第64話 ラブリュストル大神殿
ラブリュストル大神殿は、ロイメ最大の神殿だ。
七色、極彩色に塗られた門は、昼夜を問わず開け放たれ、人々が訪れる。
この町がロイメと呼ばれる前から、ここにダンジョンはあったし、ダンジョンの神神殿もあったのだ。
様々な種類のヒトがお参りに来ていた。
アタシやギャビンみたいな冒険者達。
職人や商売人のような、ロイメの普通のヒト達。
ロイメを訪れた旅人と思われるヒト達。
種族も、人間族、エルフ族、ドワーフ族、それ以外と様々だ。
敷地の隅では、ケンタウルス族の軽業師が芸を披露している。
珍しい楽器を演奏している異国の楽人もいる。
食べ物の屋台も何軒か出ている。
みんなダンジョンの神様に、何をお願いするんだって?
冒険者なら、ダンジョンの安全とか、良い魔石が出ることとかだね。
普通のヒトなら、そうねぇ。
健康とか、商売繁盛とか、割と何でもお祈りしちゃう。
アタシとギャビンはお参りの列に並んだ。
もう夜だっていうのに、お参りのヒトはたくさんいた。
「トレイシーちゃんは、何をお願いするの?」
列に並びながら、ギャビンが聞いた。
「お願いよりはお礼かな」
「魔石が出たんスか?」
「それよりね。フフン。
『輝ける闇』は第四層に行ったんだけど、アタシ達はロック鳥を狩ったのよ!」
アタシは自慢した。
ロック鳥狩りは、ドラゴンスレイヤーには遠く及ばないけど、自慢して良いレベルだ。
「そりゃすごいッスね」
「でねでね、アタシはこの投擲紐で、赤の煙玉を飛ばして、ロック鳥の嘴に当てたのよ!」
「マジッスか!?」
「ホントよ。
ロック鳥は唐辛子の粉にまみれて、ギャーギャー泣いてたよ!
その後、シオドアとヘンニが仕留めたってわけよ」
「すげぇー!」
ギャビンから賛美されて、アタシはご機嫌だった。
「それで、ダンジョンの神様にお礼ッスか」
「そうよ。アタシは投擲紐は練習してるけど、嘴に当たるのは出来過ぎよ。
あの時は、ダンジョン神様の加護があったと思ってる」
加護があったのは、アタシじゃなくてレヴィじゃないかとも思ってるけどね。
「投擲紐ってどんな感じッスか?」
ギャビンが質問してきた。
「便利よ。持ち運びに場所取らないし、何より安いし。
欠点はね、弓と違って連射ができない。
投げる時にちょっと場所を取る」
投石紐は、頭の上でぐるぐる回して遠心力で石を飛ばすからね。
「へぇー」
「あとね、ダンジョンの中でも、ついつい良い石がないか探しちゃうのよ。
アタシは偵察で、足元ばかり見るわけにはいかないのに」
「それは、欠点ッスね」
偵察のギャビンにも同意されてしまった。
これは全くその通り。
「だから石の代わりにこんな物のを投げたりしてね」
アタシは、ウエストポーチから青銅の塊を取り出した。
実はウエストポーチには、投擲紐も入ってるよ。
「触ってイイっすか?」
「いいよ」
「思ったより重いッスね。石の代わりにこれが来るんスか。
ダメージきそうッスね」
「ロック鳥の翼にあてたけど、羽毛が厚くてあまり効かなかった。
まあ、それなりよ」
「トレイシーちゃん、今度、俺に投石紐の投げ方を教えてくれないッスか?」
ギャビンが突然言った。
「……まあ、良いけど。
なんで? 普段はどうしてるの?」
アタシは言う。
教えても良いけど、デートの誘いのネタにされるのはちょっとね。
「俺の普段の装備は、小弓と小剣ッスね。
ただ、いろんな武器を試したり、扱ってみたりするのが俺の流儀なんスよ。
ナイフを投げたりもするし、生ける死者相手に聖水の水鉄砲を撃ったりもしてるッス」
「ふーん」
「赤の煙玉なんてモノも出てきたんスよ。
投石紐には興味ありまくりッスね。
あ、クリフ・カストナーの赤の煙玉実験には、俺も参加したんスよ」
ギャビンは偵察として腕利きだって聞いたけど、嘘じゃないみたいだ。
研究熱心だもん。
祖父も腕利き偵察は研究熱心なもんだって言ってたよ。
「良いわよ。今度『青き階段』に行った時、教えたげる。
上手になったら、いっしょに的あて勝負のゲームをしようよ」
「そりゃ面白そうッスね。
……あっと順番来たッスよ」
アタシとギャビンは、いつの間にか列の先頭にいた。
流石はダンジョンの神大神殿。
神官は何人もいたし、賽銭箱も大きい。
「冒険者です。お礼を言いに来ました」
アタシは言った。
こういうのは別に口に出さなくても良い。でも、今回はそのために来たからね。
(ロック鳥の嘴に赤玉をあてさせてくれて、ありがとうございました。
『輝ける闇』も晴れてロック鳥狩りです)
さて、お賽銭いくらにしよう?
お礼にお参りするとは言ったけど、お賽銭弾むとは言ってない。
ロック鳥から魔石は出なかった。
でも、ゴブリン族といっしょに食べた焼き鳥は美味かった。
ゴブリン族の果実酒も美味かった。
うーん。
隣ではギャビンが何やらお祈りして500ゴールド小銀貨を賽銭箱に投げた。
おっし。アタシも500ゴールドで行こう。
1000ゴールドを賽銭箱に入れるのはLv4の魔石を取った時か、ドラゴンスレイヤーになった時だ。
アタシは500ゴールド小銀貨を賽銭箱に放り込んだ。
最後に。
(ダンジョンで冷静に偵察の仕事ができますように)
願い事もしておく。
アタシとギャビンは賽銭箱の前を離れた。
「ギャビンは何をお願いしたの?」
「ダンジョンで体調崩さないようにッスかね」
「良いお願いだね。アタシも今度それお願いしようかな」
「お願いしていても、ダンジョンで腹壊したことあるんスよねぇ」
ギャビンは答えた。
「そりゃひどいね」
「まあ、ダンジョンの神様のおかげで、半日で治ったンすけどね」
ダンジョンの神様は、恵みを与えてくれるけど、意地悪で時として冷酷だ。
まあ、こっちは好き好んでダンジョンに潜ってるんだけどさ。
お参りの帰りに屋台が目に入った。
「何か食べて行かないッスか?」
ギャビンが言った。
「良いね。美味しそう」
アタシは答えた。
うん、お腹すいたよ。