055:ハリエンジュ
土曜日。
野乃花は緊張した面持ちで部屋を見渡した。これから“杜のミツバチ・プロジェクト”の面子がやって来るのだ。
まずは採蜜を行い、その後、野乃花達の歓迎会を兼ねた懇親会をするらしい。
その“達”のうちの二人が、蜂蜜パントリーの前で談笑していた。
小野寺真人と最上美江だ。
美江はあの後、親が迎えに来て、話し合った結果、高校を休学することになった。
いじめた方になんの処罰もなく、いじめられた方が不利になるなんて、と多くの者達がやり場のない怒りに駆られたが、まずは逃げ遅れる前に、逃げることが先決だ。
元PTA会長が「県教委の知り合いに文句を言ってやる」と息まく一方、地元経済を牛耳る地方銀行の御曹司は「転校出来る高校を紹介しましょう。私の母校の、姉妹校です。そちらは私学の男女共学ですが、いい高校ですし、美江さんの希望する学科もあります。学園長とも知り合いなので、何かあったらすぐに対処できます」と請け負った。
「本人が納得して、幸せになる選択をしなくてはいけません」と多忙の中、その日はじめて会った女の子の為に骨を折るのを厭わない元学級委員長の彼は、今日は、皆が着る防護服の準備に余念が無かった。「人が増えたから数が必要だけど、予算が足りないなぁ」
「網付き帽子、倉庫にあったわよ」
野乃花が探し出してきた帽子を受け取る。
「ありがとう。今日はこれで間に合うか」
「――他に……お手伝いすること……ありますか?」
余計なことはしたくないが、手伝いたい気持ちは溢れている野乃花が、太郎相手に慎重な態度を見せるものだから、やられた方は「なんか……調子が狂うんだけど」
そう言うと、野乃花の口が横一文字になる。「そっちの方がずっと野乃花らしくていいな」
「私らしい?」
怒ると思いきや、野乃花は思案顔だ。
「そのままの私って、どんなのかしら?
それに本当にそれでいいの?」
その問いに、真人と美江の会話が答えた。
「ハリエンジュはね、その名の通り、針みたいに棘がたくさんついている植物なんだ」
真人の手にはアカシア蜜があった。
「だから棘が少なくなるように品種改良して庭木とかにしようとしたんだけどね……」
「駄目だったんですか?」
「いや。でも、なぜか棘が少ないハリエンジュは、蜂蜜の元になる蜜の量まで少なくなってしまったんだよ。不思議だね」
太郎と野乃花は顔を見合わせた。
「野乃花も今までみたいに刺々しい方がいいよ。ねぇ、小野寺課長」
いきなり話に割り込まれ、さらに唐突に問い掛けられた真人はアカシア蜜の瓶を手にしたまま困惑した。
「なんのお話ですか?」
「ハリエンジュも野乃花も、棘がたくさんあった方がいいですよね?」
真人は太郎の言い分には同意出来かねない様子だ。「野乃花さんにそれほど棘があるとは思いませんが」
それはお宅が特別だからですよ、と太郎は苦笑した。
「ですが、何も無理に人に合わせることはないですよ。
ちなみにハリエンジュは伝来以降、土手の土留めなどに活用されてきましたが、何分、生命力が強いあまり、外来植物として伐採が進んでいる場所もあります。
が、養蜂家にとっては、依然、蜜をよく吹く花として大事にされてもいます」
つまるところ、人間は基本的に勝手な生き物なのだ。「そんな人間にいちいち自分を合わせていたら、自分を無くしてしまいますよ」
意外と厭世的だな、と太郎は真人を見たが、野乃花と美江の琴線には触れたようだ。




