は感謝した。
俺とレヴィの視線が合った。
「できたら、キスは唇にして欲しい、な」
頬にキスされた俺には、新たな望みができた。
レヴィの小さな顔がもう一度近づいた。
僕とレヴィは中庭で、顔を寄せ合い、肩を寄せ合いながら月を見ていた。
半月が西の空に傾くまで。




