056:採蜜作業
ミツバチが集めてきた花の蜜はショ糖が主で糖度が低く、そのままでは、すぐに腐ってしまう。ミツバチ達はまず、花の蜜を口移しで受け渡しながら、体内にある蜜嚢と呼ばれる部分で酵素を混ぜ果糖とブドウ糖に分解していく。それを巣の中に薄く塗った後、羽を震わせ風を起こし、水分を蒸発させていくことで糖度を上げていくのだ。こうして蜂蜜と呼べるものが出来あがったら、これまた体内から分泌した蜜蝋で蓋をしてやっと完成だ。
この他にも、巣に隙間があれば樹液を集めて作ったプロポリスで塞ぎ、女王バチになる幼虫に与える為のローヤルゼリーを体内で作成する。また、蜂蜜と共に集める花粉もタンパク質豊富で栄養満点だ。ミツバチが作りだす全てを、人間は食べ物に、医療に、美容にと活用し尽くす。
「こんな小さな身体で頑張っているのに、なんだか可哀想」
美江が優しさの籠った率直な感想を口にする。隣で町子が「まぁまぁ」と簡単の声を上げる中、野乃花は答えた。
「そうね……しかも巣ごと壊して採蜜することもあるの」
もっとも、今は巣箱の改良が進んだ。
その巣箱が二×四ビルでも採用されている重箱式というもので、文字通り重箱のように木枠を重ねたものだ。この木枠の間には、また別の細い木枠が縦に入っている。その間に、ミツバチは蜜蝋を使い六角形の巣房を作り上げていく。セイヨウミツバチは巣の真ん中の方に卵を産み、外側に蜜を貯めていくので、蜂蜜の入った部分の木枠だけを上に引き出せば、ミツバチやその幼虫を殺すことなく、採蜜することが可能となったのだ。
セイヨウミツバチを煙で燻して大人しくする。木枠を引き出し、ついてきたミツバチ達を刷毛でそっと払い、巣箱の中に戻す。
温めたナイフで蜜蓋と呼ばれる蓋を綺麗に切り落とすと、規則正しく正確に作られた六角形の巣房の中にぎっしりと黄金色の蜂蜜が詰まっているが現れた。
「この時期だからアカシアだよ。あ、ハリエンジュか。お馴染みのね」
人間界の基準では糖度八十パーセント以上が蜂蜜として扱われる。圧倒的な糖分の浸透圧が蜂蜜の殺菌力の一つである。ただし、堅い芽胞に守られたボツリヌス菌には無効だ。免疫力の低い一歳未満の乳幼児に、蜂蜜を決して与えてはいけない理由である。『琥珀海岸』以外の店では、子ども連れには必ず声を掛けていた。
太郎が糖度計で確かめる。「ばっちりだね」
蜜蓋を開けた巣は木枠ごと遠心分離器にかけられた。これまた長い年月を掛けて人類が編み出した、効率良く蜂蜜を摂る工夫だ。
遠心力で蜂蜜だけが取り出された巣は、また巣箱に戻すことが出来る。そうすれば、ミツバチ達は巣房を作り直す手間なく、そこに新しい蜜を貯められのである。
「家畜化されたセイヨウミツバチには人の管理もある程度は必要だよ」
分離作業を他のメンバーに任せ、太郎は野乃花達を連れて巣箱の内検をはじめた。巣の中に異常はないか、女王バチは元気か等、必要な項目を確認しながら、手早く済ませる。
「暑い夏は日除けをし、長雨が続いて外に出られなくなれば給餌をし、寒い冬は周りを囲い、スズメバチが来れば追い払う。蜜源になる植物の栽培もする……それに蜂蜜を熱心に貯め過ぎるあまり、幼虫の為の巣房まで使ってしまうこともあるから、定期的な採蜜はそれを防ぐ意味合いもあるんだ」
「つまり、蜂蜜は家賃と管理費みたいなもの?」
美江は自分の発言が笑われるのではないかと思いながら言った。
「――そうだね。祖父もよく言っていた。
このミツバチ達は二×四ビルの店子だって」
太郎が笑ったが、それは揶揄ではなく、大いに肯定の意を含んだものだったので、美江は嬉しくなった。野乃花も微笑む。「私も管理人として、店子さん達の為に頑張るわ」
太郎は戻ってきた木枠を元にはめた。採り残した蜂蜜に、ミツバチ達が寄って来る。
「皆、元気そうでいいことだ」
そう言って、太郎は巣箱の蓋を閉めた。




