057:蜂蜜酒が選ぶ人
採蜜と内検作業を終え、“杜のミツバチ・プロジェクト”の面々は、持ち寄った料理を囲んで、管理人室で懇親会を行う。
目玉は勿論、採りたての蜂蜜。それから近郊で収穫されたクレソンをたっぷりと添えたハニーマスタードチキン。酢飯に蜂蜜を使い、銀ザケや、ホンマグロ、ウニ等を惜しげもなくのっけた海鮮丼。蜂蜜に合うチーズに、チーズに合う蜂蜜。各種デザート等々……であるが、その前に、川内美波が持って来た小アジのフライのマリネに声があがった。それには感嘆だけではない感情が含まれていた。
「昨日、いろいろあって、お店をお休みにしたの。それで、材料が余っちゃって。
でも、今日、皆が集まるから、持ち寄り料理に転用すればいいから良かったわ」
いろいろあった原因の二人が俯いた。
『おひるごはん』は朝にその日の材料が届くのだが、その後にやむを得ず休むことがごく稀にあった。そういう場合、余った材料は次の日にまわせるものはまわし、後は階下の『ティースプーン』で消費されたり、二×四ビルで働いている人にお裾分けしたり等、無駄のないようにしていた。
しかし、昨日はそうはいかなかった。
美波が準備したのは大きくても十センチ程度の小アジ。それも大きな発泡スチロールにぎっしり詰まって、三箱もあったのだ。それを前にして美波は悪びれなく言った。
『これを一匹ずつ手開きにして、片栗粉をまぶして、カラッと揚げ、玉ねぎやイタリアンパセリと一緒にマリネするとすっごく美味しいの。あ、マリネ液は勿論、蜂蜜を使ってね。今回はバジル蜜がいいかな~なんて』
『美波ちゃん……この量の小アジを野乃花ちゃんに手開きさせようと思ったの?』
理子が問い掛け、陵子も呻いた。
『鬼だ……美波ちゃんの人使いの荒さは鬼だ』
光は野乃花の両肩を掴んだ。
『嫌なら嫌って、断った方がいいわよ!』
『やっぱり……ちょっと多かったかな?』
ちょっとじゃない……他の二×四ビルの店主達は言葉もなく同意し合った。
だが、小アジをいつまでも放っておくことは出来ない。
『私がやります。お店を休むことになって、申し訳ありません』と野乃花は謝った。真人や太郎まで遅刻させてしまった。
『うちは友達の一大事に有給も取れないような経営はしていない。でも、謝罪より、感謝の方が有給の甲斐がある』と太郎が言えば、真人も頷いた。そうは言っても、それぞれ責任のある立場である。問題が落ち着いたのを確認して、急いで出勤していった。美江達は大いに感謝の意を伝えた後、家に帰った。各店主にも自分の店がある。
結局、当初の予定通り、野乃花と美波が大量の小アジの手開き作業にあたった。
下味を付け、片栗粉をまぶし、揚げ……大量の小アジのマリネが完成したのだ。美波は笑った。「野乃花さん、ありがとう!」
それが今、管理人室のテーブルの上に山と積まれていた。その場のメンバーは味と共に、野乃花を労わり、礼を述べた。
野乃花は相変わらず慇懃無礼な所があったが、ミツバチや蜂蜜を前に見せる表情は非常に魅力的に見え、無事に好感を得ることが出来た。
「新しいメンバーが四人も増えて、心強いよ」
耕之進の友人でもあり、ミツバチ・プロジェクトの相談役でもある男性も声を掛ける。隣には酒屋を営んでいるというメンバーだ。
「君は未成年? あなたは? 成人しているのなら、こちらをそうぞ」
野乃花はその人に蜂蜜色の飲み物を渡された。渡されなかった美江が興味深そうに覗く。
「蜂蜜酒ですよ。蜂蜜を発酵させて作るお酒です。
……新婚の夫婦がこれを一か月飲むことから、ハネムーンの語源になったお酒です」
「これが……」
飲むのははじめてだが、話には聞いていた。
“祖父”の三ツ橋宗輔が教えてくれた。『野乃花がいつかお嫁さんになる時に、庭で摂れた蜂蜜で蜂蜜酒を造ってもらおう。さて、相手は誰がいいかな。やはり小野寺家の真人君かな』――と。
野乃花はまだ一口も飲んでいないのに、酔いが回った気がした。




