表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/62

054:生存本能

 事情を知った町子は二×四ビルの店主達と同じように怒った。それ以上に、憤怒した。


「なんてことなの! 学校は何をしているの! ……ああ、もう期待なんてしていませんよ。生徒が一人、学校に来ていないのに、そちらから連絡も寄こさない所ですものね」


 町子の決め付けは正しかった。教師は美江の訴えを無視しなかったが、それを相手側に提示して“仲良く”解決することを求めた。勿論、それは美江への報復となって返ってきた。そして、まるで美江の方が問題を起こしている生徒だと言わんばかりの態度をとった。


「事なかれ主義なのね。酷いわ」


 娘を持つ美波が憤る。


「もうそんな学校に行かなくてもいいのよ」


 町子が言うと、美江の「でも」がまたはじまった。「高校は卒業したい」

 それに対し、真人が穏やかに話に入る。


「けれども、このままでは辛いのでしょう?」


 若くて見た目もいい男の人に優しく諭され、美江はその年頃らしい恥じらいを見せた。


「まず逃げることを考えるべきです」

「……でも、逃げるのは……」


 「駄目だと思う」と美江は俯いた。

 彼女はそう思っているからこそ、自分を追い詰めてしまい、もっとも逃げてはいけない場所に逃げ込もうとしてしまっていた。


「困難から逃げないことは立派な心持です。

ですが、逃げることも恥ではありません。生き物の生存本能です。その場に留まることで、命の危機があるのならば、逃げることはもっとも正しい行動です。生きてこそ、頑張れるのですから」


 そこで野乃花が訴えた。


「課長さん。右目ウジャトのニホンミツバチが逃去しました」


 今、その話をするか? と五店舗の店主は思ったが、真人は軽く頷いて慰めた。


「ここに間借りしたおかげで、彼女達はゆっくりと新居を探すことが出来たのでしょう」


 そう言われた野乃花は、安堵の表情を浮かべた。「そう思われますか?」


 「はい」と頷き、真人は美江の方を向く。「だからあなたも、一時的にでも、ゆっくりと考える時間と場所が必要だと思います。高校ならばまた入り直すことも出来ます。あるいは転校という手もあります。高卒認定試験もあります。高校を卒業する手段はたくさんありますが、失った命を取り戻す術は――無いのです」


 真人の言葉に、「そうよぉ」と町子が涙を流して美江を抱きしめた。「どんなことがあっても、生きてさえいればいいの。それが一番の親孝行なんだから」


「そうよ! 逃げるの! 一刻も早く」

「世界は広いのよ。あなたは優しくていい子だって分かってくれる人がいる場所が、絶対、あるって。と言うか、ここはそうよ」

「何も一つの場所、それも辛い場所に無理してこだわり続けることなんてない」

「自分の命を助ける為に努力をすることはね、逃げじゃないと思うわ」

「努力とは、自分が頑張りたい場所でするものです」


 美江は逃げることに決め、その場の全員がそれに賛同した。

 が――。


「でも、野乃花はここから逃げちゃだめだからね。ここは君にとっては安全なはずだ」


 広瀬太郎が野乃花に言った。


「野乃花、逃げようと思っていただろう」

「いいえ」

「え……あ、そうなの」


 太郎はバツが悪そうに、真人を見た。昨日の話だと、五分五分みたいだったじゃないか。


「ここで頑張ろうと思って……皆さんが……宜しければ」


 野乃花は分かった。真人が言う程、この地は完璧では無い。いい人もいれば、嫌な人間もいる。けれども、それはどこだってそうだ。自分に都合の良い楽園なんて無い。

 だが、二×四ビルは少なくとも野乃花を拒絶はしない。美江の高校とは違う……それくらいは、理解出来るようになったのだ。

 その場にいた人間は、はじめて愁傷な様子の野乃花を見た。そして、その場にいた全員が、野乃花の決意を歓迎した。


「勿論! いいに決まっているじゃないの!」


 二×四ビルに来て、まだ三十分もしていない町子が、太鼓判を押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ