62.そして決着へ
幾度か危ない場面もあった。そうアーシュラは思う。
いや、正しくは、もしも土魔法を搦めて攻め込まれたら危なかった、と言うべきか。
キャナリー戦ではあれほど連射していた土の魔法を、今はまだ殿下は封印している。もちろんここぞ、というところで使ってくるはずだ。
その備えはアーシュラの中には間違いなくあった。それだけではない。例え土魔法で足元を崩されたとしても、守り切れる。それだけの自信も。
アーシュラの大剣が空気を揺るがす。
右から、そして左から、しっかりとした足取りで前に進みながらの激しい連打に、殿下も避けるのがせいいっぱい、どんどん後ろに下がるしかない。
普通の剣術の試合と違い、遠距離魔法もアリのこの大会では場外という概念がほとんどない。それでも観客席付きの運動場である以上、これ以上下がれない状況は有り得る。
「ド……」
来たっ!
いや、違う、これは陽動だ。瞬時に判断してアーシュラは次の攻撃を繰り出す。
しかしその一瞬の遅れの間に、殿下は横に回り込んでアーシュラの連打から抜け出した。
「やるね」
「そっちこそ!」
アーシュラはニッと笑うと、もう逃がさないとばかりに大剣を上段に振りかざした。
「ちぇいっ!」
その掛け声は、もしかしたら「きえーい」だったかも知れない。あまりにも鋭いアーシュラの気合。受けることも躱すこともできない、できるはずがない、魂を込めた一撃。
受ける殿下は魔法を詠唱した。しかしそれはアーシュラも織り込み済みだ。キャナリー戦で何度も『見た』、ここぞという時に足元を崩してくるその土魔法を。
しかし、アーシュラの足元は崩れない。また陽動か?
いや、違う!
殿下の体が大きく沈み込む。
おかしい。このまま剣を振り下ろしたら……まずい、負ける!
アーシュラの瞳が紅蓮に染まった。
観客席の者たち、遠く離れた人たちには見えた。殿下が使った魔法が。
彼の背後にできた壁。それは前に進むためだけに生み出された、魂のすべてが込められた小さな土壁。
体を小さく縮めた殿下が、まるで短距離走のスタートのように、一瞬で弾丸のように飛び出す。
「うおおっ!」
両者の魂が叫び声となって運動場にこだまする。
殿下の捨て身の突き!
アーシュラが体をしっかり畳んで、その突きをさらに渾身の突きで迎撃する。
その瞳の奥底に炎の魔法陣が渦巻いたのを、殿下の眼がはっきりと捉える。
閃光が交錯した。
「勝負あり!」
静まり返った運動場に審判の声が響き、同時に旗が上がった。
「最高の試合ができた。ありがとう、礼を言わせてくれ」
「ふん、抜かせ! まあ俺にとっては良い余興だった。次は勝つがな!」
運動場の真ん中で、まるで蛙のようにうつぶせに横たわった殿下に、アーシュラはさっと手を貸す。
その姿、そして二人の表情は観客席からでも良く見えた。
「まさか、あの殿下がねえ……」
「これだから面白いんですよ」
フードの男たちは観客席に戻る二人に軽く拍手を送る。
しかし拍手する学園生は、キャナリーとショミンダを除くと、やはりとても少なく寂しかった。
一年生の部だけの小さな表彰式は無事に終わった。
「ねえねえ、ご飯食べに行こうよ!」
ドングリのコマをまるで焼き鳥かおでんのように両手に握ったリリスを肩に乗せ、キャナリがそんなことを言い出す。
「そうだな、朝が早すぎてまともな朝食は取ってないし」
「もう学園食堂が開いているはずですよ」
仲間たちだけのささやかな打ち上げだ。
アーシュラの胸には優勝者の証である小さなバッジがついている。
若すぎる学園生たちは誰も知らない。もちろんキャナリーたちも、貰ったアーシュラさえ気づかないけれど、その形は間違いなくはるか昔の伝説の勲章を模した物。
その王国の紋章が朝日を浴びて、まるで優勝者を祝福するようにキラっと輝いた。
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その時食堂では……
「可愛い子供たちのためだ、気合入れてニンジン茹でまくるよ!」
「暑いなんて言ってられないわね、任せて!」
生徒たちは夜中に盗み食いに来るぐらいニンジンが大好き、そう勘違いしたままの調理のおばちゃんたちが全力で歓迎の準備をしていた。
どんどん茹でられていくニンジンの山、山、山。
『コックさんへ。にんじん、ごちそうさまでした』
あの時に怪盗キャナッタが残した犯行カードは、茶色く変色してしまった今でも、大事にずっと壁に張られたままだ。
危うし、キャナリー! ショミンダ! アーシュラ!
最終決戦が彼女たちを待っている!
ここで第8章は終わりです。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!
もう感謝感激ですよ、ほんとうに。
今章、アーシュラが頑張りました!
彼女の頑張りを応援してくださる皆さん、ぜひとも★感想と評価★をお願いいたします!




